2-3 約束
東雲と別れ、大量の荷物を抱え一人帰り道を行く千秋に声をかける者があった。
「ちー君……だよね?」
「!?」
美少女に変身したままの千秋に恐る恐るといった様子で確認してきたのは綾香だった。綾香は千秋の持つ紙袋を指さして言った。
「それ、女物の服だよね。もう、どうしちゃったのよう」
「これは東雲さんに……押しつけられたというか……」
「ちー君最近おかしいよ。女の子として過ごしている間にどんどんあの頃のちー君が消えていってるよ……お嫁さんにしてくれるって約束も忘れちゃってるし」
「お嫁さん」という言葉が千秋の頭の奥に引っかかった。千秋は罪悪感から綾香と視線を合わせることができなかった。
「ごめん。もう少しで思い出せそうなんだ……」
「……もういいよ。わたしのことなんて忘れて女の子になってればいいじゃん」
綾香は千秋の手から紙袋をはたき落とすと、踵を返して走り出した。走り去る綾香の背中を見つめていた千秋は、その姿からふと「約束」を思い出した。思い出すのが遅すぎた。
あれは二人がまだ小学一年生か二年生くらいの頃だったか。千秋と綾香は公園でブランコに乗りながら将来について語り合っていた。どういう流れでそんな話になったのかは覚えていない。ただ、あの日千秋はたった一人の友達を失いたくない一心でこう約束したのだ。
「おまえとずっと一緒にいるよ」
「や、やったー!じゃあ、わたしのことお嫁さんにしてよね!」
「ああ」
その言葉を聞いた綾香はブランコをこぐ勢いもそのままに飛び出して、親に報告しに行ったのだった。ものすごい勢いで公園を走り去るその背中が、今の綾香のそれと重なったのだった。ただ、その背中に乗っている感情は今と昔で真逆だった。
思えば、今まで仲良くしてくれたのは綾香だけだったなあ。地面に落ちた紙袋からは東雲に買ってもらった女物の服が散らばっていた。千秋はそれを集め直し、家路についた。
これでもう、男の僕は誰にも必要とされなくなったんだ。そう考える千秋の表情はこれまでの人生を憂う絶望と新たな決意にいろどられていた。
あくる日、千秋は生徒会室で東雲と対面していた。千秋の姿は変身前の平凡な男子生徒のものだったが、極度の男嫌いであるはずの東雲は嫌な顔をすることも忘れて千秋の顔を見つめていた。
「あなたが理解してくれたのは嬉しいけれど、それにしてもずいぶんと気合の入った話ね」
「ええ。戸籍と学籍、新しいものを用意してもらえますか。東雲さんならできますよね」
「もちろん。あなたのためなら」
「頼みます。それに、もう一つお願いがあるのですけれど……」
千秋の頼みを聞いた東雲は、数日前千秋にメイクを教えたあの隠し部屋を喜んで使わせた。数分後、隠し部屋から戻ってきた千秋はセーラー服を着ていたが、その姿は男のままだった。
「ふん。全然似合わないですわね」
「いいんです。これからは似合うようになるんですから……東雲さんには見ていてもらいたいんです。僕の最後の姿を」
「ええ。わたくしには当然その責任がありますわね。あなたの新しい生活もしっかりサポートいたしますわ」
千秋は書類棚に映った自分の顔を一瞥すると、頭の中でスイッチを切り替えるイメージを持った。千秋の体は歪み、痛みとともに変化していった。髪は伸び、目鼻立ちはすっきりと整い、骨格全体がきしみをあげて縮んでいった。
「ぐあああああぁぁ」
苦しむのぶとい声も数秒のうちに少女のか細い声へと変わった。変化が止むと、そこには一人の美少女が立っていた。空谷千秋という男子生徒の存在していた痕跡はなかった。
「よく似合っているわ。そうだ。新しい学籍を作るにしても、元と同じ名前では不自然ですわね。こんな名前を名乗ったらどうかしら……」
「……そうですね。ありがとうございます。ではこれで」
空谷千秋だった少女を見送った東雲は生徒会長用の椅子に座り、考えをめぐらせていた。おおむね満足に運んだけれど、なにか一つ足りないような気がしますわね……しばらく考えた後、彼女は最後の仕掛けを用意するため電話を手に取った。
「……もしもし。わたくしは生徒会長の東雲ですわ。あなたにお願いしたいことがありますの。明日からあなたのクラスに転校生が入りますから、街の案内をお願いしたいの。……そうなの。わたくしは生徒会の仕事で手が離せなくて。……ええ、よろしくお願いしますわね、池田君」




