11 埋伏の毒
栄作が出ていった後、彼の部屋でユーリはサイドテールにするための紐を解く。艶やかな白銀の髪を靡かせ、大きく息を吐く。
「これでウェストリア王国に召喚された全ての神使の固有スキルは把握できた」
その視線は、さっきまで栄作相手に顔を赤くしていたメイドと同一人物とは思えぬほど、冷酷であった。
「厄介なのは聖剣召喚を持つテンドー。あとは、テンドーほどではないけれど、聖なる癒し手を持つシラサキも面倒かもしれない。ただ、今回の神使は全体的に戦闘向きな固有スキル持ちが多い。……備えがあるとはいえ、油断はできないか」
「それほど不安なら、今のうちに殺めてはいかがでしょうか?」
不意に部屋に低い声がするも、ユーリに驚きはない。
「ドミトルか」
「はっ、アイン様の矛にして盾、あらゆる障害を駆逐するドミトルでございます」
芝居がかった言い回しの後、それはずっとそこにいたかのように一瞬で現れる。
全身を黒いローブで包み隠す大柄な男。
そんな相手を前に、ユーリは苛立ちを隠す様子もなく、舌打ちする。
「ドミトル、ここでは私はユーリと名乗っている。それ以外の名で呼ぶことは許さない」
「これは失礼をしました、閣下」
下手に出るも、どこか態度に余裕があるドミトルをユーリは鬱陶しそうに見る。
「それで、神使を先に倒すだったか。残念ながら、その選択はありえない」
「ほほう、それはまたどうして?」
刹那。
ユーリがドミトルの胸元を掴み、軽々と持ち上げる。
華奢な体つきのユーリが背丈が大きく上回るドミトルを持ち上げる様は異様だった。
「私が……万全の状態である神使と人界と戦い、滅ぼすためだ」
叩きつけるような殺意がドミトルに降りかかる。
「それは異な事を言いますな、閣下。決めるのは魔王様でしょうに」
「どうせ魔王様も私の作戦通り動くことになる」
ユーリが「それに」と、続ける。
「力が半減している私やお前だけで神使を相手するのは避けたい」
「神使ソーマの遺産、『聖域の門』ですか」
『聖域の門』。
それは最初期の神使であった葛城蒼真の固有スキル:結界によって人界に張り巡らされた結界の名である。
この結界には、先端の尖った四枚の花弁のような地形となっている人界四国の先端にある国門を突破しない限り、他所から侵入した魔物の力を大きく削ぐという結界である。
この魔物にとっては忌々しい、人にとっては救いの結界によって、これまでの人界の安全は保たれていたと言っても過言ではない。
「しかし、未熟な神使ならば『聖域の門』で力を減少していても、閣下の力量には及ばないでしょう。なにせ閣下は……」
「勝てる勝てないの問題ではない。私は人界のクズ共と同じ土俵に立つ気がないだけだ」
ユーリがドミトルの言葉を遮るように口を挟み、彼を離すと、ドミトルは懲りずに口を開く。
「あの少年……確か栄作君でしたか。似てましたか、御父上に」
「……………少し。何かとビクビクする小心者だが根は優しいところが瓜二つだ」
「ふははははっ、御父上が聞けば、情けなくて泣き出しますな!」
「文句があるなら聞くぞ、ドミトル」
ユーリが睨みつけると、ドミトルは笑いを堪えつつ、
「いいえ、私も同感です。栄作君の小心者なところは御父上そっくりです」
と言って、笑う。
それから、ドミトルは栄作の部屋にある、この世界についてまとめたノートや南郷西也や甘粕天星と考えた必殺技集など、「ほうほう」と彼の黒歴史を楽しげに見ながら、口を開いた。
「ここから去れば、あの少年とは別れることになりますが、本当に宜しいのですか?」
「……かまわない。私にはやるべきことがある。あとは、なすべきことをなすだけだ」
「閣下の両親がその選択を望んでいなくても?」
「私が望んでいる。理由はそれで十分だ。人界に生きる人間は皆殺しにするし、一人だって生かしはしない。誰一人として例外なく、神使だろうと生かしはしない」
栄作の自室から覗くウェストリアの賑やかな風景。それをユーリは射殺すように睨みつける。
「私はね、ドミトル。こうして自分達だけ平和に暮らすクズ共が許せない。その平和のために何をしてきたのか知りもせず、被害者面してる愚か者達に虫唾が走る」
遠くで灰色の雨雲が迫る。
「人界は滅ぼす。再起する気が起きぬほど、徹底的に」
「閣下の決意が揺るがぬならば、私はその御心に従います」
「ありがとう、ドミトル」
「お気になさらず。私は閣下の矛にして盾、ですから」
ドミトルの言葉を聞いたユーリは凛々しく、胸を張る。
「これより、私は魔界に戻る。メイドのユーリはもう終わりだ。行くぞ、ドミトル」
「はっ、魔宰相アイン様」
「さっきから思っていたが、いらん言い回しをするな」
ウェストリアに潜んでいた埋伏の毒。
それが人知れず、魔界に帰る。
しかし、彼らは手ぶらで帰るわけではない。栄作達、神使がそれぞれどのような固有スキルを所持しているかという人界のトップシークレットを記憶して、戻るのだ。
「それとドミトル。アレを神使にけしかけておけ」
「心配せずとも、彼らの力量では魔王様にたどり着くことすらないと思いますが?」
「わざわざ好き勝手動かせてやる理由もない。膨大な数に責められれば、そこに足止めできる。その間に、次の手を打つ」
「やれやれ。閣下は甘いのか、厳しいのか、わかりませんな」
そして。
この日を境に栄作の専属メイドは失踪した。
戦闘描写も増やしたいところですが、とりあえず、ユーリの話題を出したからには、この話で一セットにしたくて、先にユーリの正体を明かしました。




