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朝舞探偵事務所 ~自販機がない~  作者: 空と青とリボン
2/15

自販機がない!

「はぁーのど乾いたぁ。何か飲もうぜ。」

「おう。」

真夏の午前。太陽の熱でアスファルトはじりじり炙られそのせいで気温はぐんぐん上昇していた。蜃気楼が部活帰りの高校生の後ろに昇り立つ。夏休みも関係なく学校のグランドでサッカーボールを追いかける毎日だが今日は珍しく午前中に練習を終えた。乾いた喉を潤そうと男子高校生たちがしたたり落ちる汗を拭いながら帰り道いつも立ち寄る自動販売機に向かう。

角を曲がった時だ。

「あれ?」

「おい、おい。」

いつもあるところに自販機がない。ちなみに高校生の記憶違いではない。その証拠に、つい最近まで自販機があったであろう場所にひやけを逃れた跡が四角く残っていた。

「なんだよ。自販機ねーじゃん。」

「昨日まではちゃんとあったよな。」

「もしかして撤去されたのか。」

「そうだろうな、別にいいや。他の自販機探そうぜ。」

高校生たちは別段深く気に留めるでもなく次の自販機に向かった。



クーラーの室外機が生ぬるい空気を排出して夏をより一層暑く演出する。そんな風景ももはや風物になったビル街。街路樹の影が歩道に落ちて蟻がその中で憩っている。

炎天下、営業の途中のサラリーマンが二人忙しく歩きまわっていた。

「しかし今日も暑いなー。星野、ちょっと休憩するか。」

「だけど十五時までに会社に戻らないといけないのにそんな悠長なことしてられないだろう。」

「いやなにも喫茶店で一休みじゃなくて自販機で済まそうぜ。」

「あぁ、それならいいか。」

星野は同僚の提案に賛成し目に入った自販機に向かった。

「いやちょっと待ってくれ。違う自販機にしようぜ。」

休憩を提案した山田が慌てて星野を呼びとめた。星野は不思議に思い振り向く。

「なんでだよ。」

「この先のタバコ屋の所にある自販機がいいよ。」

そう言って山田が八十m先ぐらいを指差した。星野がどれと見やるが

「タバコ屋って結構先じゃないかよ。ここでいいじゃん。」

星野は面倒くさそうに目の前にある自販機に小銭を入れようとした。すると山田が慌てて止めた。

「待てって!」

「だからなんでだよ。」

「この自販機は喋らないだろう。」

「あ?」

山田は今なにを言ったんだろうかと星野が顔中にハテナマークを並べた。それに構うことなく山田は平然と

「この自販機は喋らないじゃん。でもあの自販機は喋るんだよな。どうせ買うならそこで買おうぜ。」

「喋るってなんだ?」

星野が怪訝そうに山田を見た。山田は得意満面でスラスラと説明しだす。

「ほら、朝買うと『おはようございます。今日もお仕事いってらっしゃい』って自販機が言ってくれるだろう。昼間買うとなんて言ってくれるか知っているか?『こんにちは。午後からも頑張ってください。』って言ってくれるんだぞ。もうあの子の声を聞くとやる気が出て疲れが吹っ飛ぶんだよ。」

山田はうっとりして自分の世界にトリップしてしまった。星野はまさかとは思いつつ尋ねる。

「あの子って・・・。お前、あれは機械が喋っているだけだぞ。しかも営業トークだ。」

「そんなの分かっているよ。でも世知辛いこの世の中であの子の声は癒しなんだ。」

なおもうっとりとして山田が言うから星野は顔をひきつらせた。

「山田、お前、彼女作った方がいいぞ。彼女いない歴何年だ。」

「二十二年」

「・・・お前今年で何歳?」

「二十二歳だけど何か?」

某巨大掲示板では三十歳過ぎても童貞だと魔法使いになれるという言い伝えがあるそうだが山田にもその素質があるのかもしれない、星野は労いの目で山田の肩をポンと叩いた。

突然のことに山田が不思議そうに星野を見た。

「なんだよ星野。なんでそんな目で俺を見る。不気味なくらいに優しい目で俺を見るなよ。」

「お前も大変なんだなと思ってな。お前のお勧めの自販機にしよう。」

山田はそれを聞いてとたんに嬉しそうな顔をした。星野はやれやれとため息をついた。

山田が先のたばこ屋まで意気揚々と率先して歩く。星野は吹き出る汗をハンカチで拭いながら仕方なくそれに続いた。そしてたばこ屋に辿り着いた。

「ぐわぁあああ。」

突然山田が悲鳴とも奇声ともつかない奇妙なうめき声をあげた。

「どうした!?」

星野がびっくりして山田に並ぶ。山田は今にも卒倒しそうな青ざめた顔で立ちすくんでいた。唇があわあわと震えている。

「お・・・俺の良子が・・・!」

「良子って誰だよ!」

「良子は俺の自販機だよ。良子がいないっ!!」

山田はとうとう自販機に女の名前をつける所まできてしまったのか。いやそれよりも別にお前の自販機ではないだろうといろいろつっこみたいことはあるけど山田の蒼白の顔を見たら突っ込むのも気の毒になってしまった。よく見ると山田が言っている良子、もとい自販機が跡形もないようだ。

「自販機泥棒にでもあったのか。」

星野が冗談ぽくぼそっとつぶやいた。だがそれを山田は聞き逃さなかった。

「そんなことあってたまるか!!俺の良子を攫って行くなんて許せん!!」

怒りに震える山田に星野は若干顔を引きつらせながら宥めた。

「いやそもそも良子じゃないし。というかよく見ると泥棒にあったというわけでもなさそうだぞ。」

山田は、冷静な星野の声に促されまじまじと自販機があった場所を見る。掃除された後なのか綺麗さっぱり何もない。

「無理矢理破壊されて持っていかれたならこんな綺麗なはずがないだろう?第一、普通は金だけ持っていかれて自販機はボロボロというのがおちだ。だからこれはきっと業者に撤去されたんだろう。」

星野は山田のショックを和らげようと説明するがそんなの焼け石に水。すでに山田は涙目で。

「良子はお役御免ということか。俺の良子をクビにするなんて・・・。」

「いやだから良子でないし・・・というか聞いてないなお前。」

星野は呆れ顔。なぜなら山田は自販機の会社に苦情の電話を入れようとしているからだ。

「お前どこに電話しようとしているんだよ。」

「コイドードリンコ。」

「まさか自販機のメーカー会社にクレームつける気かよ。なにもそこまでしなくても。」

山田がどんどん俺の知らない山田になっていく。星野はため息をつかずにいられなかった。



一方、コイドードリンコの社内は電話のベルが鳴りやまなかった。一秒たりともベルの音が鳴りやむことはない。嵐のような電話のベル音の攻撃で気がおかしくなりそうなレベルだ。社員たちは右往左往している。

「はい。そのことなんですが当社も寝耳に水でして。警察に連絡して対処させていますので。」

「申し訳ありません。当社は何の報告もなしに撤去など致しませんしその予定もありませんでした。この件は警察の手に委ねますのでご容赦ください。」

冷や汗、脂汗で社員たちは電話の向こうの相手に謝罪したり説明したりでてんやわんやだ。

社員たち、いや上司たちにも今の状況がどうなっているのか全く掴めなかった。

上司や役員たちは真っ青な顔で会議室に集まる。

「まさかこんな一度にたくさんの自販機がなくなるなんて。窃盗団の仕業だ!!警察には連絡したのか!?」

焦りと怒りにまかせて社長が机を叩く。それに部長が答える。

「はい、もちろんです。じきに警察がきます。現地にも警察は向かっているそうです。ただ・・・。」

「ただなんだ?」

「被害を受けた自販機があまりにも多すぎて警察も当惑しているようです。」

「なんだと・・・!?」

役員一同顔を見合わせた。


テレビ局の報道部は蜂の巣をひっくり返したかのような慌てぶりだった。日本中の自販機が突如消えてなくなるという前代未聞の大事件に驚愕している。いや、驚愕なんてもの以上の驚きと戸惑いだ。

「局長!大変です!!鹿児島の自販機も盗まれたそうです!これで北海道から沖縄まですべてやられました!!とんでもない数の自販機が行方不明になっています!!」

「あぁ、さっき小野崎から聞いた。それでどうなんだ。窃盗犯にやられたのか。」

「それがそういうわけでもなさそうで・・・。」

部下が心細げに答えた。局長は訝しげに聞き返す。

「どういうことだ。」

「これほどまでにたくさん、しかも全国に渡って一度に自販機がなくなるのは到底人間の業だと思えません。」

「人間がやってないというなら誰がやったというのだ。」

「分かりません。しかしたった一日でこれだけの自販機を盗むことは人間には不可能です。しかも消えた自販機にはある共通点があるとのことです。」

「共通点?それはなんだ。」

「音声機能がついた自販機だけが狙われたようです。」

「音声機能がついた自販機?」

「はい。音声機能がついてない自動販売機は無事です。」

「なぜそれだけが・・・。一体犯人の狙いはなんなのだ。」

局長は苦渋の表情を浮かべた。得体の知れない犯人の影が局長の背中に悪寒を走らせる。

「とにかく今すぐ現場に取材班を向かわせろ!他局に後れをとるな!!」

「はいっ!!」


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