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朝舞探偵事務所 ~自販機がない~  作者: 空と青とリボン
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朝舞探偵事務所

北関東のとある地方都市、県庁を南に下ったところに商店街がある。その名も八の木商店街。不況の昨今、シャッター通りと揶揄される商店街も少なくない中、八の木商店街はシャッター通りという名のものには縁遠くなかなかの賑わいをみせていた。

魚屋の店主の威勢のいい掛け声が道ゆく人を呼び止める。

「よってらっしゃい、みてらっしゃい。安いよー新鮮だよー。」

店主の掛け声にひきつけられた客がどれどれと店先に並べばそれを見ていた隣の肉屋の店員が負けじともっと大きな声で客引きに入る。

「今日は肉が安いよー。肉を食べてスタミナつけて熱い夏を乗り切ろう!」

気移りした客人は肉に目を移す。肉屋に客を取られたくない魚屋の主人は肉屋の店員と視線を合わせバチバチ火花を散らしている。このバトルも商店街の活気の象徴として名物になっているのだ。

そんな八の木商店街の一角にデカい看板を立てかけている探偵事務所があった。

『朝舞探偵事務所』

看板にはそう書かれている。派手な色合いで名前を大きく主張した看板にはこうも書かれている。

「浮気調査、身辺調査、犬猫迷子、迷宮入り事件、怪奇霊現象、妖怪絡み、どんなご用件でも承ります。」

自己主張の激しい看板に様々なことが書けるだけ書いてある。しかもなんでもありな雑食さはある種の異様さを醸し出していてなんともサイケデリックな感じの看板である。

この朝舞探偵事務所、看板通りどんな依頼も臆することなく受ける。臆することなくなんていうと一見威勢がいいが要は欲張りなだけである。

しかし欲張るだけのことはある。なぜなら欲張った分、きっちりと解決してきたからだ。迷宮入り事件、怪奇霊現象さえも解決出来る手腕がこの朝舞探偵事務所にはある。おかげで日本各地から複雑怪奇のとんでも依頼が殺到するのであった。そしてそれは妖怪や霊の類のものがほとんどを占めている。

そのことを知っている商店街の皆は朝舞探偵事務所を陰でこう呼んでいる。

「妖怪事務所」

簡潔すぎる。しかも朝舞探偵事務所に勤めている探偵たちは妖怪ではなく普通の人間なのだから彼らにしてみればちょっと失礼な話かもしれない。が、探偵たちは別段それを気に留める様子はない。

なぜならもしかして本当に妖怪かもしれないから。

いや、それは冗談で本当に普通の人間なのだが、ただ普通の人間よりちょっと、いやだいぶ、いやかなり強い特殊能力を持った探偵が二人ほど所属している。

その他にもう二人。一人は朝舞探偵事務所の所長ともう一人は霊感何それ?おいしいの?という凡人もいいところのアルバイト。この四人の探偵から成り立っているのが朝舞探偵事務所なのだ。


 「ただいま帰りました。」

俺、朝舞太郎は疲れ果てた声と共にやれやれと朝舞探偵事務所のドアを開けた。ドアを開けとたん中から涼しい空気が漂ってくる。

いつも思うんだけど伯父さんはクーラー効かせすぎなんだよな。少しは節電に協力しようという気はないのかよ。俺なんかこの糞熱い中駆け回っていたのにさ。

炎天下で汗水垂らしながら捜索にあたっていた俺の愚痴を知ってか知らずか伯父は呑気な声で俺を迎える。

「おぉ、おかえり。で?ポーラちゃんは見つかったか?」

「見つかりませんでした。そんな簡単に見つかるがわけないですよ。」

「そんなことでは一人前の探偵にはなれないぞ。まずはポーラちゃんの気持ちになってみてだな、ポーラちゃんが行きそうなところを想像するんだ。」

「でもポーラちゃんって猫ですよ。猫の気持ちになれというんですか?」

「そうだ。猫の気持ちになるんだ。やって出来ない事はないのにゃ。この私のようににゃあー。」

いや、あんた、ただ語尾をにゃあにゃあにしてるだけだし、なにより56歳の枯れた男がにゃあにゃあ言っているのは気持ち悪い。俺は呆れ気味に伯父である朝舞俊次を見てぼやく。しかもたちが悪いことに伯父はこの事務所の所長を務めているのだ。

「だったら伯父さんがポーラを探してくればいいのに。その方が早く見つかりそうだしさ。」

ポーラとはメス猫六歳。どこかに行ってしまったポーラを探してくれと中流家庭の奥さんから依頼を受け、俺はこうして探し回っている。町中探し回りそれでは足りないと足をのばして隣の隣の町まで行ってみたがポーラは見つからない。

「ばか者!これは親心だ。あえて私が手伝わないことでお前はすくすくと成長し一人前の探偵になれるのだ!」

「いや、俺は一人前の探偵になんてなるつもりないですし。」

「ならなぜここにいる?」

「他に就職口がなかったから。」

俺はきっぱり答えた。

そうだ。ここしか来るところがなかったのだ。


大学在学中はどうにか卒業後の就職先を確保しようと面接にあけくれた。しかしこの就職難の中、俺も例にもれず面接に落ちまくりこのままでは就職浪人になるのではないかとかなり焦っていた。

そんな時に探偵事務所を営む伯父、つまり朝舞俊次が俺に声を掛けてきた。

「だったら私の仕事を手伝わないか?」と。

俺は正直迷った。探偵なんて怪しすぎるしどうやってやればいいのか皆目見当もつかない。

浮気調査で浮気男、あるいは浮気女のあとをつけて調査するのならまだいい。身辺調査ならとにかく歩きまわって根ほり葉ほり聞きまくればいいというのも分かる。

だが朝舞探偵事務所にはそれだけではないもう一つの顔がある。むしろそちらの顔こそ本職。

怪奇現象も霊関係も承りますという、なにやら得体が知れない看板を掲げている。

俺には超能力霊感一切ない。生まれてこのかた幽霊なんて見たことがないしスプーン一本曲げられない。こんな俺がどう怪奇事件を解決するというのだ。見えてないのに見えているふりをするのは気が引ける。

だけど迷う俺に伯父はにっこりとほほ笑みかけ

「心配するな。お前が人一倍鈍感で頼みの第六感もお母さんの腹の中に落としてきてしまったかわいそうな子というのも分かっている。だからその方面での活躍はあてにしない。今、事務所は猫の手も借りたいぐらいに忙しくてな。雑用係が欲しいんだよ。」

失礼しちゃう話だ。そりゃあ、そう言われても仕方ないぐらいの並みの人間ではあるがこうもはっきり言うか?第一、霊なんて見えない人間の方が普通だろう?

大学卒業寸前の俺が似合わない頬を膨らませていると父親が呑気に言った。

「太郎やってみたらどうだ?何事も経験だぞ。」

いや、普通の親なら探偵なんて怪しい稼業を息子にやって欲しいと思わないだろう?すると母親は父親に負けず劣らずの呑気な声で

「そうよ、やってみなさい。伯父さんのところなら私も安心だし。」

この伯父さんの下で働くから余計に不安なんじゃないか。だって伯父さん、昔からお調子者で無駄に熱血漢で親戚一同から煙たがられている。しかし俺の父親だけはいつも伯父の味方で仲がいい。夫が信頼を寄せているものに気を許すのが妻、ということで母親も伯父のことを好いている。要は俺の両親も変わり者ということだ。

だけど俺としても就職浪人になることだけは避けたかった。ちゃんと給料もくれると言っているし雑用で金を貰えるのなら悪い話ではない。

俺は伯父さんの探偵事務所に入ることにした。就職先が探偵事務所だとは友人には言いにくいので伯父の会社を手伝うとだけ伝えた。嘘は言っていない。


こうして朝舞探偵事務所に就職してから一年。俺はたまに舞い込んでくる不倫調査と犬猫捜査にあたっている。不倫調査は、はっきり言って苦手だからあまりやりたくないのだが幸いなことに伯父も怨念めいた男女の恋愛がらみは苦手らしくそういう依頼は積極的には引き受けない。看板に偽りありだ、でも気乗りしないから仕方がない。

なのでここ一年で不倫調査は五回だけ。あとはポーラちゃんやケンタ(犬四歳)探しなどペット関係で忙しくしていた。ペット探しがひと段落ついたと思ったら茜さんや淳さんの助手に狩り出される毎日。

「就職口がないからここに来たというのもお前が探偵になるように運命づけられているからだ。いいか?探偵というものはだな、警察に疎まれ一般市民にはなかなか理解してもらえない不遇の職務ではあるが、必要としている人には欠かすことので・・・。」

いつものように伯父が探偵はこうあるべきというご高説を始めたので俺は

「はいはい。」

と軽く受け流して自分の机についた。それを見計らったように目の前によく冷えた麦茶が差し出される。

「あっ、ありがとうございます。」

俺はいそいそと麦茶をいただく。麦茶を差し出してくれたのは轟茜、27歳の姿形が麗しい女性だ。

小柄な体にいまどき珍しいくらいの艶やかな黒髪をボブにして和風な雰囲気を醸し出すこの轟茜。

轟茜でこの朝舞探偵事務所は成り立っていると言っても過言ではない。

轟茜。実は霊能力者だ。見えないものを見、聞こえないものを聞く人間。そういう特殊な能力を持った人間がいるということはこの事務所にくるまでは信じていなかったが轟茜と仕事をしてきて一年、この世には特別な人間がいるということを思い知らされた。人知を超えた不可解な事件を幾度も解決してきたこの轟茜のおかげで朝舞探偵事務所には仕事の依頼は絶えない。猫の手も借りたい忙しさになるのも頷ける。

ただこの茜さん、ちょっといじわるな性格ですぐに俺をからかうのだ。俺が見えない側の人間だからってそれをからかうネタにしている。

「あら・・・。」

突然茜さんが俺の後ろの方をみて呟いた。

「なに?」

俺は不思議に思い振り向いた。だがそこにはなにもない。いつもと同じ事務所の白壁があるだけ。それなのに茜さんはにこっと微笑み

「ようこそ。今日は暑いものね。あなたも涼しいところに来たかったのね。」

「ちょっと冗談はやめてよ!本気にしちゃうから!」

俺はむきになって茜さんにくってかかった。いつもこれなのだ。俺が霊の類が見えないのをいいことに茜さんは霊能者ギャグをかましてくる。

「ごめん、ごめん。太郎ちゃんはまだ身軽な方よ。世の中にはものすごい数の霊を背中に乗せている人がいるからね。外回りご苦労様。」

ねぇ、身軽な方ってなに?それって少なからず憑かれているということだよね?いやいや俺、真面目に普通に生きてきたんですけど?いきなりそんなこと言われても?

俺は恐る恐る自分の背中を見た。体が硬いから背中を見る事なんて出来ないしましてや霊なんてものは見えない。俺が見えないものの存在に怯えていると

「茜ちゃん、太郎をからかうのはよしてくれよ。太郎は顔は鈍感そのものだけどその上ビビりなんだから。」

伯父が助け舟を出してくれた。でもビビりは余計だし鈍感な顔というのも失礼な話だ。

「ごめんなさい。太郎ちゃん見ているとついついからかいたくなるの。」

茜さんはいたずらっぽくちらっと舌を出した。俺はよく冷えた麦茶を一気に飲んだ。おかげで汗も少しひいたような気がする。ひと息ついた時だ。茜さんが突然。



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