その夜2
ビアンカが去っていくとエルランドは大きくため息をついた。
「お、お疲れさまでした」
「本当に煩わしいが、この話題は年々避けられなくなってきた。全く…」
本当にこの話題が嫌なのだろう。表情が先ほどよりも疲れて見える。
「そういうお年頃なんですか?」
「ああ、18までに婚約者を決めて20までに結婚が普通だな。他の国はもっと早かったり、生まれた時から決めているということもあるらしい。その点で言えばこの国に生まれて良かったのだろうが…個人的には結婚などしなくても困らないと思うが、家的にはそうもいかないだろうからな」
「結婚しないといけないとして、どんな方が良いとかないんですか?理想の方とかいないんですか?」
長椅子に戻り、私を下ろした後少し考えている。
私は窓辺に飛び乗り、お座りの態勢で返答を待つ。
「1人の時間を作っても文句を言わない、思いやりがあるとか、か。見た目は清潔感があればいい。あと常時華美な装飾は好かないな」
非常に良識的な範囲の回答でなんだか拍子抜けだ。
「候補者いっぱいいそうですけど?」
「そうか?地位の高い女性では少ないと思うぞ?それに、女性は話を聞いてほしいとか一緒に何かしたいとか既婚者は色々文句言っているのを聞く。私は興味が何かに向いているときに妨害されるのはいい気がしない。というかイライラする。あと、社交の場は嫌いだからなるべく行きたくない。なぜ面白くない話を延々と聞かなければならないのか。変わり者と言われても特に社交に魅力を感じない」
「そういえば先日の密猟者もエルランド様の事を変わり者って言ってましたね?その手の話は有名なんですか?」
「貴族は社交がすべてだからな。高位で社交嫌いを公言している私は変わり者っということだろう?その点君は理解があるようだ」
「まぁ、前世は一般人でしたからね。社交なんて物とは無縁でしたから」
「うん?記憶が戻ったのか?」
あ、うっかり前世の話をしてしまった。でも、今日聞いた私のことを話すいい機会なのではないか。
「実は前世は今のこの世界の記憶ではなくてですね…この世界に生まれる前に生きていた他の世界の記憶があるんです。信じられないかもしれませんが…」
エルランドは少しびっくりした後苦笑いをした。
「君といるとなんだか不思議なことが起こりすぎてだんだん慣れてきてしまっている様だ」
「すみません?」
「いや。悪い事ではない。寧ろ感謝しているよ。君に会わなければみなも様に会うこともなかっただろう。今日は本当に私の人生で記念すべき日だ。ありがとう」
そういって頭から尾の辺りまでをやさしく撫ぜてくれている。
「寧ろこちらが感謝しています。こんな不審者な私に色々親身になってくれて。改めてありがとうございます、エルランド様」
窓辺と椅子の高さの違いでいつもは届かないエルランドの顔が近くにある。そのきれいな顔に頭をスリっと摺り寄せた…ってなに大胆なことしたんだ私!
平静を装って離れる間際にエルランドが何かボソッと言ったが聞き取る余裕はなかった。
「何か言いました?」
「…いいや。それより君も私をエルと呼ぶと良い。みなも様に名を付ける名誉を受けた者に様付けで呼ばれるのも恐れ多いからな」
少し耳と頬を赤くしてそうエルランドが言った。
「良いんですか?」
「君とは良い関係を築けそうだしな。長い付き合いになるかもしれない。構わない」
「ありがとうございます。もし、元の体に戻れることがあればその先も仲良くしてくださいね?」
え?またエルが固まっている。
「元の体に戻る?成仏するのではなくて?」
「あ、言い忘れてましたけど、私幽霊より精霊に近いらしいんです。何故か魂の1部と魔力が体から抜けたらしくて…理由はみなも様にも分からないらしいんですが…」
エルがため息をつく姿はなんだか見慣れた感がある。…大体私が何かやらかすからなんだけど…。
「なぜそんな大事なことを言わない」
「すみません。エルが来るまでの間にみなも様から聞いていたんですが、その後エルラ…エルは色々聞いてたので情報過多かと…そこまでエルに重要度は低いと思い省きました…すみません」
「確かに情報過多ではあったが、私に重要でないというのは君の勘違いだな。ここまで関わっているんだ。案件としても興味深い。重要度が低いわけないだろ?一緒に探すから今度から事後報告でもいいからちゃんと言うんだ。わかったか?」
あ、これ、ダメだ、そう思うと同時に鼻がツーンとして目が潤む。
自分だけで頑張って体を探すつもりでいた。忙しいエルに頼めばやってくれることは分かっていたが、これ以上迷惑を掛けたくないと意地を張っていた。
でも、エルはまた助けてくれると言ってくれる。また甘えてしまってもいいのだろうか?
「何もお返しできないのが心苦しいです…」
少し情けなくて下を向いたまま言う。
「そうだった。君は気を遣う質だったな。では、取引と行こう。精霊に関すること、魔力の流れの情報共有、そして魔道具開発に協力すること。もし、体に帰れたならば事情が許す限り労働力又は情報の提供。こんな感じでどうだ?私にも相当の利がある。特に他の精霊王に会うには君と一緒にいる必要がありそうだしな」
これはたしかにエルにも利があるし、私にも利があるのでは?私の地位が平民なり貴族なりこの国の公爵と繋がりを持つことになる。
まさかそこまで見越しているのだろうか…。
「それでエルがいいのなら。お願いします」
「ああ、っという訳で明日師匠に会いに行く。師匠は私より博識で顔も広いから何かいい案が浮かぶかもしれない。ちょうど魔法陣も確認に行かなければいけないから都合がいい」
エルはその師匠を本当に尊敬しているようだ。一体どんな人なのだろう?師匠って言う位だからお爺さんかな?大きい三角の帽子被って長いひげがあったりして。
「さて、師匠の所に行くと長いから朝から行く。今日はもう寝ると良い」
そういい終わると事もなげに私を抱き上げる。
「どうしたんですか?」
「送っていく。紳士としての態度を身に着ける様にビアンカに言われたところだしな」
おどけてそんなことを言うが、エルは言葉はきついがとても優しい素敵な男性だと思う。
恥ずかしいから言わないけど。
エルの部屋を出て私の部屋へ行く。
ドアを開けて中に入りベッドに私を置く。
「ちゃんと髪を乾かして風邪をひかないようにして下さいね」
「なんだか。小さいビアンカみたいだな」
フフっと笑って撫でる。
誰に撫でられるよりもエルに撫でられるのが1番気持ちいい。離れていく手が名残惜しくて頭を擦り付ける。
「なんだか本当のホワイトフォックスの子どもの様だ。馴染んできたのかな?」
確かに最近行動が完全にペット化してきたような…。
「…かもしれません」
「興味深いな。考察はまた今度だな」
欠伸を噛み殺しながら言う。
「それが良いですね。今日はやめておきましょう」
「ああ、今日は大人しく寝ることにするよ。流石に色々ありすぎた」
「ですね。ゆっくり休んでください。おやすみなさい」
「おやすみ」
エルが出て行った後、ポカポカした気持ちのまま深く心地よい眠りに就いた。




