20 一騎当千のエイちゃんゴーレム一号
ルード村と魔界の境界。
魔物の領域への玄関口であるが、騎士を常駐させることは財政的に困難なのでしていない。正規の手続きをせずに領域侵犯した魔物を弱体化させる『聖域の門』を頼りとして、ここには簡単な木の柵くらいしか用意されていない。
そして、眼前には木々の隙間を縫うように次々とゴブリン達が姿を見せている。そんな光景が横一面に広がり、現れるゴブリンには終わりが見えない。
昨日の再現、それも背後にはルード村の村人達という守るべき対象がいる状況で、背水の陣を強制的に敷かせているような感じ。神使様がこの状況で逃げるという選択肢を取るわけにはいかないだろう。
それに加えて、名目上とはいえ、ルード村の防衛を任されているのが実に厄介である。もちろん太刀打ちできないならば、俺達は村人と一緒に人界側に避難するつもりであるが、何もせず逃げたらクラスメイト達から非難の嵐だろう。
いくらウェストリア王国との関係悪化が懸念されるとはいえ、命には代えられない。
本音を言うと、ゴブリンが怖いから今すぐにでも逃げ出したいのだけれど、ルード村防衛という義務を最初から放棄することは今後の印象に大きく影響を与えそうだから戦闘は不可避。
戦闘は安全第一でいきたいと思っている。
立ち向かうのは、昨日のメンバー。俺とミズキ達、ナンちゃん、アマちゃんとゴーレム、セリーヌさん。……あと、エイちゃんゴーレム一号もか。手の平サイズで何ができるのか不安ではあるが、戦力になってくれるなら、猫の手ならぬエイちゃんゴーレム一号の手も借りたいところではある。
戦闘前に最低限意見の統一はしておこうと俺は護衛の騎士であるセリーヌさんに話を振る。ナンちゃんとアマちゃんとはゴブリンの大群への対応は事前に決めている。逃走一択だ。
でも、それをセリーヌさんにそのまま伝えるわけにもいかないので、ここは妥協案を提示することにする。
「セリーヌさん、ゴブリンがどれだけいるのかわかりません。非常に言いづらいのですが……魔力量が危なくなれば、この村放棄していいですか?」
ゴブリンが迫っているので、簡潔かつ直球で尋ねる。
「それは……でも村人を見捨てるわけには……」
セリーヌさんも昨日の件で、ゴブリンの大群に挑む無謀さは理解しているようで、怒りというよりは悔しそうな表情だった。
「別に見捨てる気はないから。いざとなったら、昨日みたいに殿して、村人と一緒にルード村から避難していいかってことだから」
「あ……そうですよね、失礼しました」
真っ先に村人を見捨てそうな奴らって思われているってことだよな。凹む。
「魔力は節約しつつ、危なくなる前に逃げる。セリーヌさん、ここは俺達が足止めするからさ、先に村人達に話をつけて来てもらってもいい?」
「……承知しました。ご武運を」
セリーヌさんが村へと引き返す。
「ナンちゃんとアマちゃんもそれでいい?」
「それしかないだろう、調子に乗って吐くのはもう嫌だ」
「命には代えられないから仕方なし」
ゴブリンの先頭集団が立ち塞がる俺達を見て、口角を引き上げて気味悪く笑い、武器を掲げて駆け出してくる。
(ミズキ……戦闘できる魔蜚蠊を全部影から出して)
『はーい! 今度こそご主人様を守るから任せて! みんな出陣ー!』
俺の影から凄まじい勢いでG達が現れ、俺の身体中をカサカサと……いや、カシャカシャだと思うことにしよう。カシャカシャと頭部を除いた俺の全身を包み込む。
これは黒の鎧。決してカサカサ這い回っているわけではない。そう、これは鎧で、俺はそうだな……俺は黒騎士だ! そう思うことにしよう!
「おい、エイちゃん。それって大丈……」
「ナンちゃん、言ってくれるな。お願いだから俺の精神のために続きを言うのはやめてくれ」
「……エイちゃん、わかったよ。意識だけは失うなよ」
「……善処する」
俺は昨日同様、固定砲台として前衛を務めようと思ったが、俺よりも先にゴブリンに立ち塞がるものがいた。
片手を空に掲げ、もう一方の手を腰に当て、見事なポーズを決める立ち姿。手の平サイズの丈。全身は石だが、その表面はツルツルしており、フィギュアのような精巧さがある……俺の黒歴史。
エイちゃんゴーレム一号が今、俺達の前でゴブリンの大群を睥睨している。
言葉が喋れないエイちゃんゴーレム一号の代わりに、アマちゃんが口を開く。
「エイちゃん、ここは俺のエイちゃんゴーレム一号に任せてくれ」
「暢気にポーズ取っているけど、大丈夫?」
流石にこの状況に見てられないから下げてくれとは言えないが、少し言い方が強くなってしまう。
「ふふふっ、心配いらない。見ておくといい。エイちゃんゴーレム一号の……実力というものを……」
どこか昨日のように調子に乗っている気がしないでもないが、そう言うならば下がるとしよう。ミズキ達魔蜚蠊の火力を温存できるならするべきだろうし。つまらない意地で酷い目に遭いたくはない。
ゴブリンの大群があと一歩と迫る中、エイちゃんゴーレム一号は決めポーズを崩さない。
「なあ、アマちゃん、あれ動いてないんじゃ……って、ええ!」
突如として、ゴブリンの先頭集団が宙を舞う。
エイちゃんゴーレム一号自体が動いているわけではない。変化があったのは、その足元にあった地面だった。
平坦だったはずの地面が自ずと隆起し、生物のように縦横無尽に動き回り、ゴブリン達はまともに立つことすらできない様子だった。
「ふん……エイちゃんゴーレム一号は土操作というスキルを持っている。このスキルはエイちゃんゴーレム一号の半径二十メートルの土を自在に操作できるというものだ。そして、なんとこのスキルは魔力を必要としないスキルなのである」
いきなり解説者みたいなことを言い出したアマちゃん。
しかし、魔力必要なしで土を自由自在って……。すごい有能だな、エイちゃんゴーレム一号。お前そんな強かったの? こんなに強いと恥ずかしいから下がれなんて絶対に言えない。
嬉しいような歯痒いような……複雑な気持ちだ。
「加えて言えば、エイちゃんゴーレム一号の真髄は行動を阻害することではない。このストーンゴーレムにはまだ秘めたる能力がある」
本当にどうしたんだ、アマちゃん。そんな解説キャラ今までに見せたことなかったのに。
ゴブリン達が動き続ける足場に混乱する中、エイちゃんゴーレム一号は天に掲げた片手を大きく開く。
すると、その動きに呼応するようにエイちゃんゴーレム一号の背後で俺達の身の丈ほどの土製の巨腕が形成される。
エイちゃんゴーレム一号がその小さな腕を振り下ろすと、転んでいたゴブリン達に巨腕が叩きつけられ、一撃で複数のゴブリンが倒された。
「土操作は阻害と攻撃、どちらの役目もできる。エイちゃんゴーレム一号はハイスペックなストーンゴーレムなのだよ。わかったか、ゴブリン共め」
「アマちゃん、昨日のようなことにはならないよう気をつけてね」
「ちょっとふざけただけ。……俺だってもうあの吐き気に苦しむのはごめん」
アマちゃん、ノリノリである。まあ、理性は残っているようなので大丈夫だろう。
それにしても、エイちゃんゴーレム一号。本当に優秀だな。何が優秀って、やはり一番は魔力消費がないことだろう。昨日学んだことだが、大群相手には一撃の威力より継続的な戦闘能力の方が大事だ。
いくら強かろうと、数分で魔力枯渇すれば意味がない。
その点、エイちゃんゴーレム一号は魔力消費がない上で足止めとアタッカーとなる。
つまり、継続的に強いのだ。
土操作によって、先頭集団のゴブリンは転び、叩き潰され、効率的に倒されていく。
これもう俺達は何もしなくても大丈夫なのでは?
そんなことすら考えてしまうが、大群の脅威はこんなことでは終わらない。
死角から唐突に火炎の球体が眼前に広がり、直撃の寸前で黒い渦に吸い込まれる。
『ご主人様! 気をつけて! 遠くから魔法とか矢で狙われてる!』
ミズキの注意喚起を受け、慌てて俺は魔法が飛来した方角に目を凝らす。そこには矢を準備するゴブリンや杖を持ったゴブリンが何やら呟いている。
「まずい! ゴブリンメイジにゴブリンアーチャーが遠距離から狙っている! 俺はあっちを対応するからここ任せる!」
「そう言えば、遠距離いたな!」
「了解! こっちはエイちゃんゴーレム一号とクレイゴーレムで戦線維持する! ナンちゃんはまとまったゴブリンにチャージ&リリースお願い!」
「よし、やってやる!」
かくして。
正面の大群をエイちゃんゴーレム一号がメイン、クレイゴーレムがその補助に回り、ナンちゃんがアタッカーを務めることになった。
そして、俺は黒騎士のように全身をGで固めた状態で遠距離からこちらを狙うゴブリンメイジ、ゴブリンアーチャーといった後衛を襲撃する予定だ。
昨日と違い、俺自身も身体強化(小)と雷撃という自衛手段ができ、その上でミズキ達魔蜚蠊141匹という魔法使いを運用できるのだ。勝利は確実だろう。
だが、あくまで魔力量は節約したい。ゴブリンの数がわからないからな。
終わりの見えない戦いが始まった。




