幕間:少女と少女の出会いの物語 三つ
よくある話である。一人の子供を部屋に閉じ込めて、そこで誰にも見られないようにしてからなんかする。子供のいじめの定番とも言えた。
「まったく……ごめんなさいね、ようがあるのはそっちのこだけなの。あなた、ちょっとこのへやからでていって?」
「まっぴらごめんよ。あんたがママのお膝元に帰りなさいこの悪者女」
――空気が凍った。というより、この部屋の空気に、問答無用でメタリアが液体窒素を撒き散らした、といった感じだった。
「……えぇっと、その、きこえなかったのだけど、もういちど、だけ、いってくださらないかしら」
「何度でも言ってやるわよ悪者女。こんなちっちゃい子三人で囲って、恥ずかしくないの」
若干の苛立ちから、完全にメタリアの口調は素になっていた。ここまでで負ったストレスがこの一件で爆発したともいえる。普段ならそこまで激昂せず、穏便にやり過ごそうとする彼女だが、この時ばかりは瞬間湯沸し器と化した。
「……は、はずかしいもなにも、さからったのはそちらの」
「嘘つきなさい。いや、本当だとしてもこんなところまで連れてきて、そんで改めてヤキでも入れようとしたんでしょ。やり口がゴロツキ同然ね!」
「ゴロ!?」
メタリアと相対する縦ロールの少女は、ゴロツキと言う言葉の意味を知らないが、なんとなく最上級の侮辱をされたものだと理解は出来た。
「あ、あなたねぇ」
「どーせ何か気に入らなかったからこんな事したんでしょうけど、言っとくけど理由は聞かないし理解もしないね。面倒くさいし、やる意味も無いし!」
「は、はなしをきくつもりがないってことですの!?」
「そう!」
思わず呆然としているのは取り巻き二人だ。自分達のリーダー格を、いきなり現れた少女がなんの躊躇も容赦も合間もなく言い負かしにかかっているのだ。当然と言えた。
「な、なんてひとなのかしら……きちんとしゃべっているのに、まるでさるのようじゃないの!」
「誰がサルじゃクルクルパー!」
「クルクルパー!? な、なんてひどい……!」
しかも、言った侮辱が倍以上になって帰ってくる。凄まじいモノを見せられていた。最も頭の回るリーダー格が速攻でボコボコにされて、がっつりと彼女たちの威勢は削げてしまっていた。
「……ねぇ、ファラリスさまがにげたらわたしたちもかえらない?」
「うん。なんかあのこ、こわいわ」
「こらふたりとも! にげるそうだんをしないの! かせいなさい!」
やる気の無さを一喝されて、漸く三人は足並みをそろえた。彼女とメタリアが遭遇してから実に一分。ペースは完全にメタリアのモノだった。
「ゆ、ゆるしませんわよ。わたしへのかずかずのぶじょく……わたしたちで、そのつみのおもさをおもいしらせてさしあげますわ! ルキサ、エーナ!」
「「はい!」」
しかし、それをむざむざ放ってはおかない。三人がかりでメタリアをどうにか屈服させようと、ファラリスと呼ばれた少女が命を下す。
「――やめて!」
しかしその間に、先ほどまであまりの事態に呆然とし、何とか再起動を果たしたベスティアーゼが割り込んだ。自分の問題に巻き込むのを、幼いながらよくない事だと判断したためだった。
「め、メタリアはかんけいないわ!」
「ありますわ! とてもありますわ! わたしクルクルパーってよばれたんですのよ!」
「……うぅ」
しかし、そうするのが聊か遅かった。もう少し前なら無関係と庇う事も出来たのだが思いっきりメタリアが侮辱しまくった後、無関係は最早通らない。
「えぇ、私はバリバリ関係あるわ。だからベスティアーゼ、私の後ろにいなさい」
「で、でもメタリア!」
「ふん、私はね、可愛い女の子が泣いてる姿は見たくないの。ましてや、友達が泣いてるのは胸糞が悪くなるわ」
「……え?」
そういって、もう一度メタリアが陣頭に立つ。まるで、ベスティアーゼを庇う騎士の如く。その銀の髪が、独特の迫力をメタリアに与えていた。
「と、ともだち? でも、わたしたち、さっきあったばかりで」
「私、友達を探してたのよ。このパーティで。で、私的には少しの間でもちゃんと話した子は、たいてい友達として判定してるわ」
「……メタリア」
「で、友達が危なかったら、そりゃ護るわよ」
そういって、改めて眼前の三人を睨みつける。先ほどまでメタリアを捕まえようとしていた三人だが、いよいよもってその表情に気圧された。
「(な、なに、なんなのよ、このかお! こわい、こわいわ!)」
綺麗タイプの美少女が睨みを利かせるというのは、想像以上の恐怖だ。しかもこの少女はそんじょそこらの木っ端意地悪令嬢ではなく、将来主人公と幾度となく激突する真の悪役令嬢の素体である。この手のパワーは、文字通り次元違いだった。
「う、ぅう……」
「さ、どうするの? 来るの、来ないの。来るなら、めっちゃ抵抗するわよ」
一瞬、ファラリスは躊躇したように見えた。そして。
「ルキサ、エーナ! も、もどりますわよ、こんなひとたち、あいてにしてられません!」
「はーい」
「やっぱりこうなりましたわねぇ……では、みなさま、しつれいしますわー」
完全に及び腰になったリーダーに率いられ、取り巻きも無事撤退を始め……ようとしたその時だった。メタリアの脳内に、一筋の電流走る。
「(……そういえばこの子達は、パーティ会場からここまでキチンとわかって来てるんだよなぁ……つまり、帰り道を、知ってる!?)」
その一瞬。部屋から出て行く少女達が、メタリアには帰還用のビーコンにしか見えなくなっていた。ギラリと目の色を更に変え、ベスティアーゼの手を引っ掴んだ。
「あの子達に置いてかれたら帰れなくなるわ、行くわよベスティッ」
だが、ここで普段から子供っぽい話し方を心がけていたのが災いする。ここまで素の話し方で喋るのは久しぶりで、舌は意外に疲労していた。要するに噛んだのだ。
「……ひたい」
「……だいじょうぶ?」
「へいき……いやそうじゃなくて! あの子達を追いかけないと……ベスティ、貴女の名前、また噛むのは嫌だから、そう呼ぶわね!? さ、行くわよ」
「あ、え! め、メタリア、ひっぱらないでぇ!」
そのベスティアーゼの悲鳴は無視された。勢いよくベスティアーゼを引っ張るメタリアに、ベスティアーゼは、せめてその事だけを告げようと口を開いた。
「……ねぇ!」
「なぁに?」
「あなたのことも、メタリィってよんでいい!? ベスティとメタリィで、おそろいで呼ぶの! ダメかしら!」
「いいわよ!」
一も二もない即答に、ベスティアーゼの顔も、綻んだ。
「ありがと! メタリィ!」
「オラ待てやぁごらぁあああああ! 私の道しるべになれぇえええええ!」
「ギャアアアアア化け物オおおおお!?」
なお、この時の追跡劇が原因で、その少女たちにトラウマを埋め込んだ挙句、大公の令嬢という立場も相まって、無事、メタリアは遠巻きにされることになったのである。唯一それで幸いしたのは、近寄る相手が居ないので、本性を悟られる相手も出なかった、ぐらいである。
なおこの後、五人揃って物凄い叱られました。




