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ヨリコノに紹介された宿は街の中心の広場に面していた。リョークが青ざめる。


「ここ、多分高価い・・」

「リョーク様と異世界の方ですね」


宿の前で呆然としているリョークに男性が声をかけた。

気が付いた隼人がリョークを肘で突くと、リョークは男性に向かい合う。


「あの、」

「オイワケドリのヨリコノから聞いています。異世界の方と案内人の方ですね。本日は当方の宿をご利用くださいませ。当方は斎藤様にもお気に召していただけておりますので、きっと異世界の方々にもご満足いただけると存じます」


斎藤?


日本風の名前に5人は反応する。宿の人はにっこりと微笑みを向ける。

「異世界からいらした方でございます。斎藤様は、この国に残っておられる方です」


「それは帰れなかった、ということで・・?」

尚文の声が低い。


「そこまでは存じ上げませんが、斎藤様は聖女様とともにこの国になくてはならない方でございます。

まあ、斎藤様には近々お会いすることもありましょう。詳しいことはご本人様に伺ってみてくださいませ。

ささ、どうぞ。まずは部屋にて汗を流してください。着替えは当方で用意させていただきました」


もちろん格安にてご提供させていただきます。


と宿の人はリョークににっこりと美しい微笑みを向けた。リョークの笑顔が引きつっている。


しかし、格安、というのは本当らしいと6人が気が付いたのは部屋に通された時だった。


そこは多分泊まるための部屋ではない。日本風にいうと宴会場に簡易ベットを入れた6人一部屋の大部屋だった。


風呂は宿の大浴場を使えるし、服もリョークが着ているようなものが用意されている。来ていた服も洗濯をしてくれるというので甘えることにした。


「・・払えるんでしょうか」

リョークは不安げだ。

「これから、いっぱい歌って稼ぎましょう!大丈夫!それに足りなかったら、国に請求書を送ってもらえばいいんですよ。僕たちに掛かる費用は国が負担してくれるんでしょう?」


優陽の言葉に、そういえばそうですね、とリョークはやっと安心したように肩の力を抜いた。


風呂から上がると、透は早々に壁際のベッドをキープして、寝転がっている。

「おお、けっこう寝心地よさそう。てか、つかれてっからこのまま眠れそう」

「まだ寝ないでよ・・てか、浩平がうとうとしてる・・!浩平、起きて!」

「今日はライブの後に歩き通しで疲れたからな」

「隼人がまったくしゃべってない。寝てないか?」

「起きてるよ。まだ」


各々自分の好きな場所に陣取ってしばしゴロゴロする。リョークは開いた扉から二つ目のベッドに腰かけた。


扉に一番近いのは、意外に気遣いさんの隼人だ。


「あの、お疲れのところ申し訳ありませんが、竜殺しの英雄譚をもう一度歌わせていただいてもいいでしょうか」


旅慣れているリョークに疲れは全く見えない。


「リョークさん、ノー敬語で!合わせるの?いいよ!コードで合わせる?リズムも入れる?」


森の中ではリョークはどうしても和音につられてメロディが崩壊していた。


「・・コードでお願いします。いえ、お願い。サビの部分は音が取れるんだけど、Bメロの高い音が取りづらくてそこから崩れてしまいま・・うんだ」

「ああ、おっけ。尚文、浩平、いける?」


おっけおっけと尚文が応え、やや眠そうな浩平がおー、と応える。


4人が歌いだすと、じっとしていられなかった優陽がリズムを刻む。それを聞きながら、透がうとうととしている。


穏やかな休息の時間だった。


しばし、歌に(透は睡眠に)時間を費やして、6人はヨリコノの店に行くために宿を出た。


ヨリコノは食事を用意して待っていてくれた。

先ほどは掃除のために上がっていた椅子がすべてテーブルを囲み、店内のランプにはひとつ残らず火が入っている。

「さあさあ、あと30分ほどで開店だから、それまでに食べてしまってね。異世界の人の口に会えばいいのだけど」


出てきた料理は、米が主食で、しょうゆもあるのだろう、甘辛い、ご飯に合うソースのかかったステーキと野菜の付け合わせだった。うまい。


一口食べると、腹が減っていたせいもあってみんな無言で食べた。すごい勢いで食べた。成長期らしいリョークに負けないくらいに食べた。


「あらー、いい食べっぷりね。おねえさん、嬉しくなっちゃうわ」


うふふ、とヨリコノが笑う。


開店と同時に店は喧噪に包まれる。ヨリコノの店には小さいながらステージがあり、6人はそこで歌う。マイクもないし、照明もない。


「・・透と優陽を消さないように気を付けないとな。響くか?」


ぼそぼそと話していると、リョークがそれに気が付いて大丈夫です、といった。


ステージには風魔法がかかっていて小さな音でも響くらしい。


「風魔法・・。異世界だなぁ。でも、これだけ人が入ると吸収されそう。できるだけ固まったほうがいいかも。あ、竜殺しのリョークさんは一歩前に出てね」


浩平と優陽がステージで音を確認して、皆で打ち合わせる。


「竜殺しのリョークさんってリョークさんの英雄譚になっとるわ」

軽口をたたくAzumashiの面々とは違い、リョークの顔は緊張で強張っている。


「緊張してる?」

浩平がリョークの背をとん、と叩いた。


「は、はい。あの僕、人前で歌うのこれで二回目なんですが・・一度目は歌えなくて笑われて終わったんです。それで、それから人前で歌ったことがなくて」


「・・リョークくん、呼吸法。鼻からいっぱい息吸って、口から肺を空っぽにするくらい吐き出して」

目をつむったリョークが浩平の、1、2、と数える声に合わせて息をする。深呼吸を5回ほど繰り返したところで、発声練習に切り替える。


ラー、と短時間で深みの増した声が酒場に響くと人々はステージに注目し始める。そのタイミングで優陽がスクラッチから始まるビートを刻み始める。


「さあ、さ。今夜は異世界の吟遊詩人が見えてるわよ!めったにない機会なんだからたくさん落としていってちょうだい!」


ヨリコノの明るい声がライブのスタートを飾る。


Azumashiとリョークの歌声が酒場に響く。


◇◆◇


ヨリコノはホックホクだ。

「うふふ。一か月分の売上を一日で稼いじゃったわ!ありがとね、あなたたち!」


Azumashiとリョークの歌声は人を呼んだ。酒場から漏れ出た声に誘われて、「なんかすごいぞ」というほかの客に誘われて、「なんかすごいってきいたんだけど」と噂話にさそわれて、多くの人々がオイワケドリに集まった。最後の方には酒場に入りきれない人のために枯れた木を中心として広がる広場に移動してのステージとなった。


それに伴って、近所の酒場では便乗して酒を売り歩き、一度は店じまいした食堂もここぞとばかりに料理を売り出した。


酒場、食堂、酒屋・・この日の売上に笑いが止まらないらしい。


ライブで集めた金に、ヨリコノやライブの恩恵にあずかった商人たちからもお花が集まって、リョークの懐もほかほかだ。宿代を捻出しても、向こう5日馬車を借りられるだけのお金が余る。


二つほど離れた町に吟遊詩人が立ち寄る店があるという情報も手に入れた。そこなら竪琴の調律もしてもらえそうだ。


宿で汗を流した後、ベッドに倒れこんだ後の記憶がない。

「楽しかったな」


隼人がしみじみと呟く。ヨリコノに挨拶して、宿の人が調達してくれた馬車に乗った6人は昨夜をしみじみ思い出す。


客との距離が近くて、Azumashi結成当初、小さなライブハウスで行ったライブの距離感を思い出す。


「やっぱり、ライブの臨場感っていいよな」

浩平のつぶやきに4人はしみじみ同意する。


リョークは朝から放心状態だ。リョークは昨夜4回歌った。一回目はおどおどと、二回目からは楽しそうに。4回目には思わずAzumashiの面々も聞きほれるほど、のびやかに竜殺しの英雄譚を歌いきった。


「リョークくん、次の街までどのくらい?」

尚文の声も聞こえていないらしい。御者のおじさんが苦笑しながら、このまままっすぐ半日くらいだと答えてくれる。


「半日か・・そこは素通りして次の街に向うのかな。昼飯休憩だけとって」

「5日のうちもう㏠消費したからできれば駆け足で行きたいね」


リョークはぼうっとしたままだ。


そのころ、豊の川では奇跡が起こっていた。


「咲いてるわね」

ヨリコノは広場の中心の枯れ木を眺める。


ずっと花を咲かせることがなかったこの木。以前は街の象徴のような木だったのに、12、3年前から急に花を咲かせなくなった。聖女が現れた時、若葉が生えたが花が咲くことはなかったのに。


今日、枯れたと思われていたその木に薄桃色の小さな花が満開に咲き誇っている。


「これが異世界の方の力なのかしら。それともオリーイ様のご加護?」


ヨリコノは感心したように花の香りを楽しむ。今日の夜もまた、この広場での酒盛りで一儲けできそうだ。


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