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「リョークくん、さっきの歌、すごかったね。お師匠様の歌なの?」

「はい。昨夜イチカナさんに教えてもらった‘良心に従う歌‘です」

「はー、ちょっとこの世界の歌が怖いかも」


荷馬車はガタゴトと進む。中津賀歌をすぎるとそこは王領だ。見渡す限りの土地に濃い緑色を湛えた作物の畝が広がっている。


「イチカナさんに何曲かお師匠様の歌を教えていただきました。王都からもどったら、また教えてもらうんだ」


「へー、そのほかの歌は?歌ってよ」

「おれ、ちゃんとした竜殺しの英雄譚が聞きたい」


透と浩平が身を乗り出すと、リョークは、ポロン、と竪琴を鳴らして、はい、喜んで、と笑った。

その言葉がなぜかツボにはまった隼人が噴き出す。


荷馬車の上はリョークのステージとなった。リョークの歌声が空に吸い込まれ、風に乗って流れていく。穏やかな日だった。


途中、集落にも満たない数件家があるような場所にある食事処に寄って、しばしの休憩の後、また進む。今日はリョークの歌が旅の道連れだ。いつもブンツクいう優陽でさえリョークの声を聴いている。


風は追い風。馬も調子がいいのか、速めの一定の速度で走る。遮るものは何もない。順調な旅だった。


「ああ、オリーイ様が喜んでいらっしゃるんだな」

歌の合間に呟かれた御者のおじさんの言葉に隼人が聞き返す。

「オリーイ様って?そういえば斎藤おじさんもコンゴウジさんも言ってたね。オリーイ様のご加護なんちゃらって」

「オリーイ様はこの国を守ってくださっている女神さまだよ。この国じゃあ、割とポピュラーな神様だ」


ポピュラーな神様・・なんか強いワードだ。


「この国はいろんな神様をいろんな人が大事にする自由があるからね。たくさんの神様がこの国で過ごされている。オリーイ様はこの国の一番古い伝説に出てくる女神さまだよ」

御者のおじさんはにこにこ笑う。


「この国の人はね、一つの神様だけじゃなく、いろんな神様も大事にしなさいっていうんだよ。それがいろんな人を大切にすることに繋がるからって」

「へえ、なんかいいですね。いろんな人を大切にか。結構できそうでできない」

「だろう?渡の島国は地域で愛する神様が違うんだっけ?」

「ええ。ナナメシは果樹の神様、フルッシモ様を崇めます。オッオノでは水田の神様、ミズーラ様です」

「この国じゃあ、どこの土地でもどちらも崇めているよ。大事な大事な神様だ」


ガタゴトと平和に穏やかに荷馬車は進む。しばしの間をおいて、またリョークの歌声が畑が広がる土地に響き渡る。


王都の関所には予定していた時間よりもかなり早く着いた。


「ええと、王城に向かえばいいんだね」


御者のおじさんが門番に尋ねると、荷馬車の上の異世界人に気が付いた門番は背筋を伸ばして、Azumashiとリョークに礼儀正しい礼をした。


「斎藤殿より連絡を受けております。ただいま、王城から案内のものが参ります


王都の中に入ると匂いが変わった。


王都は今までの街よりも人が多く賑わっていた。

街を造る建物は、和洋折衷というか一階は日本家屋の木目の落ち着いた外観なのに、二階は洋風のバルコニーが付いているようなカラフルな外観だ。どこかの観光地にこんな家があったような気がする。


へー、とあたりを見渡せば、Azumashiに気が付いた街の人がだんだんと集まってくる。


透がリョークに耳打ちする。

「リョークくん、ここで歌えば多分二、三日はいい宿屋に泊まれると思うよ」

「・・やめてください。今まで宿泊したランクに慣れてしまったら旅ができなくなります」


その時、甲高い声が響いてきた。

「ようこそ、王都、恵燐紗えりんさへ!異世界の方・・あらどなたが異世界の方なの?」


少女はたおやかな白い指を唇に寄せて首をかしげる。

美少女だ。白く透き通るような肌に、小さな、しかし滴るような赤く潤う唇。頬はバラ色、瞳は水をたたえた清浄な青。その髪は、まるで太陽の光を集めたように金色に輝く。


少女は、まあいいですわ、というと荷馬車の上から呆然と彼女を見るAzumashiに向けて微笑むと、見惚れるようなきれいな所作で礼をした。


「私、詩物のしものまつを治めるハジメイチ・ショウカクイン・アカツキが娘アヤメ・ショウカクイン・アカツキですわ。父から、異世界の方を是非、王都の我が家にご招待するように言い遣っておりますの」


来ていただける?と少女は可憐に笑った。


御者のおじさんが、領主様・・と呟いて手のひらで目を抑えて空を仰いだ。


関所の門番がアヤメに呆れたような目を向ける。

「ダメだ。異世界の方は早急に王城へ行かねばならん。すぐに王城からの使いも来る」

「門番風情が私に意見するものではなくてよ?私、ショウカクイン伯爵家のものですのよ」

「ああ。名乗った時点であなたの身分は分かっているが、おれたちや異世界人には貴族の言葉は無効だ。貴族の言葉をいちいち聞いていたら仕事にならないからな」

「失礼な方ね。私、あなたみたいな無礼な人は存じ上げませんわ!オサムリ、サガッテンモ!はやく異世界の方を馬車にお誘いしなさい」

「お嬢様、無理ですって。伯爵家とか関係なく無理ですって」

「朝にも説明しましたよね?!異世界の人は早急に王城に行かなくてはいけません。お嬢様とお茶をする時間はありませんよって」

「うるさい!あなたたちは私のいうことを聞けばいいの!それにお父様が、異世界の方を屋敷に足止めしておけって言ってらしたでしょ?!あなたたちは命令に従わなければいけないのよ」


ざわざわと人が集まってくる。


Azumashiの5人はまたこのパターンか、と少しあきれる。


「歌ったほうがいいかな。誘い受けってやつで」

「でもなあ、喉、温存したいんだよな」

「逆にすぐ戻るんなら温めたほうがいくね?」


5人は荷馬車の上でひそひそと話し合う。しかし、ここで歌うのもなあ、と少し及び腰だ。リョークにお世話になったお礼に今夜の宿代くらいは捻出したほうがいいだろうか。


「なんの騒ぎだ」


人混みが割れた。割れたも元を見るとそこには、見るからに「やんごとない」とわかる青年が、いかにも日本人という顔をした女の子を連れて立っていた。


「ふむ、そなたは確かショウカクイン伯のご令嬢だったな。何を騒いでいるのだ」

アヤメは慌てて礼をした。

「王太子殿下にはご機嫌麗しゅう存じますわ。私、異世界の方を労わろうとお茶にお誘いに参りましたの」


王太子殿下と呼ばれた青年がピクリと眉を上げた。

「ほお、お茶をね。ショウカクイン嬢、そなたは異世界人に関わるこの国の法律をご存じか」

「もちろんですわ。私、異世界の方と交流を深めたいと思っただけで、命令に従わせようなんて考えてもいませんわ。だって、知花さまのお話もとても興味深いことが多いですし、ほかの異世界の方の話も同じように楽しいに違いないと、ぜひお話をさせていただきたいと考えましたのよ」

「・・異世界人は速やかに王城へ連れて行かなければならないという文言もあったはずだが?」

「あら。私との話なんて、すぐ終わりますでしょう?殿下と知花様のお話はとっても長くて濃いかもしれませんが」


アヤメはいやらしく笑う。知花が瞬時に顔を赤くして俯く。


「王太子とかめちゃ異世界ぽいな。あ、そうでもないか。海外なら皇太子とかいるもんな」

「俺らの国にもいるだろうが」

「あ、そっか」


隼人と尚文がひそひそと関係ないことを話している。

「つか、いつまでこれを見てなきゃなんないの?」

透がイラつきを滲ませた息を吐き出す。

「なんか、申し訳ないね。うちの領主様が」

御者のおじさんが恐縮している。


王太子は眉に険しいしわを刻み、しかし、諦めたように、もうよい、といった。


「ショウカクイン家には後ほど王城より使者を遣わす。・・失礼した。そなたらが異世界の方と案内人か。ようこそ、檜の山国へ。私はこの国の王太子、ヒロシィデス・ホマレ・ヒノモリだ。こちらは我が国の聖女、チハナ・スガ・ヒノモリ・・我が妻でもある。さあ、王城へ急ごう」


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