師匠の企み2
「まずはすぐ終わりそうなパールの要件から済ましてしまおう。あの話を師匠に聞いてみると言い」
あのリアルな夢。声は師匠っぽい声だったけど今となっては詳細は殆ど覚えていない。だから聞くにしても漠然とした内容になってしまうのだけれど…しかも夢の話を相手に聞くって頭おかしいと思われそう…
少々冷や汗をかいている私のことなど露知らず、2人共こちらを凝視している。
ここはもう覚悟を決めて聞くしかない。例え頭がおかしいと思われ様とも。
「くだらないことかもしれませんが…師匠は最近地下室のようなところへ行かれましたか?」
「城でも家でも地下へなら何度か行っているけど、どうして?」
基本貴重品や食料の貯蔵は地下室だから行っているのは当然か。
「いえ…えっと…実は奇妙な夢を見まして。師匠っぽい人が地下室へ行って師匠より少し小さめの箱の前で少し嬉しそうな声で何か言っていたんです。それがどうしても気になりまして師匠かどうかはわからない…え?師匠?」
師匠は口元に手を当てて睨むようにこちらを見ていた。
「その話、誰が知っている?」
「え…エルしか知りません。他に念話でしゃべる人もいないですし」
私の返答を聞いた師匠はあからさまに肩の力を抜いた。
「全く。エルの苦労が窺えるわ。こうも色々なことを呼び寄せるその体質なんとかならないの?」
話に付いて行けないどころかなんか呆れられているのはなぜ?
なんで?と思ってエルの方を向くと手で顔を覆ている。なんで?
「全く君は…」
散々聞いてきた言葉だが今回は断じて意図してやっているわけではない。濡れ衣だ!
「私のせいじゃありません!見たくて見れる夢なんてそうそうないでしょう?!」
「だから逆に困るんだ…。意図したものは注意していればいい。無意識の物はどうしようもないだろう?」
ごもっともな見解に笑ってごまかすしかない。
「まぁでもいい機会だわ。どうやって切り出そうか迷ってたから。エルが知る分にはそんなに問題ないし。ちょっと家まで来てもらうわよ」
返答する間もなく師匠の魔法により見慣れない部屋に移動した。
ビックリしている私に師匠はここがどこなのかちゃんと説明してくれた。
見慣れない部屋は師匠の自宅、公爵家の1室。師匠が研究兼執務室として使っている所らしい。
それにしても私の周り身分高い人多すぎない?
ちなみにと師匠が付け加えてくれた情報によるとフェルさんは伯爵家の人らしい。
私、絶対この世界でも庶民だと思うんだけど…良くてどこかの商家のお嬢さん。だって貴族オーラないもの。フェルさん婚約なんて無理でしょ。
師匠は資料の乗った机を少しだけ動かして何か唱えると大人一人分の入り口が現れた。
「公爵家でもほとんどの人が知らないから秘密にしてね」なんて軽く言いながら入り口を潜った。
少し下ると段々幅が広くなり歩きやすくなっていた。明かりは師匠の持つランタンだけ。まさに夢の中の光景と一致した。
階段を下り終わると例の部屋があった。師匠曰く魔法に関する貴重資料を保管しているらしい。更に奥に進みあの夢で見た箱と対面する。
ちょっとした興奮と恐怖。怖い物見たさという表現がピッタリだろう。
「これはね、とても貴重なもので太古の遺跡から発見されたものを祖父が買い取ったらしいの。でも、祖父は買ったら興味が薄れたみたいで幼いころに誕生日プレゼントだっていきなりここに連れてこられたわ。だから、これを私が所持していると知っているのはほぼ少数。」
懐かしそうに話しながら箱を一撫でする。
「もらった当初はまだ子供だったから女の子に送るプレゼントみたいでちょっとイラっとしてこんな奥に仕舞ったんだけど、去年あなたに会って思い出して色々調べたわ。そしたらね…とっても面白いことを思いついたのよ!」
なんとも楽しそうにこちらを振り返ったのだが、こういう時の師匠の提案は無茶振りが多い。
いやーな予感を感じつつ黙って成り行きを見守る。
「で、その中身は何なんですか?」
静観の私とは対照的にエルは少し前のめりで師匠と同じくらい楽しそうな顔をしている。…研究オタクめ…。
「もちろん魔道具よ。ただし今の私たちの知識を超えた、ね。これの仮名称は〈神の戯れ〉。それほどに使い方が難しいし貴重。世界で3体しかないわ。この後の説明は見ながらの方が早いわね」
師匠が箱に手をかけ蓋を開ける。中から出てきたのは…人形?人形と言ってもほとんど人のように見えるけれどおへその辺りに線があるのと胸の下あたりにキラリと見覚えのある石が着いている。
「まさか…魔石で動く人形ですか?」
「ふふ…エルはすぐに分かるみたいね。そうただ動かす欠点は大量の魔力。私が頑張って入れて30分持つかどうかって言う超高燃費。付属の資料は3体中1体を解体して作った見取り図なんだけど物凄く複雑で、しかも外皮の繋目が腹囲にしかない割にダブつきもなく綺麗に纏っている。素材は不明。解体した研究者は頭を悩ませ、同じものが作れないことを皮肉って〈神の戯れ〉と名付けたそうよ。まぁ、実用化する物ならこんな念密なものは必要ないから短時間稼働の物なら遠くないうちにできると思うけど」
「それがなぜ私で思い出されるんですか?」
そんな大層な物と普通の私。何の関係が?
「…そうか。魔石。パールはその魔獣に入れるのは魔獣の核、魔石を通してだ。同じように入って動かせるはずだと推察したわけですね。そしてパールは魔力の底が見えない。半永久的に動かせる可能性がある、とそういう事ですか」
「正解。この人形を使う1番の難点は魔力の消費が激しすぎること。でもパールなら心配ないじゃない?試してみたかったのよ♪」
あーあ、なるほど。この子に入って動かしてみろってことですね。
では早速とばかりに子ぎつねパールから出ると師匠が慌てたように人形に簡易なワンピースを着せた。紳士として人形でも私が入るのだから配慮してくれたようだ。
子狐パールと同じように魔石に触れるとスーッと吸い込まれるような感覚がした後目の前にいつもより近くに2人の顔が見える。
「パール、大丈夫?動ける?」
師匠が恐る恐るこちらを気遣う様に訊ねる。
言われて体を動かすと本当に自分の体のように動くのでビックリだ。
「動けるみたいですね。私も特に不調はありません」
「「しゃべった?!」」
「え…あ、しゃべれるみたいです」
2人の驚いている姿が新鮮で可笑しい。
笑っている私を見て少し落ち着いたのか二人も笑顔になる。
「まさかしゃべれるとは。驚きましたね師匠」
「動作確認しただけでしゃべらせる事まで考えなかったから驚いたわ。でも好都合!」
あ、また師匠が良い笑顔をしている…きっと何かやってくるぞ…。
思わずエルを見ると彼もこちらを見て苦笑いをしている。
「パール!あなたは私に結構、いっぱい、借りがある。なので、その借りを返すために春の祭事で私のエスコートで参加しなさい!」
何言いだすんだこの人は…