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2月25日(日)

「如月。大切な人に会いに行くんだよね?」


「そうだよ」


 って言われても……ここ、お墓なんですけど。

 如月に連れられてやってきたのは、去年までおばあちゃんが住んでいた辺りにある、墓園だった。


「場所はお墓……で合ってるの?」


 誰かと待ち合わせしているのだろうか。それにしても、もう少し場所の考えようはあっただろう。


 この墓園には、私のご先祖様のお墓がある。昔はおばあちゃんの家に行くと、必ずお墓参りに行っていた。

 去年亡くなったおじいちゃんのお墓は、違う場所にある。おじいちゃんが亡くなってからは、おじいちゃんのお墓参りにはよく行くけど、こっちのよく知らないご先祖様のお墓参りには行っていない。なんでおじいちゃんが眠るお墓はここと分けられているのかは、よくわからないけど、家系が分かれているとか、たぶんそういうのだろう。


 うちのお墓には、造花が咲いていた。おばあちゃんも引っ越したし、ここに誰かが頻繁に来れるわけでもない。だから、もう生花は供えられない。


「来たよ、文子(ふみこ)さん」


 如月はお墓の前に立つと、優しい声でそう言った。


「え……文子さんって?」


「詩のひいひいおばあちゃんにあたる人。だから、のぶ()さんのおばあちゃんだね」


 私のおばあちゃんの、さらにおばあちゃん。文子さんっていうんだ。名前を知ったのも、存在を意識したことすら初めてだった。


「如月の大切な人って」


「文子さんのことだよ」


 誰のことかと思っていたけど、そっか。もう亡くなっている、私のご先祖様だったんだ。


「文子さんはね、普通は見えないモノが見える体質の人だったんだ」


「つまり、如月が見えていたってこと?」


「うん。文子さんは、オレが生まれて初めて話した人間だよ」


 如月は優しく笑う。少し自嘲しているようにも見えた。


「文子さん、どんな人だったの?」


「優しい人だった。しっかりしてて、かっこいい……立派な女性だったよ」


 きっと、みんなに憧れられるような人だったんだろう。如月の言いようからは、そんな印象を受けた。


「文子さんは人ならざるモノを嫌っていたけど、オレがうざかったからかな、オレとだけは話してくれた」


 それは少しわかる。如月は、めちゃくちゃうるさい。相手をしないと、本当に目障りだし耳障りだ。


「文子さんはオレのことを『妖精さん』って、オレは彼女のことを『文子さん』って呼んで。そうやって誰かと呼び合うのも、オレにとっては初めてだった」


 如月は普通の人には見えない。見えるようにもできるけど、それは短時間だけ。だから、顔を覚えてもらえるぐらいしっかり話せるのは、見えない状態のはずの如月が見える人だけ。文子さんや、私みたいな。


「文子さんと過ごすのは、本当に楽しかったよ。他愛もない話をしたり、適当にぶらぶらしたり」


 如月はその光景を思い出すように目を閉じた。そして、寂しそうに笑う。

 あ、この顔。ずっと理由が気になっていたけど、この表情を見せるときは、文子さんを思い出しているときだったんだ。


「文子さんと一緒にキツネを追いかけ回して、それが実は神様の使いだったときは、本当に焦ったなぁ」


「え、神様の使い?」


「ほら、この前行ったじゃん。稲荷神社のさ」


 あー、あの神社の。初午(はつうま)のとき、お参りをしようと思ったら拒まれた神社だ。


「もしかして、お参り拒まれたのって」


「はは、オレと文子さんが戻ってきたって思われたのかも」


 私は文子さんの子孫だけど、私はキツネを追い回したことなんてない。神様なんだから、その辺はちゃんと見分けてほしかった。


「文子さんと過ごす二月は、本当にあっという間で、すごく居心地がよくて。オレは、文子さんのことが好きだった」


 胸がズキリと痛む。なんでだろう、何か、悔しい……? よくわからない感情が駆け巡る。


「たぶん、文子さんも、同じ気持ちだったと思う」


 でも、文子さんは私のひいひいおばあちゃん。つまり、普通に結婚して、普通に家庭を築き、そうして一生を終えたんだろう。如月とは、結ばれることはなく。


「オレ、逃げたんだよね。文子さんの気持ちに向き合おうともしないで。精霊と人間は結ばれちゃいけないって、人間は人間同士で幸せになるべきだって」


 如月があまりにも強く拳を握るから、爪で怪我するんじゃないかと不安になって、私は如月の手を解いて私の指と絡ませた。これで、強く握りすぎる心配はないだろう。


「文子さんの気持ちが別の人に向いてから、ようやく気づいた。オレは、文子さんのことが大好きだった。本当は、オレが文子さんの隣に立ちたかった」


 如月は泣くことはなかったけど、過去にはたくさん泣いたんだろう。如月の言葉は、冷たくて、寂しかった。


「ずっと後悔してる。あの時、文子さんにオレの気持ちを伝えていたら。文子さんの気持ちにちゃんと向き合っていたら……って」


 力なく笑う如月が、どうしようもなく弱い生物のように見えてしまった。私は、如月の手を握っていることしかできなかった。


「文子さん、結婚してから、オレが話しかけても反応してくれなくなったんだ。たぶん、嫌われちゃったんだろうね」


 結婚したら、子育てもあるし、如月と話す余裕はなくなってしまったのかもしれない。けど、反応してくれないって……如月、あんなにうるさいのに? 無視を貫くなんて、私にはできそうにない。


「もう失恋してから百年ぐらい経っているのにね。まだ未練タラタラだよ」


 それだけ、如月は文子さんのことを愛していたってことだ。それぐらい誰かを愛せるのは、苦しいと思うけど、素敵なことだ。


 墓石を拭いて綺麗にした。線香をあげて、手を合わせた。

 私にとって文子さんは、顔も知らないし、ただのご先祖様でしかないけれど、如月にとっては、昔恋をした大切な人。手を合わせて目を閉じたとき、彼が何を思っていたのか、私には想像ができなかった。


「行こうか、詩」


「そうだね」


 振り返る。立ち並ぶ墓石は、なんだか寂しげな感じがした。

 吹き抜ける強い風は、まるで私たちを追い返すかのようだ。ここには来なくていいと言われているみたい。文子さんが如月を嫌いになったというのは、案外、間違いではないのかもしれない。


「あと、去年までこず()さんの家だったところ、行きたいんだよね」


「おばあちゃんの家? まだ手放してはないはずだから敷地には入れるけど、鍵持ってないし家の中には入れないよ?」


「それが、持ってるんですよ」


 如月は得意げに鍵を見せびらかした。

 いや、なんで持ってるんだよ。おばあちゃんからくすねてきたんだろうか。


「まあいいけど、帰ったらちゃんとおばあちゃんに返しなよ」


「わかってるよ」


 もう滅多に使うことはないはずだから、おばあちゃんが探してるってこともないだろう。だから、まあ許そう。


 墓園から歩いてすぐにある、去年までおばあちゃんの家だった場所。そこに到着すると、如月は玄関の鍵を差し込んだ。もう古い家だから、鍵は少し開けにくいようだった。


「ところで、何をしに来たの?」


「ちょっと詩に見てもらいたいものがあってね」


 如月は家にあがると、そのまま二階に向かう。小さい頃は危ないからって二階に行くことを禁止されていたから、如月の後を追うのを少し躊躇ってしまった。

 それに、元おばあちゃん家といえど、なんだか不法侵入しているみたいで、落ち着かない。これって、本当に大丈夫なんだろうか。


「詩? おいでよ」


「ああ、うん……」


 如月に急かされて、私は階段に足をかけた。この家の二階にはあまり入ったことがないから、なんだか怖い。

 階段を上がってすぐに、右と左に扉がある。如月はその右側の部屋に入った。


「詩さ、一回だけ約束を破って()()()に来たことあったでしょ」


「え? うん、一回だけあった気がする」


 如月が過去に私を見たことがあるということに驚きながら、如月の言った「お二階」という言葉が気になっていた。なんでそんな言い方をしたんだろう……そういえば、おばあちゃんは「お二階」と言っていた。だからか。


「覚えてないか。一緒にトランプで遊んだんだよ、この部屋で」


「うそ、一緒に遊んだ? 私と如月が?」


 つまり、当時の私も如月のことが見えていたってことになる。おかしいな、そんな記憶はないんだけど。


「お兄さんって呼んでくれて、可愛かったんだよ? 小ちゃい詩ちゃん」


 お兄さん、なんて小さい頃の私が呼ぶだろうか。如月がそう呼んでと言ったならわかるけど、おばあちゃん家になぜかいる謎の人に、私ならお兄さんとは呼ばないだろう。呼ぶとしたら、不審者さんとか……。


「やっぱり覚えてない?」


「うーん、覚えてないや。トランプで何のゲームしたの?」


「神経衰弱だよ」


 それを聞いても、やっぱり思い出せない。

 そもそも私がルールをちゃんとわかっているトランプのゲームは、神経衰弱と、それからババ抜きとジジ抜きぐらいしかない。あと七並べもわかるか。


「詩が覚えてないのは寂しいけど、仕方ないよね。あんなに小ちゃかったんだから」


 如月は当時の私の身長ぐらいの高さを手で示した。

 そんなに小さい時を知られていたなんて、なんだか恥ずかしい。如月は、私があの時一緒に遊んだ女の子だって気づいたとき、どう思ったんだろう。


「でも、あの時の詩ちゃんと今の詩は、別人みたいなんだよね。めちゃくちゃ美人さんになってるし」


「美人って」


 美人かどうかは知らないが、一応、成長はした。大人に近づいたとは思っている。


「それで、私に見せたいものって?」


「ああ、そうだった。たしかこの辺に……」


 如月は本棚に視線を滑らせる。

 おばあちゃんは引っ越すとき、必要最低限の物しか持っていかなかったから、こういうのは全部こっちの家に残っている。


「あったあった。これ、アルバム」


「アルバム? 何の?」


 かなり年季が入っているアルバムだ。開いたらちぎれてしまいそう。もうずいぶん掃除もしてなかったから、埃を被っていた。

 如月は軽く埃を払ってから、アルバムを開く。


「この写真、見て」


 アルバムを覗き込んだ。その写真は、白黒だった。着物の女の人が写っている。右側には変な空白。まるで見えない誰かと一緒に写っているみたいだ。


「この人が文子さん。で、実は隣にオレがいるんだ」


 え、と思ってよく見ると、何かもやのようなものが写っているような気がしなくもなかった。そういえば、如月は写真に映らないって言っていた。


「文子さんと詩、そっくりじゃない?」


「え、そう?」


 文子さんは私のひいひいおばあちゃんらしいから、似ていても不思議じゃないけど、似ているんだろうか。あんまり自分の顔とか気にしたことがないから、わからない。


「そっくりだよ。目元とか、超似てる」


 言われてみれば、自分の目元はこんな感じだったような気もする。


「詩が文子さんとあまりに似てるから、今年の二月に入って最初に詩を見たとき、一瞬、文子さんかと思ったんだよね」


「へぇ、そうだったんだ」


「うん。びっくりして、思わず逃げたみたいになっちゃった」


 二月一日に如月をおばあちゃん家で見たとき、如月は窓から外に出たみたいだし、たしかに不自然だった。


 もう一度、写真を見る。そんなに似ているだろうか。顔は言うほど似ていないような気がする。もしかすると、私と文子さんは雰囲気が似ていたのかもしれない。写真じゃそこまではわからないけど。


「あれ、文子さんがつけてるネックレス……」


 すごく見覚えのある形状だった。これって、私がおばあちゃんからもらった、アメジストのネックレスじゃない? 白黒写真だからはっきりとはわからないけど、たぶんそんな気がする。


「うん。詩がこず枝さんからもらった、アメジストのネックレスだよ」


 やっぱり。じゃあ、あのネックレスは元々文子さんのものだったんだ。


「オレが文子さんにあげたやつなんだ」


「え?」


「頑張って働いて貯めたお金で買ったんだよ。文子さんに喜んでもらうために」


 なのにどうして、それがおばあちゃんに渡ってたんだろう。もしかして、あのネックレス、おばあちゃんにとって大事なもの……文子さんの形見なのでは。


「でも、文子さんにとってはそんなに大事なものじゃなかったみたい。むしろ、早く手放したかったのかも」


「どうして?」


「だって、まだ子どもだったこず枝さんに、それ欲しいって言われて、簡単にあげちゃったから」


 如月は泣きそうな声になりながら、その場に座り込んだ。


「やっぱり、文子さんはオレのこと嫌いだったんだよ。早く、忘れたかったんだ……」


 どう声をかけたらいいのかわからなかった。

 どうして文子さんは、ネックレスをあげちゃったの? 如月が心を込めてプレゼントしたものだったのに。自然と文子さんに対して怒りが込み上げてきた。


 でも待てよ。そういえば、おばあちゃんは二月の精霊のことを知っているようだった。その話って、文子さんからしか聞けない。本当に文子さんが如月のことを嫌いで早く忘れたかったなら、そんな話を孫にするだろうか。


 私は如月の背中をさする。彼は嗚咽をあげながら、文子さんの写真を見つめていた。

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