暗い話題と日本人気質お嬢様
「ええと」
「子供同士の喧嘩……そう、思われているでしょう。あなたも、子供同士の喧嘩をした事がある。そのレベルと思っているでしょう」
いやまぁ、そうよね。だって、言うてこの時代よ?
そりゃあ権力を傘に着て威張り散らす、位はあってもさ、陰険さや悪質さでいうなら現代の子供のいじめなんかよりは全然……ああいや例外もあるか。多分。
「違うのですよ。そんな生易しいモノではない。凄まじいモノでした。アレは」
……おや、どうやら例外の方だったか。表情が真剣だ。真顔ってだけじゃないよ。そっかぁ~~……オッケイちょっと真面目になろうか。
「そんなに?」
「えぇ……私が見ていた限りでは、ですが」
「え? 見てたんですか?」
「正確には、見ているしかなかった、と申しますか……」
えっと相談する割には結構非情ですかドゥブルさん?
「……パーティの開始時、アレウス様は参加者の皆様への挨拶回りを、ご家族と行なっておりました。しかし、旦那様主催のパーティ故、人数も多く、恐らく、どこかでご家族と逸れてしまわれたのでしょう、一人になってしまったのです」
「はぁ」
「それで、その一人のアレウス様に絡んだのが……その、敵対関係の家の子供達でした」
達。なるほど、一人を大人数で囲んだのか……えぇ、この時代の貴族ってそんな陰湿な真似してんかい。って言うか、そんなエゲツない知恵回るんかい。アメリアも出自からそう言う事言われそうだから気をつけないとなぁ……
「人数は……おそらく三人。私が見つけた時は、その人数だったので。そして、その時その少年たちは……持ってきていた、酢を、頭から彼に」
「酢ぅ!?」
いや、ワインとか、料理とかじゃなくて、酢!? に、匂いもエゲツないアレを頭からドバドバかけたの!? いや字面は笑えるけど実際笑えねえよこれ!
「羽交い締めにしている、と言う事もありませんでしたが……アレウス様が、歯を食いしばって、耐えているのは明らかに分かりました」
物理的には何もされてなくても、そんなエゲツない事されるのを許容するって……あんまり察しが良くない私も分かるわ。
「……動けない理由を相手が持っていた?」
「恐らくは、自分より位の高い相手に逆らえば、家族がどうなるか、とでも言われたと思われます……男爵家に連なる一族は、男爵様の庇護の内に入っていますので、その様な事はまずあり得ないのですが」
「アレウスは、それは知らなかった」
無知につけ込むとかすけべな漫画みたいですね……いやそうじゃなくて。いや普通にエゲツない手を使ってくるなぁ。終始エゲツないとか真顔になっちゃう。オッケイ、そいつ等合ったらケツを蹴り上げてやる。
「卑劣、しかし効果的……その時も、私が近づこうとした時、アレウス様は視線で訴えかけてきたのですよ。近づいてくれるなと」
「だから見てることしかできなかった……」
どっかのゲームで見たんだけど、中国の偉い人曰く、『本物の上策は精神を責めるものである』らしい。卑劣とはいえ、上策を使ってるあたり貴族のいじめっぽいわな。
「しばらくアレウス様にいろいろとやった後、少年たちは去って行きました……私が出来たことといえば、アレウス様の体を洗う事と、服を取り替えること、そして暫く震えていた彼を慰めることくらいで」
「……あれ? 割としっかりやってますね?」
「いいえ、外見を整えた所で、心の傷を癒すことまでは……」
あ、ドゥブルさん的には心の傷もきっちり癒すのが完璧の基準な訳ね……いや完璧超えてると思うけど。そこまで行っちゃうと。
「……あの時、彼の服を整えながら、言ったのですよ。『旦那様に、報告をしましょうか』と。当然の権利だと思いました、あのような屈辱を負わされたのですからね……しかし」
「しかし?」
……アレ? ドゥブルさん、もしかしてちょっと泣いてる?
「彼は、言ったのですよ。『ごとうしゅ様に、めいわくはかけられない』、と。あのような年の子が、泣くでもなく、怒るでもなく、ただ、微笑んで……」
肩震わせて泣いとる……い、いや私もこれに何も感じないという訳じゃないが、どっちかと言えば驚きがデカいんだよ! 今、私の中のアレウス君のイメージが完全に吹き飛んだわ! むっちゃええこやんけ!
「……その心意気を汲むためにも、私は、彼を見守り、時々助ける事だけに終始してきましたが……それでも、あまりにも不憫な事に変わりはありません」
「まぁ、確かにそれは……」
なんとかしてあげたい、と思っても不思議はないわなぁ……聞いてるだけの私もかわいそうってガッツリ思うもん。後ドゥブルさんすいません、さっきの感想は撤回します。
というか、そっかぁ……私を遠巻きに見てるだけだったのって、そいつらと立場的に似てる私を重ねて見てる可能性もあるのかぁ……そりゃあ遠巻きにもするわな。
「……アレウス様が大公家に移るに当たり、久々に会った同期の親友に、この話をしたのですよ。先ほどあなたが話題に出した、マクレスに」
ううん?
「そうしたら、『我が家のお嬢様なら、もしかしたらなんとか出来るかもしれない。こういう時は、下手に小細工をするよりも力技の方が有効な時がある』と言われ……」
「あーなるほどわたしにこのはなしをしたわけがわかりましたわ」
じぃぃいいいいいいいっ!? なーに私にサラッと重要な役割を押し付けておりますかぁあああああ!? 貴方様が助けになったげて!?
「……貴女がこの家に来る、と言う話になった時、ここしかないと思いました……まだ会って間もないアレウス様の事ですが、なにとぞ、よろしくお願いできないでしょうか」
「あ、えーと、その、ですね」
い、言えねえ! もうその子にめっちゃ警戒されてるって! 多分だけど、大公直系の私と、位が上の悪餓鬼共を重ね合わせてトラウマ発症してそうとか言えねえ! 口が裂けても!
「こうして話してみて思います。マクレスの目に、狂いは無かった、と。その聡明さ。しかしながら子供の側面も色濃く残した貴女なら……もしかすれば!」
「わ、わかりましたー、がんばってみますー」
そうやって言うしかないやん。断るなんてさ、いや無理よ。
この話を思いついたきっかけは、食事の時素の入った瓶をひっくり返し、頭から被った事です。




