夢と首輪
髪を一つに束ねた背の高い男性が薄暗い階段をランタン1つで下りていく。
周りは静かで男性の足音以外聞こえない。
彼は大きな扉を開けると躊躇なく中へ入って行く。部屋のさらに奥の部屋に入ると彼の身長より少し小さい箱の前で立ち止まりそっと箱に触れた。後ろから見ているので男性の表情は見えない。
「これが使えるかもしれない時が来るなんて…」
そう響いた声には聞き覚えがあった。…師匠?
ハッとして起きると現実味を帯びていた夢が突如不鮮明なものになる。
周りを見回すと自分の部屋。窓からは朝日が差し込んでいる。
あれは本当にただの夢だったのだろうか?そう考えている間に夢はさらに不鮮明になる。
エルなら何か知っているだろうか?
「さぁ?そんな場所師匠の口から聞いたことないな。なぜそんなに気になる?」
あの後起きてからエルに付いて授業を受けた後昼食のために食堂に来た。
食事が終わり食後のお茶が誰も入ってこないことを確認すると今朝の夢について話してみた。
ただ、もうほとんど思い出せなくて師匠が暗い狭い場所を歩いている夢を見た、何か心当たりはあるか?とかなり漠然と聞いたらこの反応だ。
「なんか物凄くリアルな夢だったんですよね…ただそれだけなんですけど…」
「そうか。まぁ明日師匠に呼ばれているから直接聞いてみればいいんじゃないか?」
「あ、そうなんですか?じゃぁ、そうします」
会話がひと段落すると席を立ち研究室に向かう。
その道すがら同じようなカラフルな広告が壁にいくつも張られていた。
「これは何かのお祭りですか?」
「ああ、学園の春祝いのパーティだな。この学園の行事で大きなものの一つだ。昼から始まり夜遅くまで続く。申請を通った屋台が学校前に出るのが昼の部、夜会形式のものは夜の部だそうだ。たぶん、師匠の許可があれば私と一緒に参加することも可能だろう。どうする?」
何と楽しそうな響きだろう。夜会とか御伽噺みたい!
参加するかと聞いた割には私の顔には是非!っと出ていたのだろうフッと笑い、こちらが固定する前に師匠に伝えておくっと言ってくれた。
研究室に着いたので私はいつもの定位置に座るとエルは何やら引き出しをガサガサ探っている。
いつもならすぐに研究室内の者に手を付けるのだが何か失くしたのだろうか?
そんなことを思っているとエルは私の前に立ち、手の中の物を見せてくれた。
そこには無くなったはずの私の首輪が。
「あ!すっかり忘れていましたが、どこにあったんですか?」
でも、前のとは少しデザインが違う?
「前の物は前回の騒動で捕まえた内の一人が隠し持っていた。状態があまり良くなかったのもあるが、あんな奴らが持ったものは嫌だったので、改めて似たものを作成して色々強化した」
へぇ…色々強化が少々怖いのですが…。
あと、意外に潔癖なとこもあるんですね…。それはともかく色々とは…?
品の良いそれを見ながら色々思ってしまう。
「何となくパールの言いたいことが分かるようになってきたのは、君が分かりやすいからか、私が慣れたからか…」
苦笑いをしたエルは強化の内容を教えてくれる。
「とりあえず、前回同様時空間魔法を込めた魔石。君が全属性使えることから念の為の1つに減らし、片方は未使用の魔石。君が入れたい魔法を付与してもいいし、後から何か足す事もできる。それと学校の許可証メダル兼公爵家の紋章入り。更に、前回同様魔法使用時の位置情報、加えて取り外し時に規定方法以外での着脱の場合の防壁発動と警告音。これは魔力を増やせば範囲を広げられるようにしておいたがあまり長くはもたない。後は状態異常無効効果っとかかな。もう少し何かある気がするんだが、ま、思いついたら足していこう」
エル、過保護過ぎませんか??あとこれ幾らするのでしょう…高いよね…。
エルの手に乗っている首輪をもう一度じっくり見る。前回と同じく紺地に金糸の柄が入った首輪。中央にはこれまた前回と同じメダルと両脇に魔石と呼ばれる石…
前回は魔石というものがよく分からず適当に受け取ってしまったが、少々知識がついた今の私ならこれが高価なものだと言う事がわかる。だってエルならそれなりのグレードを使っているだろう。…貧乏性かな、私。
「あの…前回の物で大丈夫ですよ…?私は気にしませんし…」
恩がたまっていく、そう思いながら告げるとエルのいい笑顔…またの名を笑顔の威圧。
「言っただろう?私が嫌なのだから気にせず受け取ってくれ。前回の首輪の魔石を売って私が作ったから値は張らない。パールの心配していることはこんな感じだろう?」
図星です。それにしても…
「エルが作ったんですか?」
「正確に言えば通常値が張る魔石と位置情報、防壁の付与は私がした」
…やっぱり前回のあれも高かったんだろうな…無知って恐ろしい!
さて…できれば、かなり、全体的に質のランクを庶民派に落としてもらいたいが、もう既に完成されているし、エルがここまで気を使ってくれているのに断るのも逆に失礼だろう。
「…色々ありがとうございます」
それを聞いたエルは満足げに首輪をつけてくれる。
恩返しの道のりはさらに遠退く…
首輪をつけてもらいながら意識はあちらへ行きかける。
「よし。これで安心だ」
そう言ったエルはなんだか年相応の少年感があった。
恩は溜まっていくばかり。でも、エルが嬉しそうにしてくれるならこれも少しは恩返しになっているよね?