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水場での小休憩で、5人はぐったりとそれぞれ地面に座り込んだ。リョークが苦笑している。
「これでまだ半分の道のりか・・先は長いな」
座り込んだ優陽にまだ余裕がありそうな浩平がそうだな、と呑気に返事をする。
水で濡らしたタオルで体中を拭いた隼人がすっきりとした顔をして、リョークに声をかけた。
「リョークさん、歌、聞かせてください。歩きながら、俺ら結構披露しましたよ」
これまでの道のり、5人はリョークにせがまれるまま歌いながら来た。疲労感はそのせいでもある。
初めは、いつものように優陽がリズムを刻み始めたのが発端だった。その音を聞きつけたリョークが優陽の真横からまじまじと口元を除く。その様子にいたずら心を起こしたのだろう、透もまた同じようにビートを刻んだ。ぐりん、とリョークが振り返る。隼人に指で突かれて、ビートボックスができる浩平も参加して3人でセッションを始める。リョークの食いつきがすごくて、すこしさみしくなった尚文が隼人を誘ってそのセッションに和音を重ねた。即興で曲が出来上がった。
リョークはすごいです、を連発していた。
「僕の、歌ですか・・」
リョークの目がまた陰る。
「・・笑ったり、呆れないでくださいね」
5人が頷いてリョークの前に半円を描くように腰かけた。
リョークが竪琴を弾く。
調律が思いっきりずれている。
竪琴から不協和音が響く中、リョークが歌い始めた。
否、唸り始めた。
なにかぼそぼそ話している。詩らしい。
歌ではない。
最後まで何を言っているのかわからないままに曲は終わった。
5人は呆然とした。何と言ったらいいのか、どうリアクションを取ったらいいのか正解がわからない。これがこの世界の歌のなのだろうか。
「僕、音痴で・・・吟遊詩人とは名乗っていますが、歌でお金を稼いだことは一度だってありません」
悔しそうにリョークは唇をかんでうつむいた。
「お師匠様は僕が弟子になったその日に亡くなられて、僕はお師匠様に何一つ教わっていないのです。歌い方も吟遊詩人の命である歌も、竪琴の調律の仕方も。この国には、ほかの吟遊詩人がいるかもしれないと思ってきました。教えを請いたいと思ったからです」
リョークはそこで顔を上げた。強い視線だった。
「街につく間で構いません。僕に歌い方を教えてください」
それが僕があなたたちを街に連れていく対価と考えてください。とリョークは言った。
「わかりました」
了承したのは優陽だった。
「短い時間でどんなことができるのかわからないけど、基本的な声の出し方なんかは教えられると思うから。な、隼人」
え、おれ?と隼人が焦るが、すぐに表情を改める。
「リョークさんは自分の歌がどんなふうに聞こえてる?」
「・・唸り、でしょうか。皆さんのような音の階段がなく聞こえています。しかし、アレは自分の中のお師匠様の声に重ねているつもりなんです・・。お師匠様の歌は酒場で1度だけ聞かせてもらいました。たった、1度だけ」
リョークは悔しそうに顔を歪めて下を向く。
隼人が一回だけかぁ、と呟いて、でも、大丈夫!、となあ、と尚文に同意を求める。
「自分の歌が単調な唸りだと気づけているんならきっと大丈夫!発声練習からしていこうか」
尚文が明るく伝えると、リョークがぱぁぁと顔を輝かせた。
「あ、それに表情筋も鍛える必要がある。歌っているとき、口が全然開いていなかったから」
浩平が自分の口を大きく開けて、あいう、と声に出す。
「ぼそぼそと呟きになってしまっているのは、発声の問題と表情筋の衰えが原因だと思う。普段はあまり人と話さない?」
「はい。ほとんどこんな風に一人で歩いています。話すのは、街について仕事を探すときくらいです」
「ああ、竪琴の調律は専門家じゃないと無理だな。ギターとかとはぜんぜんちがうわ」
竪琴をまじまじと見ていた隼人がお手上げのポーズをとる。
そんな風にリョークの事情聴取をして、尚文と隼人が練習メニューを考えている間に、浩平と優陽がリョークに呼吸法を教える。透はその様子を見ながら、何やら考えていた。
「ねえリョークさん。さっきの竜殺しの英雄譚の歌詞ってこんな?」
呼吸法を実践しているリョークに透は先ほど聞いた歌詞を披露する。鼻で息を吸って口から吐きながら、リョークが頷くと
「メロラインは全然わかんなかったから元の曲からは離れるけど、曲つけて歌ってみようよ。竜殺しの英雄譚~AzumashiVer~的な」
「お、面白そう。さすがアレンジャー」
尚文が食いつく。
「じゃあ、メロライン考えるか。あ、音確認できないから、コード聞く時には協力してね」
優陽が早速口の中でブンツク奏で出す。
「えー。音とれるかな」
「プロだろ。できるできる」
隼人のボヤキに尚文が明るく答える。
「竜殺しの英雄譚に曲を?」
リョークが呆然と呟くのに、透が焦った顔を向けた。
「ダメでした?!ただ歌詞が劇場風でかっこよかったから歌えたら面白いなーって思ったんですが」
リョークは笑って首を振る。
「大丈夫です。僕も、あなたたちの竜殺しの英雄譚がどんなふうになるのか聞いてみたい。大丈夫です。お師匠様の歌は僕の中にちゃんとあるので」
浩平がぼそりという。
「・・和音を増やして、主旋律はリョークさんに歌ってもらおう。そっちの方がいいよ。この世界の人にしか出せない迫力が出る」
「そうだね。もともと彼らの歌だしね」
優陽は早速、メロラインを口ずさみ始めている。いつものように音を保存する媒体がないので、地面にがりがりと楽譜を掘る。
「紙とかはないの?」
「・・紙は高価ですから。字もそれほど普及していませんし」
「ほええ、ザ☆異世界ですね」
尚文と隼人、浩平にコードを歌ってもらい、そのコードと曲調に会ったパーカッションを乗せていく。コードを読んだ透はそこにベースを落としていく。
「メロラインはこんな?」
尚文がそこにメロディを乗せていく。
「リョークさん一回、歌詞を聞かせて。次、おれと一緒に歌うよ」
「はい」
竜殺しの英雄譚はその名の通り、大国を襲った竜を倒したこの世界の英雄、ルーデウスの物語だ。竜に襲われれば国も亡ぶ。そんな圧倒的な強さを誇る竜を英雄ルーデウスは魔法を駆使して倒すのだが、その戦いで竜の呪を受けたルーデウスもまた命を落とす。命を落とすまでの竜との戦いや街の人を救う様子を歌にしたものだった。
「なんか壮大な歌だね」
先ほどは唸りと竪琴の調音がひどかったことに気を取られてよく聞いていなかったけど、と優陽が呟けば、隼人も頷く。
歌詞を聞いてまたなにか思いついたのだろう、優陽がまたなにか音を足し始めた。
「メロディはこうね」
浩平がメロディラインを歌い始める。リョークはそれを真剣な顔でしっかりと聞いている。浩平は歌い終わるとリョークに発声練習をさせてから、一緒に歌い始めた。途中で尚文もメロディに加わる。
「音程とか気にせず、大きな声でうたってみ。まずは声をはらなくちゃ歌にならない」
尚文は森に響かせるように大きな声で歌う。リョークもつられて大きな声を張り上げる。
決してうまいとは言えない。しかし、先ほどの唸りとは全く別物だ。
「何回かはおれも一緒に歌うから。それでメロディを覚えてね」
通しで歌ったリョークの瞳は輝いていた。
長い休憩時間が終わった。長く休みすぎた、と6人は慌てて歩き出す。街に入るには関所を通らねばならず、そこは閉門の時間は決まっている。それを過ぎれば野宿になる。しかもテントも何もない野原に着の身着のままで寝るのだ。それはいろいろと無理だ。
先を急ぎつつ、しかし、6人は楽し気に歌を歌いながら進む。足取りは休憩前よりも軽い。
6人が通った後には、色とりどりの花が咲き乱れる。