師匠の企み
私はいま猛烈にこの場から去りたい。師匠の爆笑を目の前に死んだ目をしているであろう。
事の始まりは元々エルが師匠に呼ばれていたこともあり昨日の報告も簡潔にしたのだが、様子の可笑しい私達を師匠の勘が何かあったと告げていたのだろうか…教えるまで帰してあげない♪っと素敵に微笑んだ後、がっつり、魔法で、唯一の出入口を施錠した。
そんな状態の師匠に私たちができることもなく。事のあらましを説明すると一応最後まで黙って聞いていた師匠は話終わるとともに我慢できないとばかりに噴き出した。そして、しばらくの間爆笑中なのである。
「師匠!笑い過ぎです!いくら私がその辺にいる一般女子でフェルさんが惚れるはずないのは分かりますが!傷つきます!」
もう羞恥心というかなんというかこの状況に居た堪れない。
私自身、何かの間違いで次会った時に「あ、やっぱり気の迷いでした」って言われる可能性が高い事は分かっている。イケメンに言い寄られて悪い気がしないのは普通でしょ?少しくらい夢見たって良いじゃない。一生に一度あるかないかの事なんだから。
悲観的になっているので泣きそうな気配でも醸し出していたのだろうか。師匠があわあわしている。 少しいい気味と思っても悪くない!…っと思う。
「違うのよ!パールがどうこうじゃなくてフェルが進んで女の子に言い寄るとか天変地異もいいところで驚いて笑っちゃったの!パールの思っている方向に笑たわけではない!」
「…なんでそんなに笑う位驚くんですか。初めての事でもあるまいし…慰めなら結構です」
不貞腐れたように言ってしまうけれど、私は悪くない。爆笑した方が悪いんだ。
ムスーっとしながら師匠を見ると極まりが悪そうに頬を掻いた。
「だから、ほぼ初めてなのよ」
「はい?」
「まぁ、この国では婚約どうこうは10代前半は関係ないじゃない?だから普通にあいつもその位までは好きな子とかいたのよ。告白したとかは知らないけど。でも、ほら、あいつも見た目良いじゃない?家柄も悪くないし。私と一緒で適齢期辺りでその手の事にげんなりした部類。私はこんな感じで逃げ切ったけど、あいつはのらりくらり上手にかわしてたのよねー。そんな人が適齢期若干過ぎてるとはいえ、進んで言い寄るなんて思わないでしょ?」
「マジですか…でもそんな人がなぜ私なんかに」
「まぁ綺麗な方は他にもいっぱいいるでしょうけど、雰囲気とかその他諸々加味すれば優良物件の部類に入るわよ?」
「社交辞令有難く受け取っておきます…」
ちょっと待て。今思ったんだけど…
急に静かになった私を師匠が更に落ち込ませたのではないかと覗き込んでいる。
「ねぇ、もしかして私また地雷踏んだ?」
「私に聞かないでください」
「エルはいつも通り薄情ね…とりあえず、パール、何がいけなかったのか教えてくれる?」
「いえ、師匠は地雷踏んでません。ただ話していたら霊体の姿に疑問を持ちまして…」
「どういう事かしら?」
「戻ったらなんてフェルさんが言ってたんですが、この姿が今世なのか前世なのかどっちなんだろうと。もし今の姿とは別人で、もし不細工だったらフラれるじゃないですか?精神的ダメージでかいなっと」
流石にフェルさんが本気とは思っていないけれど、それでもあからさまにガッカリされたら傷つく…。 大いに引きずる自信がある…。
「前世の記憶があると言っていたが、自分の姿は覚えていないのか?」
エルの興味を引いたのか今まで傍観していたエルが話し出した。
「記憶といっても断片的で、更に主観で見ていると言いますか…鏡を見た記憶でもない限り前世の自分の姿を見ることは無いので何とも言えないですね」
「そうか。前世も今の霊体の時みたいな服を着ていたのか?」
服か…霊体時の服を思い出すと前世の物より重苦しいというかしっかりしているというか。前世ではショートパンツやジーンズが好きだった、ような気がする。
「いいえ。パンツスタイルが好きだった気がします。スカート履かなかったかって言われたら微妙ですけど」
「うーん…確証はないが、今世の姿に近い可能性の方が高いな。近年女性のパンツスタイルも出ているが、未だロングスカートやドレスが多い。私から見ても服装に違和感なかったし、記憶は前世、容姿は今世とみるのが妥当では?」
「じゃ、容姿はあんまり気にしなくていいですかね」
ほんの少しホッとする。
「そもそもパールはあの話に乗り気なのか?」
え?あの話って、体に戻ったら婚約って話の事だよね?あの人どこまで本気なんだろう?
実は珍しいもの好きで普通になったら興味なくなるとか…あり得る。寧ろ可能性大。
「…ああ言うのが好みなの…か?」
黙考していた私にしびれを切らしたのか更なる疑問を投げかけられた。
「好み?単純な外見の好みなら師匠がタイプですね。髪が短ければ尚良しですが」
エルが何やら硬直しているのとは対照的に師匠はニヤニヤしながら私の目の前に寄ってきた。
「何々?パールは私が好みなのー?かわいい弟子の為なら髪の毛ぐらい切ってあげるわよ♪面倒で放置してたら長くなっただけだしね。そろそろ切ろうかしら」
「外見の話です。内面は…あれ?研究馬鹿なところ以外は今のところ不可なし?」
確かにゲーム内のキャラクターとして外見で好きだったけど、実際接してみて性格も特に悪くないし…今のところ不可もなし好条件?
「なんか引っ掛かることが聞こえた気もするけど?ま、いいか。じゃ、フェル止めて私にしたら?そうなれば私も結婚問題解決するしい一石二鳥!」
「いえ、好みでも男性というより次元違いの理想と言いますか…色々恐れ多い…」
それを聞いた師匠は何が不服だったのか知らないが明らかに機嫌が悪化した。
やばい!と思うと同時にひょいっと抱きかかえられる。
「男として好みでないと言われるとは心外だな。普段のしゃべり方のせいでもあるかもしれないが今でも女性には結構人気があると自負しているよ。パールの好みとあらばこのしゃべり方に戻してあげようか?」
間近でいつもとは違う大人な男性の雰囲気を醸し出す師匠は心臓に悪い!格好いいけど!っていうか顔近い!綺麗な顔が近い!石化状態に陥った私を誰か助けてください!
その願いが届いたのか師匠のすんばらしいご尊顔からエルが引き離してくれた。
「なんだエル。焼きもちか?」
男性言葉の姿勢のままにやにやしながら師匠が話し続ける。
「パールをおもちゃにしないで下さい。…パールは大事な家族の一員です。師匠みたいな曲者には渡せません」
お兄ちゃん!たぶん同い年位だけど。そっか。家族か。
嬉しいようななんか寂しいようななんとも言えない気持ちになるが、きっと追及したら厄介なことになる予感がするので深く考えるのは辞めた。
「おもちゃにしてるわけではないんだが…まぁ、パールも覚えておいて損はないでしょ。最悪私が貰ってあげるわよ。私もそれなりにあなたを気に入っているのよ?」
いつもの調子に戻った師匠はウィンクしながら茶目っ気たっぷりにそういった。
「…そんなことにならない様パールの事は出来る限りこちらで何とかします」
深々とため息をついたエルはなんだか疲れて見えたが、そこを追及する前に次の話題に移ってしまった。
「今日来た理由はこんな雑談の為ではないんですよ。全く。師匠のせいで話が脱線しすぎました」
「え?私のせいなの?」
「ええ。師匠のせいです」
なんだかいつもに増してエルの師匠に対する対応が塩だ。
私としてはもう今日は帰って暖かな窓辺で微睡みたい。
昨日から心臓に負担のかかる出来事ばかり。
甘い物欲しい…。




