2月14日(水)
手作りのクッキーを可愛い袋に入れる。
市松模様のクッキーと、ぐるぐる模様のクッキー。バレンタインらしくチョコレートをつけたもの。我ながらおしゃれにできたと思う。
「如月」
「ん?」
呼ばれるのを待っていたみたいに、如月はすぐに背後に現れた。
「これ、あげる」
ラッピングしたばかりのクッキーを渡す。
友達にあげた分の、余りだけど。形も、友達にあげたのと比べたら、歪んでいるけれど。でも、気持ちはちゃんと込めている。
「ありがとう」
如月はニコニコ笑って受け取った。
思ったより反応が薄い。この男なら、もっと、飛び跳ねて喜ぶぐらい、するかと思ったのに。
別に、何も期待してなかった。でも、そうもあっさり受け取られると、なんだか、寂しいような気がした。
「昨日話してた子にも渡したの?」
「あー、二階堂?」
如月は頷いた。
「渡したよ。ちっちゃい個包装のチョコ」
二階堂とはただの腐れ縁だし、別に仲良くしたいわけじゃない。その辺に売っているような小さいチョコレートでも喜んでくれたし、まあいいだろう。
「チョコねぇ。なんでオレはクッキーなの?」
「クッキー嫌い? チョコの方がよかった?」
だったら、板チョコが半分だけなら余っている。けど、それをそのまま渡すのはどうかと思う。
「そういうわけじゃないんだけどさ」
如月は何かが不満なようだ。クッキーを見つめながら、口を尖らせている。
「これ、どこのお店のクッキー?」
「ん?」
一瞬、質問の意味がわからなかった。
「それ手作りだよ?」
「え?」
今度は如月がきょとんとする。
私が作ったクッキーを、数秒間、見つめていた。
「え、これ手作り?」
「うん」
如月は目を白黒させながら、クッキーと私を交互に見る。そんなに困惑しなくても。
「詩ちゃんの手作り……」
如月の頬がだんだん赤く染まっていった。口角が上がっているのを隠しきれてなくて、ニヤニヤというか、変な笑顔を浮かべていた。
「すごい。洋菓子屋さんで売ってるクッキーみたい」
「自信作だからね」
クッキーは小学生の頃からよく作っているから、もう手慣れている。市松模様も、渦巻の模様も、簡単な模様なら何でも作れる。
あとは、ラッピング。百円ショップとかに可愛いラッピング用の袋や箱が売っている。それを使えば、たしかにどこかのお店で買ったクッキーに見えなくもない。
「めっちゃ大事に食べないとじゃん」
さっきまで何かが不満そうだったのに、一転して目をキラキラさせている。手作りってだけで、こんなにも喜んでくれるのは、私も嬉しかった。
でも、なんで如月は最初、素直に喜んでくれなかったんだろう。
「二階堂ってヤツにあげたのは、市販のチョコレートなんだよね?」
「そうだけど」
如月は、今度は隠そうとせずに思いっきり、にこーっと笑う。
「勝ったな」
「なにが」
一人でガッツポーズを決めている如月を見ながら、私は首を傾げた。
まあ、二階堂より如月の方が、好感度は高い。一緒にいて苦痛じゃないのは、如月の方だから。
「ところでさ、他の人にはあげたの? その……男の子とかに」
「男子には、二階堂と、あともう一人しかあげてないよ」
「あともう一人? 誰? あげたのは市販のチョコ?」
そんな質問責めにしなくてもいいのに。何がそんなに気になるんだろう。
「席が近いだけの、ただのクラスメイト。くれって言われたからあげただけだよ」
「市販のだよね?」
「うん」
二階堂にあげたら、その男子もちょうど近くにいて、チョコをねだられたから仕方なくその人にもあげただけ。だって、二階堂にあげたのにその人にはあげなかったら、変なうわさになりかねない。チョコをあげた男子とは、ちゃんと話したこともないし、何なら名前も曖昧なぐらいの関係だ。
「勝ったな」
「何に?」
手作りか市販のかで気持ちの重さを計っているってことか。
「手作りをもらったオレは、詩ちゃんにとって特別ってことだね」
「余り物なんだけどね」
自分で全部は食べきれない。だからあげたってわけでもないんだけど、まあ、如月にはお世話になっているからだ。
「えー、食べれないんだけど。詩ちゃんからの気持ちがこもったクッキーなんて、大事に取っておかなきゃじゃん」
「食べてよ。カビ生えちゃうから。もったいないよ」
そもそも如月にそのクッキーをあげたのは、クッキーを消費するためでもあるんだから、食べてもらわなきゃ意味がない。それに、せっかく美味しくできたから食べてほしい。
今回のバレンタインは、実は失敗を何度かしてしまっている。ちょっと焦がしたり、ボロボロになってしまったり。失敗っていっても食べられないわけじゃなさそうだから、それも食べないともったいない。
あれを全部、一人で食べるのは大変だから、お兄ちゃんにでも押し付けようと思う。あ、でも、お兄ちゃんは女子からもらったお菓子を消費するだけで精一杯か。
「詩ちゃん、これ何?」
「あ、それはダメなやつ!」
如月は私が止める前に、失敗作のお菓子を口に放り込んだ。
「ん! え、これめちゃくちゃ美味しい!」
ちゃんと焼けてないわけでも、黒焦げになったわけでもないから、食べても大丈夫だとは思う。けど、想像通りに焼けなくて、ねちゃねちゃして、あんまり美味しくなかったはずだ。
「これ、クッキーじゃないよね? 何を作ろうとしてたの?」
如月はまた失敗作に手を伸ばす。食べてくれるのはありがたいけど、それを食べられるのは、ちょっと恥ずかしい。
「なんか、どっかで食べたことある味なんだよなぁ。すっごく甘いけど、すっごく美味しいお菓子」
「それね、マカロンの失敗作」
「マカロン?」
今まで作ったことがなくて、バレンタインだし挑戦してみようと思って作ってみた。だけど、思っていたよりずっと難しくて、ただのメレンゲクッキーのような、でもねちょねちょしていて気持ち悪い食感のものが出来上がってしまったのだ。
「誰にあげようとしてたの?」
「……友達だけど、なんで?」
「嘘だね」
如月は、マカロンになれなかったものたちを食べる手を止めて、私のことをじっと見つめた。
「詩ちゃんってば、すぐに顔に出ちゃうんだから。隠し事、向いてないねぇ」
如月がからかって私の頬に触れたから、ぺしっと叩いて払った。
「で、誰にあげる予定だったの? 二階堂とかいうヤツ?」
「だったら何?」
「ふうん。違うんだ」
そんなに顔に出ているのか。それとも口調? とにかく、絶対に隠し通さないと、この男にどんなからかいをされるかわからない。
「学校関係の人? クラスメイトとか、先輩とか」
もう何も言わないでおく。言わなければ、ごまかせる気がした。
「違うねー。じゃあ誰? まさか、 律くん……」
「そんなわけあるか」
思わずツッコミを入れてしまったが、この言葉には嘘偽りない。お兄ちゃんは私があげなくてもたくさんのチョコをもらっているだろうし、あげたらむしろ迷惑だ。
「えぇ。じゃあオレが知らない関係の人ってこと?」
如月があんまり見つめてくるから、私はそっぽを向く。顔をじっくり見られなければ、たぶん大丈夫。
「オレが知ってる人ー?」
如月は私の反応が面白いのか、ニヤニヤしながら見つめてくる。
「ねぇ……オレだったりする?」
「な、わけ」
あ、やばい。声が裏返った。
「え? マジぃ?」
如月は頬を赤く染めた。嬉しいから? いや、それにしては、真っ赤すぎる。
「まさか、意味……知ってる?」
「そりゃあ。オレ、二月の精霊だからね」
自分の顔がかあーっと赤くなっていくのを感じた。
バレンタインにあげるマカロンには、あなたは特別な人、という意味がある。昨日、二階堂から教えられた。
「オレは、詩ちゃんにとって、特別な人なの?」
「いや違うから! ほら、その……ね? ただマカロンを作ってみたかっただけだから!」
あーダメだ。こんなわかりやすい嘘を並べても、如月を調子に乗らせるだけだ。
「顔、真っ赤だよ。可愛い」
「だーかーらー! そういうの、よくない!」
如月に可愛いって言われたせいで、私は変な勘違いをして気が狂ってしまったんだ。そういうことにしておこう。