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2-1 女の子体験

 ドアをくぐった千秋の目に飛びこんできたのは淡いピンク色で統一された部屋だった。空気自体に甘い匂いがついているようにすら感じられる。隠し部屋は少女漫画の主人公ばりの「女の子の部屋」だった。すでに女の子の雰囲気に呑まれかけていた千秋は自らの心に鞭打った。流されてちゃダメだ、大丈夫。僕は何があっても男のままなのだから——


「さ、これに着替えてちょうだい。わたくしの予備ですけれど、サイズも同じくらいですし大丈夫でしょう」


 手渡されたセーラー服は東雲の着ている女子の制服と同じものだった。


「え、ここでですか?」


「恥ずかしがっているところもかわいいわね……でも今は女の子同士なのだから気にする必要はないでしょう。わたくしが着替えさせてあげますわ」


「わわ、ちょっと——!」


 その後十数分の間に千秋は着替えさせられ軽いメイクまで施された。化粧台の鏡に映る姿はどこからどうみても顔を赤らめた一人の女子高生だった。鏡の中の少女は恋に浮かれた表情をしていた。千秋にとって自身の変身した姿が予想以上に心を打つものであったことに加え、それが自分自身であるというあり得ない事態のために彼の思考は混乱しきっていた。 正常な思考能力を失いかけている千秋の脳内に東雲の甘い言葉がするりと差しこまれる。


「やっぱり似合うわ。男に戻るなんてもったいないと思わない?女の子になれば毎日こうして綺麗な姿でいられるのよ」


「ま、毎日……」


「そうよ。女の子って楽しいでしょう?かわいい服を着て、おめかしして、みんなの人気者になるの。男なんていう汚らわしい生き物でいるよりよほど幸せだと思わない?」


「ぼ、僕は……」


「どうかしら。やっぱりあなたも女の子がいいでしょう?」


 千秋の揺れる心を感じとった東雲はここぞとばかりに畳みかけた。


「きょ、今日は失礼しますー!」


 プレッシャーに耐えかねた千秋はクレンジングシートでゴシゴシと顔を擦ってメイクを落とした。


「今日のところは勘弁してあげる。でも必ずあなたを女の子にしてみせますわ」


 生徒会室から逃げ出す彼の背中に東雲は恐ろしげな宣告をするのだった。




 誰もいない男子トイレでこっそりと男の姿に戻った千秋は帰る途中で綾香と出会った。空手部に所属する彼女は柔道場の外に座りこみ、道着姿で水筒の水を飲んでいた。


「ぷはー!稽古後のポカリはしみますなぁ」


「おっさんか?」


「おっさんって、そりゃひどい……ありゃ?チアキ君、口に何かついてる」


 止める間もなく綾香は千秋の口元をぬぐった。綾香の指先についたそれは口紅だった。慌てていたので拭き取り損ねたのだろう。


「そ、それは……」


「これ口紅だよね。ちー君、そういう関係の娘がいるんだあ」


 綾香の淡々とした口調の中に凄みを感じ、千秋は「ちー君」を訂正させることも忘れていた。


「それは生徒会長が……」


「東雲さん?いくらちー君が魅力的だとはいえ、男嫌いのあの人がよく付き合う気になったね」


「ご、ごめん。」


「謝ることはないよ。ただあの日の約束《・・》のこと、覚えてくれているのかなと思って」


「約束……?」


 その言葉は千秋の記憶に引っかかった。公園、ブランコ、隣で一緒に遊んでいた綾香などなど、断片的に思い出すことはできても肝心の約束というものを掘り起こすことはできなかった。


「あ、わたし行かなきゃ。さっき言ったことはもう忘れて。私はちー君が幸せでいてくれればそれでいいの」


「ごめん」


 千秋は道場へ消えていく寂しげな背中をしばし見つめていた。



「セイッ!」「セイッ!」


 千秋が家路についた一方、稽古に戻った綾香は正拳突きをこなしながら頭の片隅で千秋のことを考えていた。


——ちー君の様子がおかしくなったの、やっぱりあの泉で女の子に変わってからだよね……それに東雲会長のあの呼び出し放送。頬についていた口紅……何があったのか調べなきゃ。

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