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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

白蛇

作者: 雑賀崎紫蘭


「タトゥーを入れたいんです」

東山翼にそう言われたのは、この子に出会って2度目、初めて飲みに行った時だった。


出会いは先週。

新宿でも渋谷でも池袋でもなく、世田谷の、それも若林の住宅街だった。

声をかけてきたのは翼の方。


「すみません!ちょっとよろしいですか?」


最初はナンパかと思ったが、まず場所が場所だし、なにより翼は黒髪ショートで、ユニクロか無印と思われる、無地の黒の長袖Tシャツにデニムパンツ、そしてコンバースっぽいけどコンバースではない紺のスニーカーを履いていて、どう見てもナンパするタイプではなさそうだった。

黄色のタンクトップにデニムのショートパンツ、そして13㎝のハイヒールのサンダルを履いていて、そしてタンクトップから、ショートパンツから露出した肌という肌に、めいいっぱいタトゥーが入った私に、ナンパ以外で、いやナンパだとしても声をかけてくる勇者は現代の東京といえど、なかなかいない。


あまりの不自然さに、あたしは思わず立ち止まり、あからさまに不機嫌に「何の用?」と聞いた。

翼はその影の薄さに似合わない強い視線をまっすぐあたしに向けて、「友達になってください!」と言った。

なんかよくわからないけど、なんか面白い気がして、あたしは「いいよ!インスタ教えて!」と返した。

翼はインスタをやってなくて、かろうじてLINEはやってたからLINEを交換した。

名前のところには律儀に、東山翼、と書いてあり、アイコンもホーム画面も初期設定のままだった。

トーク画面には、LINEの公式と、東山加奈子、東山尚文、そして、家族という名のグループLINEのみだった。


「翼っていうんだね、君」

「はい。東山翼です。えっと、お姉さんは…」

あたしのLINEの名前は、s♡。

相手によって使い分けるためだ。

「サラっていうの。サラのs。よろしくね」

「サラさん。よろしくお願いします」


この日はこうしてLINEの交換をして、飲みに行く約束をして解散した。



場所は、お互いの家の近く、下北沢の騒がしい居酒屋。

正直あたしは最初、翼が中学生か高校生くらいだと思ってたから、22歳の大学生と知って驚いた。

律儀な翼はわざわざ免許証とマイナンバーカードまで見せて証明してきた。


居酒屋で適当にしゃべって、お互い2杯目のビールを飲み終わる頃、いきなり翼が言った。

タトゥーを入れたいのだと。

あたしは、こんなクソ真面目そうな子がタトゥーを入れることに、特に驚きはしなかった。

あたし自身、かつてはクソ真面目な委員長キャラだったから。


「それであたしに声かけたんだね。全身タトゥーまみれのあたしに」

「はい。何か勉強になればと思いまして。これまでもタトゥーの本やネットの記事を見たのですが、身近にタトゥーをしている人がいなくて…。やはり実際に入れている人、できればたくさん入れている人に話を聞いてみたかったんです」

「そっか。で、あたしに何を聞きたいの?」

「彫り師さんについてです。サラさんのタトゥーは、一貫性があるように見えますが、実際はおそらくほぼ全て、別の彫り師さんに彫ってもらってますよね?」

まじかよ。

今まで誰も気づかなかった。

その通りだ。

あたしはこのタトゥー、一つ一つ、全て別の人に掘ってもらっている。


「それだけたくさんの彫り師さんに彫ってもらっているなら、誰がどんなだったか教えてもらえるんじゃないかと思ったんです」

「翼はさあ、どこにどんな絵をどういう感じで入れたいの?」

それによって、勧められる彫り師は変わってくる。

和彫が得意な人、和彫ではなくても和風な絵柄が得意な人、カラフルなアメリカンが得意な人、トライバルが得意な人、とても繊細な絵柄が得意な人…。


「左腕に、本物そっくりの、生きているかのようにリアルなヘビを入れたいんです」

翼の意志は固かった。

「リアルなヘビかぁ…。リアルな感じだと、私が行ったとこだと中野か原宿かなぁ。お店の名前は忘れちゃったけど」

「中野か原宿ですね…」

翼はスマホで熱心にメモを取った。

「それはどれですか?」

「えっと、この蝶が中野で、こっちの…腰のとこのネコが原宿」

「うーん…」

うーんってなによ。

「これ以上にリアルなのはないんですか?」

そういうことか。

「あたしは基本、そこまでリアルさにこだわってないから。できるだけ近場で、予約も取りやすいとこに行ったの。一つ一つのタトゥーにそこまで思い入れないし」

そう言うと翼はあからさまにガッカリした。

その姿があまりにもかわいそうで、あたしは都市伝説的な話をした。

「あ、でもね。どっかの、っていうか何人かの彫り師に聞いたんだけど、なんかやばい彫り師がいるんだって。ほんとにリアルで、その生き物が体に乗っかってるように見えて、今にも動きそうなタトゥーを彫る人」

「そんな人が!どこにいるんですか⁉︎」

翼はあたしに頭突きするくらいの勢いで前のめりになって聞いてきた。

「え、えっとたしか、S県のK町のほんと山奥みたいな田舎らしくて…。でもよっぽどのことがない限り彫ってはくれないらしいよ。あとなんか…」

「ありがとうございます!探してみます!」

本当は続きがあったが、あまりにも嬉しそうで、あたしはそれ以上何も言えなかった。




1年後。

東山翼という人からLINEが来た。

最初は、誰だっけと思ってたけど、内容を見て、あの時のタトゥーの子かと思い出した。

「サラさん。お久しぶりです。ようやくあの彫り師さんを見つけ、この度念願のヘビのタトゥーを彫っていただきました。」

メッセージと共に、彫った直後の左腕の写真が送られてきた。

翼の左腕には、リアルな白いコーンスネークが描かれていて、本当に翼の腕を這っているようだった。






 

 




翼からのLINEはそれ以降なかった。

あのLINEの半年後に、翼は死んだ。

死因は窒息死。

遺体は発見時、苦しそうな顔をして、首に手をかけていたらしい。

普通に考えれば後ろから誰かに首を絞められた感じだ。

でも実際、翼の首にはさくじょうこんというものはなかったそうだ。

ただ、翼の首には、その細い首をじわじわと締め上げるように、白いヘビのタトゥーが彫られていたらしい。

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