やれやれって言うのやめなさい!
王立コルネリウス魔術学院ここには宮廷魔術師や聖騎士になるため今日も多くの若者が学業に励んでいる。
そして今日は入学試験の日。多くの未来を嘱望された才能ある若者たちが未来を掴むため模擬戦闘区画に集合していた。彼らがのちに黄金世代と呼ばれることになるのはまだ先の話である。
「諸君らは筆記試験に合格した選ばれしものだ。今回は実技試験を行う。この学院にふさわしい基礎力を持った者かどうか、今日、この場で見極めさせてもらう!」
受験生たちは試験官の演説を黙って聴いている。
「なにをやるのかわかりませんが、早くやりましょう。」
金髪で身なりの良い、一目みるだけで高貴な家柄だとわかる少年が声を上げる。
「うむ。まずは的当てだ。あの的に対し正確に魔術を叩き込んでみせ…」
試験官が説明しかけたところで パァン!と音を立てて的が大きく揺れる。
「これでいいですか?」
金髪の少年は爽やかに微笑む。
試験官は苦い顔をする。
「うむ。ロベルト・ホルトマルク。合格だ。」
試験官は言う。
「キャー!あれがホルトマルク公爵家の嫡男の方よね?」
「キャー!容姿端麗で成績も優秀!魔術の腕も一流よ!」
「キャー!無詠唱であの正確な魔術を?すごいわ!」
女子たちが黄色い声を上げる。
ロベルトは彼女らに対してウインクする。
「じゃあ俺は次のところで待ってるんで。」
ロベルトはそのまま列を抜けて次の試験会場まで歩いていった。
しばらく歩き彼は足を止めた。
「ん?ドブネズミの匂いがするな?」
そう言ってわざとらしく一人の受験生の匂いを嗅ぐ。
「匂うな。匂うぞ。どうして下級市民がここに紛れてるんです?」ロベルトは嫌味ったらしく試験官の方を向く。
「彼は厳正な筆記試験を突破した。平等にここにいる権利がある。」
試験官が言う。
「そうですか。でも気になりますね。彼にそれほどの力があるのか?筆記試験を突破しただけでしょう?こんな下級市民に我々と同じ魔術を使えるわけはない!そうでしょう?」
「そうよそうよ!下級市民が実技で合格するはずないわ!」
「そうよそうよ!下級市民は生まれながらに魔力量がないもの!」
「そうよそうよ!ロベルト様の言う通りよ!」
ロベルトの演説に一部の生徒が同調する。
「次は彼の実技試験をしましょう。彼の実力を私たちは見ておきたい。」
ロベルトは口角を上げる。
「うむ。仕方ない。ではオリヴァー・ミル。実技試験を開始する。」
「やれやれ。仕方ないですね。」
黒髪の男は前に進み出る。
「確かに私の魔術は大したことないです。わらわないでくださいね。」
オリヴァーは手のひらを的に向ける。次の瞬間彼の手から眩く光る。
思わず周りにいた人々は眩しさのあまり目を背ける。再び的の方を見た彼らは驚きのあまり言葉を失った。
的はすでに消滅しているどころか演習場の地形そのものが抉られ原型をとどめていなかった。敷き詰められた砂は魔術の熱でガラス質の物質へと変質しており先ほどの魔術の威力を物語る。
「あれ?やっぱり大したことなかったですか?」オリヴァーは首を傾げる。
「オリヴァー・ミル。一次試験は合格だ。」
試験官は声を絞り出す。
群衆がどよめく。
「やれやれ、ギリギリ合格だったみたいだ。」
オリヴァーはホッとする。
だが、今更後に退けなくなったロベルトはさらに噛み付いてくる。
「今のは不正だ!不正があった!こうなったら俺と決闘しろ!」
「そんな、決闘なんて、僕は弱いから無理だ!」
オリヴァーは焦る。
「不正は許さない!我々の学院を汚すな下級市民が!サンダーボルト!」
ロベルトの雷魔術がオリヴァーに直撃する。
「流石ロベルト様!あの年齢で上位の魔術を使えるなんて!」群衆は歓喜する。
「まいったか下級市民!」
ロベルトは鼻で笑う。
だがオリヴァーは立っていた。それどころかピンピンしている。
「手加減してくれたんだね。ロベルトさんは優しいんだね。」オリヴァーが無垢な笑顔を見せる。
「なぜサンダーボルトを受けて立っている?」
「何って、ちょっと結界を張っただけだけど?大したことはしてないよ。」
「舐めるなよクソが!お前が負けたら退学だ!」
公爵家とは思えない汚い言葉を吐いたロベルトは収納魔術で魔剣を取り出しオリヴァーに斬りかかる。
「うわ、危ない!」
そう言ってオリヴァーは素手で彼の攻撃を払い除ける。
ロベルトは吹っ飛びそのまま壁に激突すると力無く項垂れた。
「いやあああ!ロベルト様がやられたわ!」
「いやあああ!なんてやつ!」
「いやあああ!無礼者よ!」
周りが騒ぎ立てる。
「あれ?変だな。ちょっと手で払っただけなのにあんなに飛んでいっちゃうなんて。やっぱり僕に恥をかかせないために手加減してくれてたのかな?」
オリヴァーは言う。
「やれやれ、ここのみんなは弱い僕に恥をかかせないようにしてくれたのか。優しなあ!」
オリヴァーの無垢な笑顔だ。
演習場はシーンと静まり返る。
「やっぱり僕不合格ですか?参ったな。やれやれ。」
オリヴァーは頭を掻く。
バコッ!っとチョップがオリヴァーの頭に炸裂する。すごい音が鳴った。
「やれやれ、身体強化をしていたから全く痛くなかったが。」
オリヴァーは余裕そうな顔で言う。
「オリー!あんた進学したらそれやらないっていたでしょ?」
赤髪の彼と同じくらいの年齢の少女が怒鳴る。
「いやいや、あっちが先にやってきたんだが?」
オリヴァーはなんとか立ちあがろうとしているロベルトを指差す。
「そうだけど、それはそれ。そうやっていつも自分が強いの知らないフリするから私以外友達ができなかったんでしょ?王都に来たらそれやらないって約束したよねって話をしているの!」
少女はオリヴァーの胸ぐらを掴んでブンブンと前後に振り回す。
「服が乱れるからやめてほしいんだが?」オリヴァーは前後にゆすられながら言う。
「その喋り方もやめろって言ったよね?友達いなくなるからその変な喋り方辞めるって言ったよね?」
オリヴァーに腹パンが炸裂する。
「身体強化してたから痛くなかったんだが?」
オリヴァーは平然とした顔で言ったので、少女はそのまま彼を投げ飛ばす。
「なんだ?先に絡んできたのはあいつなのに」
言いかけたところでビンタを喰らう。
「痛くないが?」
「あいつもあいつだけど、あんたも煽るからこうなったんでしょ?」
「だって…」
「だってじゃない。」
「すいません。」
オリヴァーはしおらしくなる。
「私じゃなくて彼に謝るの。」
少女はロベルトを指差す。
「なんで…?」
「いいから。」
「なんかその、すいません。」
オリヴァーは頭を下げる。
「突っかかって悪かった。」
ロベルトも不本意そうな顔だったがここ以外では痛み分けにできないと察して謝罪した。
「そろそろ試験を再開していいかな?」
試験官は恐る恐る声をかける。
「あっ、すいません。すいません。」
少女はペコペコしながら列に戻る。
「ではナジミー・オスナー。次の実技は貴女がやりたまえ。」
「え?私?順番が違いますが。」先ほどの少女は困惑する。
「構わない。やりたまえ。」
早く次の試験会場に行ってさっきの二人を見ておいて欲しかった試験官は順番をずらした。
ロベルトもオリヴァーもその後大人しく試験を受けて合格した。また二人とも同様に醜態を晒したのでイザコザの件は有耶無耶になった。