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3-1 女の子として

「初めまして、東雲秋(・・・)です。どうぞよろしく」


 東雲秋を名乗った少女——千秋の変身した姿——は慣れ親しんだはずのクラスの面々に対して初対面であるかのように自己紹介をした。その隣で担任教師が話し始める。


「東雲は生徒会長の妹さんだ。家庭の事情で離れ離れになっていたが、引っ越してくることになったらしい。みんな、仲良くしてやってくれ」


 クラスメイトたち、とりわけ男子の連中は教師の話している間もざわざわと騒ぎ立てていた。美少女の転校生なんてライトノベルのようなイベントに興奮を抑えきれないらしい。みんな素直でちょっとかわいいな。自分が美少女として翻弄する側に回ったせいか、千秋は男子たちを客観的に見ることができた。しかし、表情を失っている綾香からは目を逸らし続けた。


 昼休みになると千秋の席はクラスメイトたちに囲まれた。転校生に対する洗礼と言える質問攻めの時間だ。

 どこから転校してきたのか、趣味はなにか、どこの部活に入るのか等等あたりさわりのない質問を用意していた回答でしのぐ。そんな中、全く想定外の質問をぶつけてくるヤツがいた。


「秋ちゃんって呼んでいいかな」


 話しかけてきたのは学年随一のイケメンこと池田だ。その甘いマスクは女子たちの人気の的だったが、その馴れ馴れしい態度に千秋はまず警戒した。


「それは……どうして?」


「いやー秋ちゃんかわいいし、ぜひお近づきになりたいからさぁ」


「かわいい……」


 池田の軽薄な態度は顔面偏差値でごまかせない下心を含んだものだった。しかし、千秋の耳には「かわいい」という一語だけが届いていた。承認欲求に飢えた千秋の脳内では「かわいいと言ってくれる→僕のことを認めてくれる→いい人!」という単純極まりない方程式が成立していたのだ。


「いい?秋ちゃん」


「うん、いいよ」


「ありがとう。そうだ。今日って空いているかな。良かったらオレが街を案内するけど」


「うん、いいよ」


 警戒心はどこへやら。こうして千秋はデートの約束を取り付けられてしまったのだった。




 駅に学校に繁華街。街を案内すると言われても、本来千秋にとっては見慣れた場所である。だが千秋はつまらないと感じるどころか、池田とのデートを大いに楽しんでいた。池田はことあるごとに「秋ちゃん」を持ち上げ、自尊心をくすぐる努力を欠かさなかった。クラス一のイケメンも、美少女の僕にかかればイチコロなんだな、と千秋は調子に乗っていた。外見が変わっただけで、自分という商品に貼られた値札の額が急上昇したような心地だった。


「暗くなってきたね。秋ちゃんは門限とかあるわけ?」


 相手のガードが緩まったのを見計らい、池田は再び話しかけた。


「いや、僕は今一人暮らししてるから大丈夫だよ」


「生徒会長の妹さんなのに一人暮らしなんだな」


「そこは事情があってね……」


 池田はちょうど通りかかった公園を指さして言った。


「歩き回って疲れただろ?そこで座って話でもしよう」


「うん!」


 もし犬を飼っていたら一周するだけで満足な散歩となるくらいの広さの公園だった。入り口からはブランコが目に入った。それを見て千秋はこの公園が幼い頃綾香と約束を交わしたまさにその場所だということを思い出した。


「秋ちゃん、どしたの?」


 池田は公園の入り口で立ちすくむ千秋に声をかけた。千秋は過去から現在へと頭を切り替えた。


「あ、ああ。なんでもないよ」


「じゃあそこ座ろっか」


「うん」


 池田に連れられベンチに足を運ぶ。そのとき、千秋は薄暗い公園にいるのがカップルばかりであることに気づいた。公園は夜の顔を見せていた。二人でベンチに腰掛けるとちょうど植え込みにさえぎられる形でカップルたちの姿は見えなくなった。千秋はなんとなくホッとした。


「今日は楽しめたかな」


「うん、とても。池田君の話面白かったからね」


 「池田君の話」というのは9割が「秋ちゃん」へのほめ言葉で構成された実体のないものであったが、今までの人生でほめられ慣れていない千秋にとっては好感触だった。


「それは良かった。オレも秋ちゃんと話すの楽しかったよ……ねえ、秋ちゃん」


「なあに?」


「会って一日目にこんなこと言うのはおかしいかもしれないけれどさ。オレたち、相性がいいと思わない?今日はお互い楽しめたわけだしさ。だからさ……」


「……」


 わかるだろう?と期待の眼差しを向ける池田。彼の意図を読めない千秋はどう反応すればいいかもわからず、黙って笑顔を浮かべていた。しかし、その笑顔は次の瞬間凍りついた。


「オレと付き合ってくれない?」


「……え?」


 付き合うっていうのはつまり……どういうことだ?


「好きなんだ、秋ちゃんのこと」


 自身が危うい選択肢を突きつけられていることにようやく気づいた千秋の思考は回転数を上げ始めた。しかしどう考えても池田が相手として相応しいかどうかという以前に、女性として男と恋愛をするということが全く想像できなかった。


「そういうのはまだ早いんじゃ……池田君のこと全然知らないし」


「オレも君のことは全然知らないよ。でもわかるんだ、君が運命の相手だってことは。お互いこれから知っていけばいいじゃないか。自分で言っちゃ何だけどオレは勉強もスポーツも人並み以上にできるし、みんなからの人気もある。絶対に損はさせないさ」


「そうかもしれないけど……」


 千秋は言葉を濁しながら、池田とカップルになった「秋ちゃん」を想像した。確かにお互い外見は良い。並んで歩けばお似合いの美男美女カップルと噂されるだろう。そうやって注目されること自体は悪くないように思えた。まずは友達からと千秋が口を開こうとした瞬間、タイミング悪く池田が話し出してしまった。


「そうだよな!なあ、いいだろ……?」


 OKをもらえたと解釈し、勝利感に酔ったような表情の池田は千秋の手を両手で包み込んだ。


「……!?ちょっと……ちょっとまってよ」


 池田の手つきには遠慮も何もあったものではなかった。本当にこれでいいのだろうか。千秋は急に不安になった。そもそもカップルって何をするのだろう。手を繋いで、一緒にご飯を食べて、それから……それから先は何も考えられない。いや、考えたくもない。

 不意に公園でいちゃつく別のカップルの嬌声が耳に飛びこんできた。池田には付き合っている女子生徒がいるという噂を千秋は思い出した。その真偽も確かめる必要があるな。千秋は池田の顔に正面から向き合って言った。


「池田君は他にも付き合っている人がいるんだよね?その人たちはどうするの?」


「あ、あいつらはもうどうだっていいんだ。秋ちゃんが一番かわいいと思う。秋ちゃんがいなきゃダメなんだ……あ!?」


 池田はしゃべりながら己の失言に気づいたらしく、慌てて口をつぐんだ。しかし、千秋にはその一言で十分だった。男が見栄を張っている様子は、女性の立場に立った今は身勝手で滑稽なものとしか感じられなかった。


「ごめん。女の子を大切にしない人とはちょっと付き合えないかな」


「くっ——!」


 千秋は女の外見ながら男でもある。だから池田という男に対する非難は千秋自身にもはね返ってくるのであった。「女の子を大切にしない人」という自分の言葉は自身をも傷つけた。千秋の脳裏には泣きそうな表情の綾香が浮かんだ。


「今日はありがとう。僕は行くよ。大切な人が待っているから」


 千秋は心を決めてベンチから立ち上がろうとした——その瞬間、腕を強くつかまれ、そのまま引き倒された。

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