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魔王と勇者の交換人生〜転生したら現魔王がパーティーに乱入してきたんですが!?〜

作者: 紗希








魔法と剣が、激しくぶつかり合う。

ここは女魔王プリュシラが統治する、魔王城カーネスト。禍々しい角を二本冠する彼女は、炎のように赤々しく輝く長髪の持ち主で、服装や角さえ違えば誰もが振り返るほどの美女であった。


黒地に星が散りばめられたの如く煌くコートは彼女の魔王たる証。およそ背丈以上の長さのそれを、プリュシラは重さも感じさせない程身に纏いながらスッと立ち上がった。


「––––来てしまったのね」


コツリ、とヒールを鳴らし一歩前へ。その視線の先には彼女が焦がれつつも今一番逢いたくない人間が武器を携えていた。


「魔王プリュシラ……ようやくここまで辿り着いた」

「……勇者、イヴァ……貴方がここへ辿り着いたという事は、レクサスやセタもやられたのね…」

「………俺の仲間も大勢やられた」

「……そう」


勇者イヴァ。魔王プリュシラの宿敵にして––––彼女が魔族でありながら恋焦がれた相手。

決して結ばれない恋であるのは分かっている。だから、最期まで己の責務を全うする覚悟で彼女は魔王を担ってきた。それもこれも、全ては魔族の為。産まれた時から次期魔王として育てられ、人間の世界こそ魔王が統治すべきと教え込まれてきた。


「………どちらかが消えない限り、この戦争は終わらない」

「…ええ」












その思想に疑問を抱いたのは、プリュシラがまだ幼い時。お忍びで下界(この世界で言う人間界の事)に降りた際、己より少し背の高い男子と出逢う。幼少期の勇者、イヴァであった。

プリュシラは、己の外見を変える変化の魔法も使えぬ程に幼かった。つまり、魔族の証たる角もそのままに、イヴァと鉢合わせしたのだ。


幼くとて、プリュシラも気付かない筈がなかった。勇者の力は、聖なる力と同等に魔族にとっては毒に近い。イヴァの纏うオーラは確実に勇者のそれだった。

本能的に、プリュシラは死を覚悟した。身を護る術がない彼女、幼いイヴァでも簡単に倒せる。


「……恐らく、降伏した程度では、戦争の憎しみも消えないだろう」

「………そうね」

「………俺の勇者の力も残り僅かだ。この最期の力を持って、お前を倒さなければならない」

「………最期の…」


彼女は覚悟した。覚悟してしまった。

散々次期魔王たる説法を説かれたにも関わらず、抗えない聖なる存在に(おのの)いてしまった。


「………私も、実はこの魔王城を維持するのに随分と魔力を消費しているの。……もしかしたら、貴方の最期の力よりも少ないかもしれないわ」

「………それは、どういう…?」


完全に降伏の思考に陥った彼女へ、イヴァは声変わりもしていない優しい言葉を投げかける。


「………勇者イヴァ。私を倒して、本当の意味で人間界の英雄と成りなさい。…それが、私の最期の望みよ」

「––––………」


“可愛いお嬢さん、顔をあげて。”


「魔族はそう簡単に滅べやしないわ。なら、この世界を統治するべきは勇者たる貴方」


イヴァは気付いていた筈だ。角を持つ魔族。それが魔王の一族で、いずれは戦うべき相手。


「貴方がこの世界を平和な世とするならば、私はその世界を地獄から見てみたい」


綺麗な心を持つ幼い勇者。魔族の世界しか知らなかった純粋な眼に、彼の姿はとても魅力的な存在に見えた。


❇︎❇︎❇︎


「––––それが、どうしてこうなるのかしら」

「勇者様、いかがなさいました?」


ふと思い出にふけって独り言が口から出てしまった。いけない、ここは店先なのに。


「いえ、なんでもありません。こちらの果物を頂けますか?」

「ありがとうございます、ああ、お代は結構。勇者様がお立ち寄りしてくださったというだけでわたくしどもは有難いのですから」

「………。」


当たり前のように代金の受け取り拒否をされる。魔王プリュシラ––––現在は勇者プリシラ––––は、相変わらずこのやり取りが苦手であった。


人間として転生した彼女、前世女魔王はこの人間界のルールとやらに割と振り回されていた。それもこれも、前世の勇者のせいである。











遡る事ウン千年前、魔王城にてプリュシラがまさかの降伏宣言(という名の討伐希望)を出した際、対する勇者が提案してきたのだ。

曰く、共に転生しないかと。

互いに戦争に疲れ、残る力もあと僅かという状況下、プリュシラにその気があるのなら、討伐され地獄に堕ちるのではなく転生して新たな生を歩まないかと。


「良い機会だから、お前は人間として生きてみろ。代わりに、俺が魔族の世界に転生する」

「…は?貴方が、魔族に?」

「おかしいか?」

「おかしいも何も、貴方勇者でしょう。勇者が魔族に転生って…」

「一度お互いの世界を交換する。そうすればそれぞれ見方も違うものになるだろう。そういった意味でもこの転生は必ず有意義なものになる筈だ」

「………有意義って…」

「…嫌か?」


突然に悲しげな表情を見せるイヴァ。プリュシラは言葉に詰まる。惚れた弱みである。


「……いいわ。立場を交換という事ね。…精々、次期魔王として職務を全うなさい」

「…言うじゃないか。そっちこそ、勇者としての責務に押し潰されるなよ」


…内心、プリュシラは嬉しかった。もしかすると、転生した先で魔族になったイヴァと再会出来るかもしれないと。

ただし、その時は魔族同士ではなく己は人間なのだが。


そして恐らくは、転生したとしてこの恋は実る事はないのだと、己に言い聞かせた。













「私の覚悟を返してほしいものだわ」

「ほお。俺の渾身の提案がお気に召さなかったのか」

「誰も、魔王が勇者と友好な関係になるなんて思わないでしょう!?」


ひょっこりと当然のようにプリシラの背後から顔を覗かせる美丈夫。元勇者にして現魔王のイヴァ、改めシヴァ。その頭頂部にはしっかりと魔王の証である禍々しい角が、二本、生えていた。まごう事なき魔王である。


「転生は成功しただろう。勇者人生はどうだ、プリュシラ」

「今はプリシラよ、魔王シヴァ。……さっき、果物を買おうとして銀貨を出したら断られたわ」

「案の定、お代は要らないと言われたんだろう」

「この世界の人間はなんなの?勇者と見るや、お代は要らないだの無礼だの、挙げ句向こうから食べ物を差し出してくる始末よ」

「俺が勇者の頃からそうだった」

「…貴方が、そう擦り込んだの?」

「失礼だな。さすがに俺も、ただで貰おうとは思わんかったさ。向こうは生活がかかってるんだ、毎回そんな事をしていたら商売上がったりだろう」

「…どうやったら金銭を受け取ってもらえるのかしら」

「その都度払おうとするから拒絶される。数回に一度、纏めて渡すんだ。すると向こうも勇者に貢いでいる錯覚を起こす」

「なるほど?」

「ようは相手の満足度を満たした上で目的を果たせばいい。…お前、元魔王だった割に真面目だな……元からか?」

「……勇者として転生してからよ」

「なるほど?」


クスクスと静かに笑う魔王。姿形こそ前世の勇者そのものだが、今はれっきとした魔王である。…角も一般人からは見えない様魔法で隠しているようだった。勇者たるプリシラには無効であるが。


服装も、プリシラが魔王だった頃は常に羽織っていた長いコート、あれはお忍び中のシヴァは城に置いてきているらしい。邪魔なんだとか。

代わりに黒をベースとした品の良い冒険者服を身に纏っている。冒険者服が魔王に着れるのかと問われると、勇者の力が付属されていないから触れるのだとか。そういう問題なのか。


容姿も、勇者の頃は輝く程の金髪だったのが魔族の特徴として赤みを帯びた黒髪に染まっている。加えて冒険者服の着こなしたるや、とても上品でとても高級で、格式の高いシルエットはシヴァに非常に良く馴染み、彼を魔王と知らぬ者は人目見て心を奪われた。

余談だが、プリシラの髪色も人間に転生して変わっていた。魔王だった頃は毛先に行くほど赤々しかった漆黒の髪も、今や勇者の特徴である金髪になっている。己の髪が黒くない事実に、当初は全くと言っていい程に慣れなかった。


「さて、今日はどこの地で魔物討伐するんだ?」

「さらっと討伐に参加しようとしないで。というか、貴方魔王のくせに魔物討伐なんかしていいの?」

「遠慮するな。“魔族はそう簡単に滅べやしない”、そう言ったのはお前だ。一日すれば数も元に戻る」

「そういう意味じゃないのよ」

「勇者は魔物を討伐しないと生活が苦しいんだ。なら、俺はその手伝いをするだけだ」

「貴方は勇者でも冒険者でもなく、魔王なの。魔王は魔物討伐をしないのよ」

「最近職務怠慢している魔物が大量発生してると報告を受けていてな。折檻するついでだ」

「……魔族の現状は知りたくなかった」


さも当たり前に腰の剣を取り出す魔王。魔力は感じられない、ただの剣のようだが。


「…それ、どこで手に入れたの」

「失敗作らしい。武器屋の廃棄場で見付けた」

「…正規品ですらない武器で魔王直々に討伐される魔物の心情…」


元魔王としては居た堪れない状況である。

しかし、現勇者のプリシラには更に頭を悩ませる問題があった。


「ああそうそう、レグジスとセトが、お前に逢いたがっていた」

「二人には魔族としての職務を全うしなさいと伝えて」

「なので俺の仕事もあいつらに任せてきた」

「貴方鬼なの?」

「魔王だ」


ケラケラと笑うこの魔王、非常に楽しそうだ。


❇︎❇︎❇︎


レグジス、セト。この二名は元の名をレクサス、セタといい、いずれもプリュシラの配下であった魔族だ。


転生前、プリュシラは、イヴァに討伐された二人の今後を懸念していた。レクサスは幼少期から己の護衛をし側近を務めてくれた男の魔族で、セタは身の回りを世話してくれた姉的な存在だった。どちらも、女魔王のプリュシラを献身的に支えてくれた数少ない友であり家族なのだ。


その二人とは、転生後離れ離れになった。当然といえば当然である。プリシラは勇者で、レグジス、セトは魔族なのだから。


プリュシラ、もといプリシラの希望で、こっそり二人の様子は教えてもらってはいるが、会話の内容的にこっそりではなくもはや筒抜けである。

元気そうにしているから安心はしたが。


「…レグジスは兎も角、セトは寂しがっていた。今度、お前に髪飾りを贈ると言っていたぞ」

「本当?楽しみね」


シヴァは、セトには比較的優しいがレグジスにはこれでもかと厳しい。男だからと言うのだがプリシラには理解し難かった。

しかし…


「…貴方も、こう毎日のように下界へ降りてくる必要はないのよ。……魔王なのだから、魔王城でどっしり構えていれば良いのに」

「元勇者だからな。動くのが好きなんだ。それに……」


プリシラには、更に理解し難い事案が他にもあった。


「……また来てたのか、魔王シヴァ」

「…よお冒険者」


しかめっ面でシヴァの前に現れる男、冒険者テオ。プリシラの冒険仲間だ。


「テオ、お待たせ。今日は“草原の沼”に行こうと思うの」

「…あー、そういや、討伐クエスト出てたっけ」

「異臭が村の畑に悪影響を及ぼしてるんですって」

「あそこの魔物は毒臭を放つからな。いっそ沼ごと消滅させるか」

「おい魔王。シレッと討伐に口出すんじゃねえよ」

「今の俺はいち冒険者だ。そっちこそプリシラが魔物の毒にやられたらどうしてくれる」

「いや、お前、プリシラ、勇者だからな?そんでお前は冒険者じゃなく魔王だ」

「勇者だからって毒が効かない訳じゃないぞ。そして何度も言うが俺は冒険者シヴァだ」

「現魔王と同じ名前の冒険者がいてたまるか!!」


やいのやいのとシヴァとテオが言い争う。シヴァがプリシラの前に立ち、テオとの間を阻むかのようにガードする。

二人が顔を揃えると、決まってこの立ち位置になるのだ。なぜか、毎回。それを毎度プリシラは呆れた表情で見続ける。はあ、とため息を溢して。


「……どうでもいいのだけど、クエストはどうするのよ……」


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