死
目の前に広がる僕の住んでいる町。
この高さからなら、どこまでも遠くが見渡せる。
都会ほど栄えていないこの街は、高いビルやマンションなんて存在しない。
今、僕が立っているマンションが一番高いとおもう、多分。
階段で十二階まで行き、そこから上は誰でも壊せそうな鍵を家にあるカナズチで壊した。
後で父さんと母さんから怒られるんだろうなぁ、なんて考えはない。
だってもう会うことはないのだから。
今から僕は屋上から飛び降りて、異世界転生をする。
綺麗なお姉さんや、魔法が飛び交う楽しい世界に。
季節は十月、風も冷たくなってきた。地面に落ちても寒さで痛みなんてない……なんてことはないだろうな。
そんなことを考えながら、下を見る。
地面の駐車場が遠くて気が遠くなりそうだ。
少し恐くなってきたけど、僕はこの世界にもういたくない。
自殺の理由としてよくあげられるのは学校や会社のいじめ、それに家族からの暴力や育児放棄。
学業に我慢ができなくなったり、会社のストレスで自殺を行う人も少なくはないだろう。
僕の場合はほぼ全部といってもいいだろう。
学校でのいじめから始まり、家には酒浸りの父親と浮気している母親。
祖父の多額の遺産を手に入れてからは両親はともに仕事を辞め、遊びに遊びつくしている。
お金は持っているくせに、僕に出される食事はほとんどがレトルトかカップ麺、もしくは冷凍食品ばかりだ。
家を出て一人で生きていこうかとも思ったが、中学一年生の僕に仕事をさせてくれる人はこの国にはいない。
家にも学校にも僕の居場所なんかない。
だからこそ、僕はこの世界から解き放たれ、新たな世界に行こうと思った。
ゆっくりとした足取りで屋上の淵にたどり着く。
「さよなら、この世界。はじめまして、新世界」
僕はあたまから地上にゆっくり頭を下ろそうとしたとき――。
「死ぬの?」
後ろから声をかけられた。振り向くとそこには金髪の少女が立っていた。
少女と言っても、年齢は同じくらいから少し年上といったところだろう。
「誰?」
自殺することを中断され、少し理不尽な怒りの雰囲気を出しながら少女に話しかけた。
「誰、か……。誰だっていいじゃない。あなた今から死ぬんでしょ?」
「だったら私が誰なんて関係ないもの」
可愛いわりには不気味な笑顔を見せる。まるでいまから僕が死ぬのを楽しみに待っているようだった。
「気が散るだろ。早くどっか行ってよ」
「どうして? 私が見ていようが見ていなかろうが、あなたはここから落ちたら確実に死ぬわ」
「……僕が死ぬのを見たいってこと?」
「うーん、死ぬのが見たいというより、死んだあとのあなたに興味があるのよ」
「今のあなたはそんなに興味ないわ」
「僕が死んだあと? 僕の死体が見たいの? それなら下にいたほうがちゃんと見れるとおもう
けど……」
「いやよ、死体なんて気持ち悪いじゃない。きっとここから落ちたらぐちゃぐちゃになっちゃうもの」
「え、でも死んだあとの僕が見たいって……」
俺が不審に思いながら少女を見つめていると、少女は少しずつ笑顔から険しい表情へと変化させていった。
そして少しずつこちらに近づいてくる。
「な、なんだよ」
「なにって、あなたが早く死なないから手伝ってあげるのよ」
「い、いいよ。自分でやるから」
「ふふっ、遠慮しなくていいのよ。さぁ、早く死になさい」
「や、やめて」
僕は少女に恐怖心を感じ始めた。その恐怖はいつの間にか死にたくないという恐怖へと変わっていった。
「や、いや、死にたくない――」
「いやってことはないでしょう? だってあなた私が来る直前まで死のうとしてたのだから」
「ち、ちが――」
「ふふっ、さようなら……」
少女は僕を押そうと、手を伸ばしてくる。
僕は少女の手を避けるように一歩後ろに下がった。
すると、足は足元の段差に当たり、体だけが後ろにのけぞる。
視界が少女の顔から空へと変わる。とてもきれいな晴れ模様。
よく死ぬ直前は走馬灯が走って、時間がゆっくり感じると聞いたことがある。
でもそれはきっと嘘だとおもう。
だって僕の体は空が見えて五秒ほどでグシャっと音をたてて地面に叩きつけられたのだから。
でも、地面にたどり着いたとき意識が消える瞬間一つだけ思ったことがある。
どうして彼女は最後に悲しそうな顔をしていたのだろう……。