2月12日(月)
昨日の日曜日が建国記念日だったから、今日はその振替休日だ。
目的地の最寄駅に着く。目的地はそこからすぐ近くだから、歩いて向かっていた。
「今日はどこ行くの?」
突然、如月が姿を現した。やっぱり、ついてきていた。予想できていたから、前のようには驚かない。
「稲荷神社」
如月が目を見開く。
「もしかして、初午だから?」
「うん」
前に、如月が行事に参加しない人が増えて寂しいって言っていたから、その後で私も行事について調べたのだ。
初午は、二月の最初の午の日。稲荷神社のお祭りだ。今年は今日がそれで、ちょうど休日だった。
隣の市にある稲荷神社は、結構大きめの稲荷神社だ。去年までの初詣はいつもここだった。
「そういえば、今年、初詣行ってない」
「マジぃ? じゃあ今日が初詣じゃん」
去年まではおばあちゃんがこの近くに住んでいたから、お正月に会いに行くついでに初詣もしていた。少し前におばあちゃんが引っ越してきて家が近くなったから、今年は初詣に行かなかったのだ。
別に、初詣に行ったからって今年の運勢が変わるわけじゃないし、人がごった返している神社には行きたくなかった。
「あれ、道、間違えてた。一本向こうの道だ」
スマートフォンに表示されているマップがおかしくなっていたみたいで、現在位置がずれていた。さっきから動きがおかしいなとは思っていた。
引き返そうと振り返った、その時だった。
「詩ちゃん危ない!」
「わっ」
目の前を車が通り過ぎて行った。たぶん、本当にすれすれのところだった。一瞬、轢かれたかと思った。
「大丈夫?」
「うん。危なかった」
車にはちゃんと気をつけないとなと思った。
「あれ、ちょっと待って、めまいが……」
「え、どうした? 大丈夫?」
倒れそうだったから、如月に掴まった。
さっきの車にびっくりしたからか、頭がぐわんぐわんしていた。
ぴちゃ。頭に何か落ちてきた。
「あ、鳥のフン」
「鳥のフン!?」
何か確認しようと思って伸ばした手を引っ込めた。よかった、触らずに済んだ。
「……お参り、拒まれてる感じぃ?」
もうやだ、帰りたい。
如月はハンカチで私の頭についた鳥のフンを拭ってくれた。
「せっかく出かけたけど、お参り行かない方がいいかもよ?」
「だよねー……」
こんなに不運が重なるのは、神様に来るなって言われているとしか思えない。それを無視してお参りに行ったら、もっと酷いことになってしまいそうだった。
「よし、じゃあ、いなり寿司だけ買って帰ろう」
「いなり寿司! いいねー」
初午にはいなり寿司を食べるらしいのだ。
稲荷神社の周りには、たくさんのお店が立ち並んでいる。その中にはいなり寿司のお店も何軒かある。
何回か買って食べたことがあるけど、スーパーで買ういなり寿司とは全然違う。油揚げがふわふわで、甘辛味と酢飯が絶妙にマッチして、口の中で溶けてしまうようだった。
稲荷神社にお参りをしにきたことよりも、いなり寿司を買う方が私にとっては重要だった。たぶん、そんな風に思ってたから神様に拒まれたんだと思う。
いなり寿司のお店には人が並んでいた。初午だからか、いなり寿司を目当てに来ている人は多いみたいだった。せっかく食べるなら、スーパーのより、専門店で買った方がいい。
「前にいなり寿司を買ったのは、たしかあのお店だった」
「じゃあそこにする?」
「そうだね」
私たちは列に並ぶ。時間がかかりそうだ。
「さっき、オレたち神様にめっちゃ拒否されてたよね。怒ってんのかな」
「ねー。道を間違えて、車に轢かれそうになって、めまいがして、鳥にフンを落とされて」
本当、災難だった。神様はどれだけ私にお参りに来てほしくないんだろう。
「あれじゃない? 昨日、心霊番組なんて見たから、呪われちゃったのかも」
「あー待って、聞きたくない」
思い出すと怖くなる。今は明るい昼だけど、あの日陰になっている場所とか、ちょっと怖い。
「ごめん、ごめん。大丈夫だよ。こんなに賑やかな場所、悪霊は好まないから」
「本当に?」
如月の話は信用ならない。私には幽霊は見えないから、真実を確認することはできないけれど。確認したくもないけど。
列が進んで、とうとう私たちの番がやってきた。早く買って帰ろう。
「普通のいなり寿司と、五目いなりください」
今日の晩御飯に買ってきてとお母さんに言われたから、家族分のいなり寿司を買った。
私は五目いなりがいちばん好きだけど、お兄ちゃんは好き嫌いが多くて、五目いなりの中に入っている何かが嫌いらしくて、普通のいなり寿司しか食べられない。家族で一緒のものを食べられないのは、かなり面倒くさい。
「ねぇ、詩ちゃん。あれ何?」
如月が指差した方を見ると、そこにはハンバーガーの文字。
「ハンバーガー?」
「ああ、それですね。パンの代わりに油揚げではさんであるバーガーですよ」
「へぇ」
写真をよく見てみると、たしかに油揚げにトンカツがはさまれていた。美味しそうに見えるけど、油揚げにトンカツって、美味しいんだろうか。
「オレ、これ食べたい」
「じゃあこのバーガー、二つください」
私も気になったから、二人分買った。
「ありがとうございました」
油揚げのハンバーガーは、パリパリに焼かれた油揚げに、サクサクのトンカツがはさまれている、とっても魅力的な食べ物だった。ちょうど昼時だったから、すごくお腹が空いているのもあって、一刻も早く食べたかった。
「食べていい?」
「歩きながらはダメ。どっか座れる場所、探そう」
できるだけ人通りの少ない場所がいいと思ったけど、見つからなかった。そこそこ人はいる場所だったけど、ベンチを見つけたからそこに座る。
「いただきまーす」
如月は座ってすぐにハンバーガーにかぶりつく。お腹が空いてたんだろうと思ったけど、そういえば精霊は食べ物を食べなくても平気って言ってたから、お腹が空いているわけじゃないかもしれない。
「ん! これ美味しいよ。詩ちゃんも食べなよ」
「ああ、うん」
如月の勢いがよすぎて、ちょっとびっくりしてしまっていた。
私もハンバーガーを口に入れた。
油揚げがパリッと音を立てた。ケチャップの香りがふわっと口の中を満たす。噛むと、レタスと玉ねぎのシャキシャキ感、そしてトンカツのサクサクした食感が楽しい。
「わ、美味しい」
「だよね!」
如月のハンバーガーはもう半分以上なくなっていた。食べるのが早い。それだけ美味しいってことだ。
「油揚げ、パリパリで美味しくない?」
「美味しい。最高」
油揚げは柔らかいイメージがあったけど、このハンバーガーを食べて、そのイメージが覆された。パリパリに焼かれた油揚げって、こんなに美味しいんだ。
油揚げとトンカツってどうなんだろうと思ったけど、すごく美味しかった。
「オレ、カツがめっちゃ好きなんだよ」
「この前、私の晩御飯つまみ食いしてたもんね」
お兄ちゃんもお母さんもいる前で食べようとするんだから、ハラハラした。心霊現象とかだって騒がれたくなかった。
「あとね、唐揚げも好き」
「私も好き。特におばあちゃんが作ってくれる唐揚げが」
「そうそう、それがめっちゃ美味しいんだよ」
油揚げのハンバーガーを食べ終えた。あっという間に食べ切ってしまった。めちゃくちゃ美味しかった。
「詩ちゃん、満足そうな顔してる」
「満足だよ。お参りは行けなかったけど、美味しいもの食べれたし、いなり寿司買えたから」
駅までの道のりを歩く。ここら辺はお店がたくさんあって賑やかで、歩いているだけで楽しかった。
「如月は? 楽しかった?」
「そりゃあ、詩と一緒だったし。楽しくないわけない」
「それならよかった」
ちょっとばかり不運なことはあったけど、如月との思い出は、ちゃんと作れた。