2月21日(水)
友達二人――里香と夢奈と、学校帰りにカフェに寄ろうという話になった。
そういえば、友達と学校以外の場所に行くのは久しぶりだ。最近は如月と一緒にいることが多くて、あんまり友達との時間を取れてなかった。
如月は、今日も朝にどこかへ出かけて行った。どうやら今日は夕方まで帰ってこないらしい。昨日も同じ方向に向かっていたけど、本当にどこに行っているんだろう。
「ため息なんてついてどうしたの? 詩ちゃん」
「え、私? 今ため息ついた?」
そんな自覚はなかったから、最初、自分のことだとは思わなかった。まあ、そんなことはよくある話だから、別に驚きはしなかったけど。
「詩ってば、この前からずっとそうじゃーん。やっぱり、如月さんのことっしょ?」
「んー……うん」
私は全部顔に出ちゃうから、誤魔化したら余計にからかわれると思って、最初から正直に答えた。
「好きなん?」
「そうじゃない」
私が気になるのはそれじゃなくて、如月がどこに行っているのかって話だ。
「ま、着いてからゆっくり聞くわ」
一昨日話したことの繰り返しになるけどね、と思いながら、里香の後ろを歩いた。
学校の近くにある喫茶店に着き、中に入る。
「いらっしゃいま……せ」
「え、なんで」
入って、いちばんに目に入ったのは、見覚えのある人影。
「あれ、詩ちゃんの親戚さん」
「如月さんじゃん」
そう、そこには如月がいた。エプロンをつけて、名札もつけて。紛れもなく、店員の格好をしていた。
「え、如月? 何してるの?」
「何って、バイト」
見てわからないのかと言いたげに、彼は自分の姿を私に見せつけた。
「面接通ったの?」
「通ったからここにいるんじゃん」
うそでしょ。何の手違いがあって面接に受かったんだよ。その派手な髪色で、飲食店のアルバイトって。
何よりも気になるのは、名前や住所などの彼のプロフィールと、身分証明書とか履歴書をどうしたのか。だって如月は人間じゃなくて、精霊。そもそも名前も、私が何となくで付けた「如月」という名しかないっぽい。
いや、本当にどうしたらアルバイトに受かるんだろう。
「三名様ですね。お好きなお席へどうぞ」
「うそ。如月がちゃんと接客できてる」
「そりゃあ、仕事ですから」
如月は鼻を鳴らした。如月にしてはすごいことだけど、そんな得意気になるほどのことでもない。
とりあえず、ここでずっと立っているのは迷惑だから、空いている席に着いた。
「如月さん、ここで働いてたんだね」
「一緒に住んでるはずなのに、なんにも知らなかったんだけど」
「でもさ、大人ならどっかで働いてて当然じゃない?」
普通の大人だったらそうだろう。でも、如月は人間ですらない。戸籍もないから、労働の義務もない。
そうじゃん、如月、戸籍ないじゃん。本当に、どうやってバイト受かったの?
「で、何頼む? あたし、モンブランとアイスティーにしよ」
「うーん、私はカフェオレだけでいいかな。詩ちゃんは?」
「私もカフェオレと、フォンダンショコラで」
二月の期間限定は、バレンタインがあるからか、チョコレートのものが多くて嬉しい。
「如月さーん。注文いいですか?」
「え、如月呼ぶの?」
わざわざ如月を指名しなくていいのに。如月なら何かしらのミスはしそうだから、不安だ。不安しかない。
「はい、お伺いします」
「如月がちゃんと接客できてる」
「バイトだからね」
「そのやり取りさっきもやったやんな?」
同じやり取りをもう一度繰り返してしまうぐらい、信じられないことだった。
「モンブランと、アイスティーと、カフェオレ二つと、フォンダンショコラで」
「かしこまりました」
如月は愛想良く笑う。いつもの、口角が横に伸びた、にこーって感じの笑顔じゃなくて、人が良さそうな優しい笑顔。まるで如月じゃないみたいだ。
「ねぇ如月、注文ちゃんとメモった?」
「書いてるよ」
独り立ちする子どもを見守るお母さんって、たぶんこんな気持ちだ。高校生にしてそんな気分になるとは、私自身びっくりだ。
「ご注文確認させていただきます。アイスティーが一つ、カフェオレ二つ、モンブラン一つ、フォンダンショコラが一つでよろしいでしょうか?」
「合ってまーす」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
如月は笑顔を浮かべて、厨房の方に向かっていった。
「如月が接客できてる」
「いや詩、それもういいって」
如月、なんでアルバイトしてるんだろう。人に見える状態にするのは結構大変だって言っていた。人間で例えると全身に力を入れているみたいだって。そんなことをしてまで、バイトをする理由って何だろう。
どうしても欲しいものがあるとか? 私に買ってとは頼めないような、コンビニやスーパーとか百円ショップじゃ買えないような、高い物。
それとも、ただアルバイトをしてみたかっただけ? 如月はいろんなことに興味があるみたいだし、そんな気もする。
「如月さんってさー、見た目とは裏腹にいい人だよね」
「そうだね。最初は見た目で判断しちゃってたけど、詩ちゃんが如月さんのこと好きっていうなら、私、応援するよ」
「もう、そんなんじゃないから」
夢奈までからかってくるなんて。いや、夢奈はからかってるわけじゃなくて、本気か。里香ってば、夢奈に何を吹き込んだんだか。
「お待たせいたしました。アイスティーとカフェオレです」
やっぱり、如月が敬語を使って笑顔で接客しているのが、どうにも信じられなかった。その髪色のせいもあってか、何だか不自然な気がしてしまう。
「いやー、愛想も良くていいじゃん」
「たしかに感じはいいけど、家での如月を見てると、なんか違う」
それに如月は、嬉しいときに見せる、頬が少し赤くなったあの笑顔が、いちばんいい表情なんだ。たぶんそれは、私しか知らない。
「でもそうだよね。私も、学校と家とじゃ別人だもん」
「家だと、どんな感じなん?」
「んー、家だとはっちゃけてるんだよね。妹と一緒にふざけてる」
「え、夢奈が?」
優しくて礼儀正しい、めちゃくちゃ良い子の夢奈が、家だとふざけている……なんて、想像できなかった。でも、当日に遊びの予定を仕方ない理由でキャンセルしただけで、何回も謝って菓子折りまで渡してくれたような子だ。ふざけているとは言っても、誰にも迷惑をかけずに妹と楽しくやっているんだろう。
「里香ちゃんは家だとどんな感じなの?」
「あたしは家だとあんまり喋らんのよ。何せ、父さんと二人だかんね」
そういえば、そんなこと言っていたなと思い出す。
たしかに、私もお父さんとはあまり話さない。そもそも仕事で家にいないことの方が多い。それとも、私が気にしなさすぎて気づいていないだけだろうか。
「詩は、家でも変わらなそうだね」
「そうかも。あっ、でもお兄ちゃんとはよく口喧嘩してるよ」
「詩が喧嘩? 意外、何しても怒らなそうなのに」
そんなわけない。里香や夢奈には態度に出すほどムカついたことがないってだけで、私だって怒るときは怒る。
「昨日、詩のこと怒らせちゃったよね。オレがプリン勝手に食べちゃったせいで」
いつの間にかそこにいた如月に、私も二人も驚いた。
「お待たせしました。モンブランとフォンダンショコラです」
如月は二つのお皿をテーブルに置く。とても丁寧な手つきだった。でも、如月が持っていたトレイには、ほかにもお皿が乗っている。
「それからこちら、オレから可愛いお姉さんにサービスです」
私の前に置かれたのは、小さい器に入ったバニラアイス。
如月を見ると、彼はいたずらっぽく笑った。ちょっと頬が赤い。何それ、ずるい……。
「お二人もどうぞ。いつも詩と仲良くしてくれてありがとう」
「いいんですか? ありがとうございます」
「えー、如月さん、めっちゃいい人じゃないですか」
二人にそう言われ、如月はご機嫌な様子だった。
「ごゆっくりどうぞ」
にこりと笑いかけて、如月は私たちから離れた。
「詩、顔真っ赤」
「うるさい」
可愛いって言わないでって、昨日言ったはずなのに。やっぱり、恥ずかしくて死んじゃいそうだ。




