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かっぽかっぽとのんびり進む荷馬車の周りには水田が広がっている。
さすが主食が米の国、と感心していると、御者のおじさんはからからと笑った。
「ここは米よりも芋の栽培の方が主流なんだ。ここいらはちょっとだけ水田を作っているだけ。
その水田も国境近くで見つかった鉱山のせいで、収穫量は軒並み落ちてるしな。
米の生産量は隣の渡ノ島国の方がすごい。兄ちゃんは隣の国の人なんだろ?」
御者のおじさんに話しかけられてリョークがぼんやりと目を上げる。
「はい。と、いっても僕は果樹が有名なナナメシ出身なんです。水田が有名なのは平地が広がるオッオノですね。早春には緑が、秋には黄金が広がってとても美しいですよ」
「そうか、兄ちゃんはナナメシ出身か。ここまでは徒歩か?山越えは大変だったろ」
「そうですね。でも、吟遊詩人は歩いてなんぼですから」
「そこは歌ってなんぼっていいなよ」
御者のおじさんが笑う。しかし、すぐに表情が陰った。
「だけどなぁ、ここ数年、この国は作物の実りが悪くてな。じわじわと食糧事情が悪くなってるんだ」
「そうなんですか?ナナメシでもオッオノでもそんな話は聞いたことがありません」
「隣の国は大丈夫なんだな」
Azumashiの5人は二人のそんな話を聞くともなしに聞く。馬車の単調なリズムが睡魔を連れてくる・・そんな中、透が音を上げた。
「ダメだ。この揺れ、すっげぇ酔う」
といって気を紛らわせるためだろう、歌を歌い始めた。一人が歌い始めると、ハモったりリズムを刻んだりするのがアカペラグループの性というものだろう。
「おお、すごいな」
御者のおじさんが感心したように、5人の歌に耳を傾ける。
一曲終わると、浩平がうらやましそうなリョークに気が付いた。
「リョークくんが歌える曲も増やそうか。前に動画でコラボした曲なら、それ用に作っているからアレンジも簡単なんじゃない?」
「ああ、そうだね。何曲か歌ってみる?」
優陽の言葉にリョークは食い気味に頷いた。それを見て尚文が苦笑する。
「昨日まで歌うのを渋っていた人とは思えないね」
「歌は楽しいですから」
リョークの言葉に5人はそれもそうだね、と同意する。
尚文と隼人がリョークに歌詞とメロディを何曲か教えるとリョークはそれは楽しそうに歌った。昨日よりも格段に音を取るのがうまくなっているな、と隼人が感心している。
荷馬車も吹いてきた追い風に押されるように自然と速度が上がる。
6人が奏でる歌が風に乗って、通り過ぎる村々に響き渡る。良く晴れた空に歌は吸い込まれていくようだ。
一段と緑の色を濃くした少しばかり伸びた稲がそよそよと風に揺れている。
追い風に押されて荷馬車は予定よりもとても早く次の町、愛宕利棲についた。愛宕利棲の関所でも昨日と同じ問答が繰り返される。
愛宕利棲は、夜の街だと聞いた。よく見れば象牙色の肌を惜しげもなくさらしているきれいなお姉さんが多い。
「ここではお昼ご飯だけ食べて、すぐに次の街に移動しようと思ってるんだ」
リョークの言葉に5人も賛成する。早く元の世界に戻ってライブのアンコールに応じたい。
「それは実にもったいない」
背後からの声に6人は振り返る。
そこには40代くらいの男が顎に手を置いて、考え込むようにしかし、すぐに首を振って嘆いている。
「いい年した男が7人もいるのに、歓楽街の愛宕利棲を素通りとは実に情けない。一晩の夢を彩るのも良いものだと、あ、斎藤です」
なんか、濃い人が出た。とAzumashiの5人は思った。
「君たちが日本からきた新しいお客さんだろ?私もそうなんだ。斎藤兼光、会社員をしておりました」
名刺を出しそうな勢いで斎藤がビジネスマンらしい礼をする。
「あ、どうも、Azumashiというアカペラグループです」
優陽、尚文、隼人、浩平、透の順で挨拶していくと斎藤は首を傾げた。
「歌歌いと聞いていたが、アカペラとは?」
「あれ?知りませんか?声だけで歌を歌います。ゴスペル・・とは違いますが」
一曲聞きますか?
優陽はいうが早いがブンツク歌いだすと、ほかの4人も心得たもの、ライブのアンコールで歌うはずだった曲のさび部分を合わせる。
「ほぉぉ、すごいな、時に君は口の中に楽器でも入っているのかい?」
そう言って、優陽の口に手を入れようとする。
「いやいやいやいや、で、斎藤さんは戻らなかった人なんですか」
浩平が焦って斎藤の手を止めると話を変えた。
「いやー、戻らなかったというか、戻れなかったいうか。・・・この世界が面白すぎて、周りが聖女様のところに行けって言ってるのを無視して10日ほどこの辺を飛び回ったんだよね。そっから聖女様のところに行ったんだけど帰れなかったんだ。まあ、独身で親ももういなかったし、別に向こうに残して惜しいものもなかったからね。こうして順応しておるよ」
いまは、この街の女の子にちやほやされるのがうれしくてここにいます。
と斎藤がだらしがない顔する。
「兼光さん!嘘はだめだよ!」
高い声に振り返ると、14歳くらいの女の子が斎藤に駆け寄ってくるところだった。
「こんにちは、異世界の方。私は斎藤さんの妻でユカリネ・カンノウジ・斎藤といいます」
桃色の髪の少女、ユリカネは斎藤の腕にぶら下がるように絡みつく。よく見るとまだ薄い胸を押し当てている。当ててんのよ、状態だ。
斎藤が諦念を瞳に浮かべて遠い目をした。
「・・うそつきはどっちなんだ、ユリカネ。私をロリコン(変態)にしないでおくれ」
「そのうち、妻になるんだから同じことでしょ!・・あのですね、斎藤さんはこの国の水の管理をしてくれているの。
この国境付近で蔓延していた病気が鉱山から出る汚い水だって突き止めて、鉱山から出る水をちゃんときれいにする方法を教えてくれたのよ。
そして、今はそれがきちんとできているかどうか見てくれているの。そのためにこんな国の端っこにいるのよ。王都にも大きな屋敷があるっていうのに」
「王都は女の子が触らせてくれないから嫌いだ」
斎藤がそっぽを向く。しかし、その耳は赤く染まっていた。
「まあ、私の話はいいとして、立ち話もなんだから昼飯を食べながらでも話そうか。いい店を知っているんだ。ユリカネ、ついてくるつもりなら、ちゃんと歩きなさい。歩きづらいだろう」
斎藤のおすすめの店は肉がっつり系の店だった。しかし、その肉は柔らかくておいしい。付け合わせはなぜか小さめの塩結びだ。
「ここの肉はうまいから、是非とも食べてもらいたくてね」
リョークが嬉しそうにもりもりと食べている。年のころは成長期だろうリョークの食べっぷりは見ていて気持ちがいい。5人も静かに食べた。昼食にしては少し重い。
「・・食事中なのにしゃべらないのかい?食事は話しながら楽しくしようよ」
「そういえば、皆さんは食べながら話しませんね」
そう言われて5人はああ、そうだと思い立つ。しばらく、黙食が当たり前だったから食事中の会話を忘れてた。
「・・向こうは長いこと飛沫感染する伝染病が流行っていて・・世界規模の大流行で世界中の経済活動が止まっていたんです。それを阻止するべく常時マスクの着用、食事中の会話の自粛、人の密度を低くするっていうのが普通のことになっていたんですよ。・・斎藤さんはいつ頃こちらへ?」
優陽が説明すると、斎藤は、向こうはそんなことになっているのか!と驚いた。
「私はそうだな、1年と少し前に。この先の豊の川にいたところをこのユリカネに見つかったんだ」
ユリカネがそうなんです、と思い出して嬉しそうに笑う。
「しかし、1年前にはそんな病が流行っているなどなかったなあ」
5人は顔を見合わせた。病は3年前から流行し、あっという間にマスクの着用、指先の消毒が義務のようになり、黙食、三密の防止も当たり前になったのだ。
「・・1年前はちょうどピークのころで、飲食店も軒並み休業、会社も行けずに在宅勤務、外出も制限されていたころですが」
「はあ?私は普通にぎゅーぎゅー詰めの満員電車にさらに押し込められて、片道一時間半の通勤をしていたぞ。在宅での仕事って何をするんだ?会社に行かなければ仕事などできないだろう」
「電子化が進んでいればネット環境があれば可能ですけど・・。飲み会もリモートで!とかしてたし」
「り、もーと・・」
「ええ、ネットを繋いで・・ZOO〇とかS〇ypeで」
「・・正直何の話をしているのかわからん・・私がこちらに来たのは〇年だったはずだが」
尚文は、すこし言葉を失って静かに首を振った。
「僕たちが生きている時代はその年から10年以上たっています」
「じゅうね・・」
斎藤が絶句する。が自分を落ち着かせるようにふー、と息をつくと
「時の流れがだいぶ違うのだね」
と独り言のように言った。そして、はた、と納得したような顔をする。
「そういえば、知花くんにこっちの世界へは切り取られてきてるから、変わってしまうと戻せないといわれたな。
10日もいれば爪も伸びるし鼻毛も伸びる・・・だからか。5日でも変わるものは変わるが誤差で何とか調整ができるのだろう。こちらはあちらよりも時の流れが穏やかならその分変化も穏やかだ・・しかし、5日と言わずにできるだけ早く知花くんのもとに行かねばならないな」
「知花くんって?」
透が聞くと斎藤はフ、と笑った。
「君たちがこれから会いに行く聖女だよ。なんて言ったかな、そうだ、須賀知花くんだ。・・10代後半、という外見だが、君たちの話を聞くとすでに30を超えているんだな・・」
と斎藤は微妙な顔をした。
食事が終わると、斎藤が少し言い淀んで、しかし、申し訳なさそうに願い事を口にした。
「君たちは歌歌いだといったな。早く聖女のもとに行けと言ったが、申し訳ないが、私に曲を一曲聞かせてくれないかな・・この曲が聞きたいのだが、・・忘れてしまってね」
と、サビらしい一節を口ずさむ。それを聞いた優陽がリードボーカルの尚文を振り返る。
「この曲なら前に歌ったことがあるよね。覚えてる?歌詞出る?」
「ああ・・ああ、ああ!大丈夫!歌いながらいい歌詞だな、って結構歌いこんだから覚えてる。ベース、コーラスいけるか?」
尚文が手のひらに手を打ち付けて、メロディラインを歌うと、残りの3人も納得したようにうなずいた。
「大丈夫。あれ、動画の再生数も多くて今回のライブでも候補に挙がってたじゃん。大丈夫!いけるわ」
隼人が高音部を口づさむ。
5人で集まって調整すると、リョークが少しだけさみしそうな顔をしていた。
店の一角を借りて、即席のライブステージを作る。リョークが風魔法を5人に施す。
優陽のリズムを合図に曲が始まる。パワフルな歌調とは裏腹に歌詞は繊細だ。がんばれ、がんばれと勇気づけてくれるこの曲を、斎藤は目をつむって聞いていた。
5人が歌っていると店を覗き込む人が増えてくる。リョークも歌いたそうにしていたので、場所を変え愛宕利棲の広場でリョークを真ん中に竜殺しの英雄譚を披露する。
それだけで、結構な額の金額が集まってリョークはこれで次の宿もいいところに泊まれます、とにこにことしている。
「このところ、吟遊詩人が来ていなかったからね、このあたりの人たちは娯楽に飢えているんだ」
斎藤が少し寂しそうに笑った。
「これでお別れだ。向こうの世界で好きだった曲が聞けて良かった。ありがとう。次の街と王城には鳥を飛ばしておいたからね。私の知り合いがきっと世話を焼いてくれるさ。コンゴウジというものを訪ねるとよい。君たちにオリーイ様のご加護があらんことを」
思ったよりも愛宕利棲に留まってしまった。6人は少し慌てて荷馬車に乗り込むと、御者のおじさんはにこにこと笑って、大丈夫、閉門までには間に合うよ、と請け負ってくれた。
桃色の髪のユカリネを腕にぶら下げて斎藤は5人の乗る荷馬車が見えなくなるまで見送っていた。






