出た!宇宙人!
青森駅に着き、そこで特急に乗り込み八戸駅へ。そこからタクシーを走らせること数十分。戸田さんが指定していた場所が遠くに見えてきた。実に閑散としていて、この町なりの商店街に導く数個の店の案内看板が立っているだけ。それに並ぶようにして自販機がぽつんと立っている。
「あれだ。」
俺と茜さんはタクシーを下り、東北の夏に舞いこんだ。瑞々しい稲穂がゆらゆらと風に揺れ夏の歌を歌っている。耳にではなく心に聞こえてくる豊潤な歌だ。
周りにはほとんど人がいない。とても静かで穏やかな時間が流れている。時折農作業にきたおじいちゃん、おばあちゃんがあぜ道に立っている俺たちの顔を見て声を掛けてくる以外に音はしない。するとまたおばあちゃんが親しげに声を掛けてきた。
「あんだそったらどこでなしてらっけ。ぬぐぐないか。」
「脱がなくても大丈夫です。こんにちは。」
青森の方言はよく分からないが暑いから服を脱いだら?と聞かれたと思ったのでこう答えた。東北の人は親切だなぁ。
おばあちゃんは首を傾げて去って行った。
狭いあぜ道の上、がたがたと揺れながらトラクターがやってきた。あたりに漂う土の匂いが強くなる。トラクターはあぜ道を器用に走って行った。
俺たちは例の自販機の前に立っている。
「無事だったか。」
俺は妙に安心した。しかしこれが日本に残る唯一の音声機能付自動販売機だということがにわかに信じられない。
「茜さん、宇宙人現れると思います?」
「さぁどうかしら。そんな都合よく事は運ばないと思うけどね。」
「ですよね。そんな漫画みたいなこと簡単に起こりませんよね。」
といいつつ日本中の自販機が盗まれるなんて漫画みたいなことが現実に起こっているわけだけど。
「とにかく宇宙人が来てくれることを信じて待ちましょう。どこかに隠れるところないかしら。」
茜さんはそう言って辺りを見回した。俺もつられて見回す。自販機から少し離れた所にちよっとした土手があるのを見つけた。
「あそこはどうですかね。」
「あ、いいわね。あそこにしましょう。」
俺と茜さんは土手に身を滑らせ身を隠した。夏草がひんやりと体を冷やす。
簡単に宇宙人が現れてくれるとは思わない。これは長期戦になりそうだ。いやそもそも現れない確率の方が高い気がしてくる。いくら俺たちが一般庶民で宇宙人に警戒されないからといって人間がいたら普通現れないだろう。内心そう思っていたが戸田さんには言わなかった。それに報酬に目がくらんでいる伯父さんの顔を見ると言いだせなかった。とりあえず一日中自販機を見張っていましたが宇宙人は現れませんでしたと報告すればいいだろう。空ぶりに終わろうがなんだろうが報酬は遠慮なく頂いておこう。危険手当だ。
土手で腹這いになって待つこと一時間。黄昏時を迎え、辺りの景色は橙色の提灯を灯したような色合いに変わった。金色に染まった稲穂は夕日を眺めている。烏がカァカァ鳴きながら茜色に染まった空を往く。烏は自宅へご帰還。でも俺たちは家に帰れない。
「もうすぐ陽がおちますよ。」
「そうね。徹夜も覚悟した方が良さそうね。」
茜さんは案外徹夜に慣れてるのか俺に軽く覚悟を促すが俺は徹夜は御免だ。夏だから凍えることはないけど何が悲しくて宇宙人待ちの徹夜をしなければならないのだ。
先を急ぐ夕陽が地平線の下に潜ろうとしたその時だ。
「来たわ。」
いきなり茜さんが言った。声が強張っている。茜さんが緊張していることは容易く読み取れた。茜さんが緊張するのは珍しいことだ。緊張はすぐさま伝染して俺の体も小刻みに震えだした。こえーよ、やっぱり。なんでよりによって宇宙人なんだよ。妖怪の方がまだ意思の疎通がとれそうじゃないか。
しかしこのまま恐れおののいて隠れたままでは伯父に叱られる。戸田さんたちは遠くから双眼鏡で俺たちの様子を窺っているし。もし、俺がびびって何もしないでいたことを伯父にチクられたら伯父は俺に軽蔑の眼差しを向けるに違いない。そしてそこから説教されること二時間という流れだろう。それならまだ宇宙人の顔を拝みに行った方がマシというもの。それにいざとなったら戸田さんたちが助けに来てくれるはず。
俺は覚悟を決めて腕に力を込めた。匍匐前進して土手を昇る。それにつられるように茜さんも匍匐前進。土手のてっぺんに辿り着きそこからほんの少しだけ顔を出して自販機の方を見た。
いる。
誰かいる。
自販機の前で微動だにせず立っている。
人間だ。人間の姿をしている。背が高く細い体躯の茶髪の男。男のくせに肌は透けるように白い。
(なんだ、ジュースを買いに来ただけか)
そう思った。しかしすぐにそれを自ら否定した。俺にも分かったのだ。その者が人ならず存在だと。
この人間が漂わす雰囲気が変だ。攻撃的なとかおどろどろしいとかそんなんじゃなくてただひたすら存在感が薄い。今にも消えてしまいそうな儚げな存在感。どんなに年季の入った影薄人間でもここまでの儚さを身に着けることは出来ない。体重も感じさせない。ひょっとして息をしていないんじゃないかと疑いたくなるような色素の薄さ。人間ではない。直感的にそう思った。
俺は震える手で懐からそっと無線機を取り出し、戸田さんに連絡しようとしたまさにその時。
「アン。君はアンなのか?答えてくれ。」
人間、いや、宇宙人が喋った。俺は自分の耳を疑い隣の茜さんを見た。茜さんも頷いた。茜さんも今の言葉を聞いたらしい。なんで宇宙人が日本語喋っているんだ。もしかして普通の人間か?宇宙人っぽい人間って少なからずいるしな、きっとそうだろう。
疑問に思う俺たちの目の前でそいつはおもむろに自販機に小銭を入れた。ボタンを押し、ガタン。ジュースが落ちる音がした。
なんだ、やっぱり人間か。俺はがっくりきてうな垂れた。
「ありがとうございます。今日もお仕事ご苦労様でした。またお待ちしています。」
聞き覚えのある声。自販機の音声が再生された。しかし次の瞬間。
「アーーーン!!」
いきなりそいつが自販機に向かって大声を張り上げた。
俺はかなり驚いた。なんだ?なにがあったんだ。心臓に悪いわ。勘弁してくれ。
得体の知れない行動にびびりながらもそいつを凝視していると、そいつは鉄を貫くんじゃないかと思うほどの熱い視線を自販機に注ぎ始めた。例えようのない異様な雰囲気が陽炎のように男の周り漂う。
俺、今、ヤバいもの見てない?しかし超能力者の仕業とは考えもしなかったな。
オーソドックスに人間による自販機泥棒だったとはね。茜さんはというとただ黙って奴を見ている。
それにしても自販機泥棒捕まえた方がいいのかな。このまま見て見ぬふりしていいものか。でもこれって警察の仕事だよね。相手は宇宙人じゃないんだもの。俺は忘れていた無線機の存在を思い出し戸田さんに連絡をとろうとスイッチを入れた。
すると茜さんがふと俺の手を止めた。俺は不思議に思い茜さんを見る。茜さんがこれ以上ないほど緊張しているのが見えた。嫌な予感がする。
おそるおそる自販機の方を見た。自販機はあるが誰もいない。なんだ、逃げたのか。
そう思ったのもつかの間だった。突如背中に悪寒が走った。もの凄い殺気を感じる。
「そこで何をしている。」
聞いたことないような低い声が俺の頭に響いた。戦慄が体中を駆け巡る。恐怖で体が固まり上手く動けないがなんとか首だけを動かして声がしたほうを見る。
そいつだった。獰猛な禽獣のような目で俺を射抜いてくる。震える俺の手から無線機が零れ落ちた。俺、ここで殺されるのか・・・?例えようのない恐怖と不安に蹂躙される俺の耳の元で突如茜さんの声がさく裂した。
「この小銭泥棒!!観念なさい!!」
あ・・・茜さん?なに言っちゃってるの?なんでわざわざ犯人を怒らせること言うかな?
慌てた俺はあなたに抵抗などしない力のない小動物ですよ、だから見逃して?というアピールを試みることにした。
とりあえず唇の両端をほんの少しあげてスマイルだ。そして降参の合図で両手を上に掲げた。なのに、なのか、それとも、だからなのか。
「誰が小銭泥棒だ!!失礼な地球人だな!」
小銭泥棒は想像もしていなかったことを言った。しかもその口調は脅しの口調ではない。漫才の突っ込みような口調。えっ?なにこの人・・・。
「小銭泥棒なんてそんなせこいまね僕がするわけないだろうが。さもしい地球人じゃあるまいし。」
しかもその後もぶつぶつ文句を言っている。さもしい地球人とかなんとか。ということはこいつは宇宙人か!
呆気にとられる俺。茜さんも同様に口をあんぐり開けている。なんというか一瞬にして気が抜けた。
「あなた、宇宙人ですよね?」
なんの前触れもなくいきなり茜さんが核心をついた。茜さん、怖いもの知らずにも程がある。しかし宇宙人らしきものはそれには答えない。
「そんなことよりなぜお前たちはそんなところに寝そべっているのだ。僕が気が付かないと思ったのか。地球人というやつは実に考えが浅いな。」
などと言ってきやがった。
「なっ・・・。これは戸田さんが俺たちだったら気が付かれない可能性があるというからっ!!」
なんかむかついたので反論した。ついでに恐怖は消え失せ俺はいつの間にか立ち上がっていた。茜さんもやれやれというふうに立ち上がる。
「なぜあなた日本語が喋れるんです。あなた人間でもなければ日本人でもないでしょ?」
茜さんはそのことがやけに気になるらしい。自販機を消せるんだから地球語はおろか、日本語ぐらい話せるんじゃないのかと俺は思うけどね、根拠はないけど。
「なぜお前は僕のことを宇宙人だと決めつけている?」
「だってあなた、さっきから私たちのことを地球人地球人と言ってるし。」
「しまった!!」
・・・宇宙人が一人ボケツッコミしている。これって現実?俺の中の宇宙人像が崩れていく。
「それがなくても私はあなたが宇宙人だということに気が付いていました。私にはそういうものを感知する能力があるのです。」
「そうか。なら隠す必要もないな。そうだ。僕は地球の者ではない。」
へーそうですか。でもこの宇宙人なら話しかけても大丈夫そうだ。
「人間の姿をしているんですね。意外でした。てっきりタコみ・・・。」
「タコ言うな!!」
「へっ?」