未来の初仕事?
私、未来は危機的状況に瀕している。
あの後、クレアは私が新たに住む場所を案内してくれた。
そこはとても綺麗な大きいアパートで、たくさんの人が出入りしていた。
「とても綺麗なアパートだね!」
階段をのぼりながら言う。
「そうかな?結構建ててから古いんだけどそう言ってもらえて良かったよ。」
クレアも嬉しそうだ。
「はい、これ。203号室の鍵。」
そう言って、クレアは可愛らしいクマのキーホルダーがついた鍵を渡してくれる。
か、かわいい。
「とりあえず、入ってみなよ!」
言われるがまま、私はクレアからもらった鍵で扉を開ける。
部屋の中は家具などが質素だが、使いやすい配置になっているようだ。
「この家具とかって使っちゃっていいのかな?」
「もちろん。使っちゃっていいよ!」
太っ腹だ……。
「あっそういえば!」
急にクレアが大声をあげる。
「もう未来ちゃんに依頼の通達が来たんだよ。依頼内容は、過去の引き出し。」
過去の引き出し?それはなんなのだろうか。
「過去の引き出しって何?」
どういうことか気になり、すぐに聞く。
「ああ、ごめんね。ええと、過去の引き出しっていうのはそのままで、ある人達の過去を調べて欲しいんだよ。」
「……ええ!?私が!?」
来たばかりでいきなり重要そうな仕事だ。
「だ、第一どうやって調べたらいいのかもわからないよ……。」
あたふたしながら思うことを言う。
「大丈夫!その人達と仲良くなってその内容に少しずつ触れていくんだよ。そして、細かいことを聞いていくって感じ。」
さらっとむずいことを言うなこの子。
何が大丈夫なんだ。
「無理無理無理!私、元の世界でも友達とかあまりいなかったし、少しずつ探るのもハードルが高いよぉ!」
必死になって弁明する。が、全く持ってクレアには通用しない。
「とにかく大丈夫だって!いざという時は私も助太刀に入るからさ!」
確かに頼もしい……。でも、たぶんいざという時はすぐに起こると思うのだが。
「引き受けてくれる?」
「……。」
未来は渋々引き受けた。
これがまさに、危機的状況だ。
そして、今はその"ある人達"に会いに行く最中なのだ。正直、緊張……。
クレアに連れられて歩くこと、およそ10分。
「あっ、あの子達だよ!」
クレアが指を指す。
そこには幼い子供が2人いた。
なんとなくの雰囲気が姉弟のようだった。
「ねぇ、そういえばさ。」
1つ気になることがある。
「ん?なぁに?」
クレアがこちらを振り向く。
「なんで過去を知りたいんだろうって思って。この前みたいにちゃちゃっと職業を決めれば早いのに。」
私の過去は誰にも聞かれなかった。
なのに、なんで過去を聞かなければならないのかが少し疑問に思ったのだ。
「あの子達にぴったりな職がうまく思いつかないんだよね。職は1回決めてしまうと変われないから慎重に決めなければならないんだよ。」
なるほど、情報を増やしたいのか。
「おーい。命ちゃんと尊くーん。」
クレアが大きく手を振る。
それに気づいた女の子はすぐにこちらに向かってくる。
そして、私のことを見ながら丁寧にお辞儀をした。
こちらもお辞儀をし返す。
「姉ちゃん、次はこれで遊ぼーぜっ……。いだっ!」
弟くんらしき子も近寄ってきたが、女の子が頭を小突く。
「痛いなぁ!何すんの!?姉ちゃん!」
弟くんがぷくーっ!と言いそうなほどに頬を膨らませる。
「ちゃんと人に挨拶しなさい!礼儀がなってない!」
なるほど。どうやら女の子はとても礼儀正しい律儀な子らしい。
「紹介するよ、未来ちゃん。こっちの女の子は命ちゃん。そしてこっちの元気いっぱいな男の子は尊くん。」
紹介を聞き、改めて命ちゃんを見る。とても可愛らしい女の子で、髪は綺麗な黒髪をしている。しかし、顔は残念ながら紙か布かわからないもので見えなくなっている。
蒼を基調としたデザインの着物を着ている。
「姉ちゃん!遊ぼー!」
尊くんは元気いっぱいらしく、はしゃぎ回っている。
尊くんも綺麗な黒髪で、布のようなものを身につけており、顔が見えないようになっていた。
翠を基調としたデザインの着物で、尊くんによく似合っている。
「尊っ!」
尊くんはやんちゃらしい。
「弟がすみません、久しぶりにこんなに自由に動き回れて嬉しいんだと思います。」
命ちゃんは申し訳なさそうに謝る。
「いやいや、この世界に来たばかりの人はそういう人も多いからねぇ〜。」
一方クレアは呑気にそう言う。
嗚呼、なるほど。
なるほどね、命ちゃんと尊くんは多分虐待されていたのかな。
ただの憶測に過ぎないが聞いてみる。
「突然だけどさ、聞いていい?両親のこと。」
その瞬間、命ちゃんがビクッと肩が震える。
尊くんは相変わらず遠くを走り回っている。
「急にどうしたの?未来ちゃん。」
クレアは少し笑みを含めて聞いてくる。
その表情には思った通り!と言わんばかりの笑みが広がっている。期待してくれているようだ。
「いや、ちょっと違和感があってね……?久しぶりに"自由に"動き回れるって言うことは、今まで"自由に"動き回ることができなかったってことでしょ?制限されてたのかなって思って。」
「そんなことないですよ!……さ、最近、病にかかってしまって動いたりすることができなかったんですよ!」
そういう命ちゃんの表情は布のようなもので見えないが、声色で動揺していることが筒抜けだ。
「虐待なんて……。」
命ちゃんはポツリと私が求めていた答えを言う。やっぱり。
「命ちゃん、今は正直なことを言って良いんだよ?君たち2人を責めたり、暴力を振るう人もいない。もっといえば、虐待を受けていた人はこの世界にはたくさんいると思う。」
できる限り優しさを含めて言葉を紡ぐ。
ふと、クレアの方をチラッと見る。
すると、先ほどまで笑顔だったクレアは真剣にこちらを見ていた。
いや、こちらを見ているようで、違う所を見ているような…そんな気がした。
「うぐっ、うぅ……。」
急に声を押し殺したような嗚咽が聞こえる。
命ちゃんの方に目線を戻すと、静かに泣いていた。
「わわっ!?大丈夫?え、えーと……。」
泣かれるのははっきり言って嫌いだ。
どれだけ泣き止まそうと案を出し、行動しても、泣き止んでくれる人はほとんどいなかった。
そもそも、泣き止ませ方がわからないのだ。
今まで一度も泣いたことがないのだからその時の心理がちっともわからない。
「大丈夫?命ちゃん。無理に正直に言わなくても良いんだよ?ただ聞きたかっただけなんだよ……。」
とりあえず頭を撫でてみる。
命ちゃんのさらさらとした髪の毛は私の手を滑らせる。
「ねえ。姉ちゃん、どうしたの?」
いつの間にか近くに来ていた尊くんが心配そうに尋ねてくる。
「なんでも、ない。尊、は、遊んどきなよ。」
少し落ち着いたようで命ちゃんはグスッと鼻を鳴らしながら答える。良かった、泣き止んでくれそうだ。
急にクレアが2人に尋ねる。
「ねぇねぇ、そういえばさぁ。」
「はい、なんですか……?」
少し泣き止んだ命ちゃんはクレアを見上げる。
「2人って、何歳?」
いきなり何言ってんだこの人。
事前に聞いてたんじゃないのか……?普通最初に聞くだろ……。
少し呆れた顔をしてしまう。
「私たちは、確か7歳だったと……。」
すみません、明確には覚えていません。と命ちゃんは続ける。
「え……?7歳だったの?」
確かに幼い感じはしたが、受けごたえがしっかりしていて、10歳はいっていると思っていた。まさか3歳も下だったとは……。
「はい。」
「なるほどねぇ。」
クレアはいかにもなるほどっ!というように何度も頷く。
「未来ちゃん、過去を調べるのは地道にやっていく感じでもいいよ。なんなら調べなくても良い。」
「へ?なんでですか?」
何故調べなくても良いのだろう。
「職につけるのは、10歳以上って決まってるんだ〜。だから、この子達は職につけないから調べる必要は無くなったんだよ。」
なるほど、さすがに年齢制限はあったのか。
「で、でも!3年後には職につけますよね?調べといた方がいいんじゃないですか?」
「あー、この世界だと、死んだ時の年から変わらないんだよ。だから私も、まだ16歳なんだよ。実際にはもう、20歳かな?」
「え!?同い年に死んだの!?しかも、今ではクレアの方が年上……。」
まさかの事実だった。見た目的に12歳前後だと思っていたが、まさか……。
「あははっ、だから、もう調べる必要は無くなったんだよ。」
クレアは驚いている私を愉快そうに見ながら、命ちゃんたちの方に視線を落とす。
「というわけだから、君たちはこの世界でのんびり自由にLIFEを送ってください〜。」
クレアはふわふわと笑いながら命ちゃんたちにいう。
「これからここで住めるの!?やったね!姉ちゃん!」
尊くんは嬉しそうに飛び跳ねる。
「いいんですか?仕事をしなくても……。」
「いいのいいの〜!10歳未満の子供はたくさん休んでゆっくり遊ばなきゃ!例え死んでてもね!」
あはは〜、と戯けて笑うクレア。
「確かにね。」
私も笑って言っておく。
「……。」
急にクレアの表情が無表情になった。こちらを見ている。少し、怖い…ような……。
そう思っていると、突如パッとクレアの表情が明るくなった。
「おー!笑ってくれた!今のはね、ギャグも含めてたんだよ!わかってくれたんだねぇ!」
「え?」
思わず間抜けな声が出る。
「?」
命ちゃんと尊くんは首を傾げている。
すごくマイナーなギャグだなと、意味に気づいた私は思う。
たくさん休むはまだわかるけど、ゆっくり遊ぶってなんだよ……。
呆れた表情をしてしまう。しちゃうでしょ、これは。
そんなこんなで、今日がとりあえず終わり出した。クレアの謎が少し深まった……。いや、全然深まってないや。あの子の性格はめっちゃわかった……。
自分の部屋に戻った私はすぐに眠りについてしまう。
眠るのは好きだ。何も聞こえなくなるから。何も見えなくなるから。何もおこらないから。
罵声も、裏切りも、孤独も、友人も?
ぐるぐると頭が回っていく。
そのまま私は、朝になるまで目を瞑るのだ。