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緑の畝が均等に並ぶ畑の間を荷馬車は呑気に進んでいく。食べ過ぎた5人はとろとろとまどろむ。リョークだけが起きて、歌を歌っていた。
御者のおじさんが楽しそうにリョークの歌に耳を傾ける。
平和な午後だった。
愛宕利棲で少しゆっくりしすぎたとはいえ、次の中津賀歌の閉所には間に合う。中津賀歌から王都は目の鼻の先。明日、王都へ向けて出発したとしても3日目の夕方には王城へ着く予定だ。
Azumashiのメンバーは正直疲れていた。異世界だけでもキャパオーバーなのに、斎藤の濃い言動と連日のライブ。というか、ライブの途中で来ているのだ。ライブの高揚感をそのまま引きずって2日過ごしたがそれも限界に近かった。
とろとろというまどろみはとても気持ちがいい。そして、それに重なるリョークの歌声が疲れを癒してくれるような気がする。
透から順番に目を覚ますと、荷馬車から次の街中津賀歌の関所が見えていた。まだ夢の中にいるのは優陽と隼人だ。
浩平と尚文が二人を揺り起こす。
「もうすぐ着くよ」
寝ぼけ眼の優陽が目元をこすって関所に目を向ける。
「なんか和洋折衷な館が見える・・」
「ああ、あれはこの土地を治める領主様の屋敷だね」
御者のおじさんが優陽の視線の先に目を向ける。
「豊の川、愛宕利棲、そしてこの中津賀歌はハジメイチ・ショウカクイン・アカツキ様が治めていらっしゃるんだよ」
「へえ」
県知事みたいなものだろうか。
「ちょっと欲張りな方だが・・良い方だよ」
御者のおじさんの言葉に含みがあるように感じた。
中津賀歌の関所には夕方、まだお日様が沈み切らないうちにつくことができた。
関所の門番とのやり取りはもう慣れたものだ。門番も5人を見ると、何も言わずに笑顔で通してくれた。
「そういえば斎藤さんが、コンゴウジさんを訪ねるといいと言ってたね」
リョークと優陽がそんなことを思い出すと、人込みの中から、おーい、という呼び掛ける声が聞こえ、びっくりするほど鮮やかな青い髪の女の子が人垣の間から飛び出した。
「リョークさんとAzumashiの皆さんってあなたたちのことでしょう?斎藤のおじさまから鳥がきていたの!」
少女は10代中盤くらいの年齢だ。さっとAzumashiの5人の脳裏によぎるのは、「やっぱりロリコンじゃねえか、あのおっさん」という疑惑だ。
「あ、斎藤のおじさまはお父さんの友達でたまにうちに遊びに来るのよ。ユカリネちゃんがくっついてるだけで変態ってわけではないわ。お胸の大きな妙齢の女の人が好きって言ってたし」
斎藤の弁護をして、少女はぺこんと頭を下げた。
「イチカナ・コンゴウジです。お父さんが来る予定だったんだけど、急に仕事が入ってしまって。宿とお食事のお店に案内するわ」
そう言って、イチカナはくるりと背を向けて人をかき分けて行ってしまう。
「なんだか元気だけど迂闊な嬢ちゃんだねぇ」
御者のおじさんが苦笑いしている。御者のおじさんは、今日は親戚の家に泊まるらしくここから別行動だ。
「じゃあ、明日の朝、街の広場で待ってるわ」
と、イチカナとは別な方向に行ってしまった。
「・・あの子とははぐれたね」
尚文がぽつんと呟く。
「斎藤さんが鳥を飛ばしてくれた意味がない」
隼人が呆れてため息を吐く。
「迷子は黙ってはぐれたところで待つのがセオリーだよな」
浩平が、道端に座り込みながらつぶやく。
「え、えっと僕彼女を探してく」
「だめだよ、リョークくんもはぐれちゃうから。少し待ってよ。きっとすぐにくるよ」
優陽の言葉通り、真っ赤な顔をしたイチカナが戻ってきたのはそのすぐ後のことだった。
今度はイチカナは6人の歩調に追わせてくれた。異世界の、しかもかなり年上のAzumashiメンバーには気後れするのか、もっぱらリョークと話している。後ろを歩くAzumashiにはその会話は聞こえないが、イチカナの勢いにリョークがたじたじになっているのがわかる。
イチカナの視線は竪琴に釘付けだった。
そして、宿につく。宿の前でとうとうイチカナが爆発した。
「ねえ、その竪琴、おじいちゃんの・・ううん、吟遊詩人、ユズーシテオ・アオサカンダのものではない?」
「そうです。これは、ぼくの」
「やっぱり!おじいちゃんが竪琴を人に譲るなんて考えられない!しかも長いこと家に帰ってきていないし・・!あなたもしかして、おじいちゃんを・・!」
「いや、ちがくてですね」
「人殺し!おじいちゃんどこに埋めたの!!」
人がなんだなんだと集まってくる。リョークが焦って言葉を重ねようとするが悲劇のヒロインになったイチカナは聞いてくれない。Azumashiの5人も焦る。リョークを弁護してやらねば!
しかし、慌てた優陽が取った行動は、口トランペットでの〇曜サスペンスの演奏だった。
「だめだ、優陽・・それじゃあ、リョークくんが犯人になっちゃう・・」
隼人の指摘がイタいが時すでに遅し、優陽の演奏になんだなんだと人が集まってくる。うまいことにイチカナもあっけにとられている。
周りを見ていた浩平が、優陽の演奏に同じく口トランペットで和音を重ねた。さらに透がベースラインを重ねていく。
街の人々が、Azumashiを取り囲んで感心したように見ている。尚文と隼人はしばし相談し、さび部分から和声で参加した。即興で、わりと豪華な演奏となった。
最後の音を歌いきると、わーと拍手が沸き起こる。優陽が被っていた帽子を足元に置くと、たくさんの硬貨がその中に落とされた。中には金色に光るものまで見える。
「・・・こんなのでごまかされないんだから・・!いい?これからお父さんを呼んでくるから、逃げないで待ってるのよ!」
悔し気に顔をゆがませたイチカナは捨て台詞を吐き捨てると走り去っていってしまった。
ぽかんとリョークがその背を見送っているが、宿の前は収拾がつかない状態になっていた。あの曲を、この曲をとリクエストが来るが、Azumashiの5人には皆目見当もつかない曲名ばかりだ。
「リョークくん!」
「あ、すみません!」
リョークがハッとして5人の輪の中に入る。リクエストは受け付けない代わりに、道々で練習してきた歌を何曲か披露して、今日の宿代を稼ぎ切った。
宿に着くと深い息が漏れた。透は疲れた、と風呂に行き、尚文と浩平はベッドに寝転がる。優陽のブンツクする音を聞きながら、隼人はもう船を漕いでる。
リョークはしょんぼりとベッドに腰かけていた。
それに気が付いた尚文がリョークの隣に座った。
「ずいぶん猪突猛進な女の子だったねぇ。あの子が言っていた人が君のお師匠さん?」
「はい。お師匠様がこの国の出身だと今日知りました。・・お身内の方にあらぬ疑いをかけられるのはきついですね」
リョークががっくりと肩を落とす。尚文はにやにやと笑う。
「まあ、イチカナちゃんは可愛かったしねぇ。あの子に疑われるのはリョークくんはちょっと切ないよねぇ」
「なになに、恋バナ?」
船を漕いでいたはずの隼人が、起き上がって寄ってくる。
「イチカナちゃん、勢い強くて怖かったけど可愛かったもんね。リョークくんとも年が近い感じだったし」
「いや、そういうのではなく」
「いやそういうので十分いいよ。てか、そういう感じにしてよ。おっさん(斎藤)の犯罪な年の差恋愛より、ずっとこっちのほうがさわやかでいいよ」
「しかし、人の話を聞かないお嬢さんだったね。発端はその竪琴?」
知らぬうちにそばに寄っていた浩平がリョークが抱え持っていた竪琴に視線を移すとリョークは頷く。
「竪琴は吟遊詩人の命ですから。手放すことなんてありえません。それを顔も知らない僕が持っていたので疑われたのです。竪琴は師匠から弟子に受け継がれますが、本当なら、しばらくの間、師匠は弟子と一緒に旅をします。そして、弟子を自分の知り合いや知己の門番や街の領主に引き合わせ、次の竪琴の後継者として紹介していくのです。
師匠はそれができなかった。
今まで何の疑問も抱かれずに関所を通れたのは多分あなたたちのおかげなんです。異世界人を連れていたから、知らない吟遊詩人が来ても受け入れてもらえたんです。僕が案内役だから。
そうでなかったら、最初の街で兵士につかまっていてもおかしくない」
リョークがふと笑う。
「あまりにもすんなり通れたので忘れていました。もしかしたら、僕はあなた方を王城に連れて行ったらそのまま拘束されてしまうかもしれませんね」
「誤解ならすぐに解けばいいでしょう。君のいた町、お師匠さんが亡くなった街に問い合わせればすぐわかることだもの」
優陽がブンツクをやめていた。
「そうですね。きっと誤解は解けますね」
リョークの笑顔がなぜか切なげだった。
透が風呂から戻ってきて、ベッドに飛び込む。
「わお、今日のお布団もふわふわ・・!」
「おま・・!ベッド見て飛び込むのやめろよ!」
「皆さんがどこの街でも稼いでくれるので、宿のグレードが高いんですよ。・・それもあと一日ですね。明日の夕方には王城に着きます。多分、王城のベッドはさらに段違いですよ」
どこかさみし気にリョークが笑うと、隼人がその背中をバン、と叩いた。
「おれたちだけで稼いでいるわけじゃないだろ?リョークくんだって歌っているじゃないか」
「そうそう、おれらが歌うより、リョークくんが歌う方がお客さんの反応がいいんだよね」
透が賛同する。
「ああ、あと一日かぁ。長いような短いような異世界探訪だったな」
「探訪って言えるの?おれ、酒場で歌って街角で歌って、馬車の上で歌った記憶しかない」
「歌ってしかいない」
「でも荷馬車に乗るのなんかあっちの世界じゃそうそう体験できないよね。しかもサスペンションがないから地面の振動ダイレクトだし、座面にクッションはない、ほんまもんの荷馬車。ケツはいてーし、酔うし、すごいゆっくりだし。そうそう味わえない」
「だよなー。酒場だって漫画とかにあるザ☆冒険者的な感じの人が多かったよな。筋肉すごくて腕がごっついの。街並みもやっぱり不思議な違和感があるし」
「帰ったら、アンコールだなー。気合い入れて出ないと。喉、調整しておかないとね」
リョークが5人の会話をにこにこと聞いている。5人はそれぞれ印象に残っている異世界を語り合っていた。
「そろそろ、腹減ったな」
と隼人が言ったタイミングで部屋のドアがノックされた。リョークが応じると、宿の人が来客を伝えた。
「ああ、きっとさっきの子だね」
「じゃあ、飯食いながら解決編と行きますか」
隼人が伸びをして立ち上がった。透の濡れ髪を、風邪ひくぞと尚文がわしわしと拭く。
「ああ、ファンの子が喜びそうなことしてるな・・」
浩平が遠い目をした。
斎藤が紹介してくれたコンゴウジさんは申し訳なさそうな顔で宿屋の食事処で待っていた。イチカナもいる。イチカナのおばあさんらしい人まで同席していた。
コンゴウジさんはリョークと5人に気が付くと、立ち上がって挨拶をした。
「先ほどは娘が失礼をしました。初めまして、コンゴウジと申します。こちらは妻の母でフタバルナ・アオサカンダと申します。・・リョークさんが師と仰ぐ吟遊詩人、ユズーシテオ・アオサカンダの妻です」
そういうと、女性は品よく笑ってあいさつをした。
「吟遊詩人の竪琴は持ち主が許可を出した人間しか持つことができません。それをリョークさんが持っているということは、義父がリョークさんにそれを譲ったと考えるのが自然です。義父は気難しくて、竪琴は孫娘のイチカナにしか触らせなかったのですから・・。リョークさん、その竪琴を譲られた経緯を教えてはいただけませんか」
Azumashiの5人はちらちらとお互いに顔を見合わせた。これ、おれたち聞く必要ある?とみんなの顔に書いてある。それに気が付いたコンゴウジが、失礼しましたと笑った。
「私たちは隣のテーブルに移動しましょう。異世界の方々はどうぞお食事をお楽しみください。こちらはサウス牛のステーキが有名なんですよ」
そう言ってコンゴウジはリョークを伴い隣の席に移動した。
食事をしながら、隣の席をちらちらと確認すると、不服そうな顔をしたイチカナと安堵したようなリョークの表情の対比が面白かった。上品なおばあさんはにこにことリョークの話を聞いている。
「なんとかなりそう、かな」
「そうだな。リョークくんの誤解が取れればいい」
「さらに竪琴の調律ができればいいな。あの子、吟遊詩人の孫なんだろ?英才教育とか受けてないかな」
「英才教育うけてるなら、すでに爺さんについて吟遊詩人をやってんじゃない?」
「イチカナちゃんは吟遊詩人に鳴るものではなかったんだろ」
以前に吟遊詩人についてリョークに聞いたことがあった。吟遊詩人は「鳴る者が成る」らしく、血筋や環境などは全く関係ないらしい。ある日突然、「吟遊詩人になりたい」と思うようだ。元の世界ではそれは現実逃避となるが、こちらでは一生を決める決断だ。
「まあ、竪琴の件はリョークくんが自分で何とかするだろう。だって竪琴は吟遊詩人の命なんだから。おれたちが口をはさんでいいことでもないしな」
5人は癖になっている黙食で食事を終えると、リョークにひと声かけてから部屋に戻った。
疲労がたまっていた5人は、風呂に入ったり、ぼーっとしたり、ブンツクしたりとそれぞれに時間を使い、眠気に誘われるまま眠った。
その日、リョークは帰ってこなかった。