頼れる大人は、ミドルを超えたシルバー
贈り物は大丈夫。うん、そこまでは実に順調だったわけ、なのだが……ここに来て、シャレにもならない、とんでもない試練が降りかかった。いやまぁ、必然、と言えない事もないのだが。
「ち、畜生……私に文才なんかあるわきゃねぇだろうが……バカでしょ……!」
「旦那様らしいと言えばそうですが……お嬢様は、災難でしたな」
「爺……助けて、代筆して。お父様すら認める超頭脳見せて」
「それはなりませんな。こう言った事も、お嬢様の経験になるのです。それに、お嬢様と私では、筆跡が違いすぎます。奥様はおろか、旦那様にも即座に露見いたします故」
「一分の隙もない正論で笑いが漏れるわ……諦めて頭捻ろ」
隣の爺様に助けられながらも必死に立ち向かっているのは、バースデーカード、である。まあ正確にはそれっぽい、誕生日を祝う手紙だが。
『メタリア、お祝いの手紙を書いてみないか?』
新しい家族へ、祝福の気持ちを込めて。家族からのメッセージを送るのだという。自分達は、君を歓迎していると、知ってもらうために、と。愛に溢れたお父様らしい、とても暖かな考えだった。
んな真っ当なこと言われて、断れるわけがなかった。
「……だめだ、そもそも文章の体を成していない……」
「どれどれ……あぁ、これは酷い。文字を覚えたばかりの子供の方が、もっと純粋で良い文章が書けるでしょう」
「あの年頃のお子様の透明感と比べないで爺……」
「いや、あなたも子供ですよ?」
「透明感あるように見える?」
「見えませんなぁ……」
でしょ? 言い切られんのも非常にムカつくが、事実なのでスルー。この人には、まあ素を晒して接し、だいぶ迷惑をかけているので文句を言い返すなど無理。まぁ、隣のマクレス爺に任せりゃ何とかなるでしょ。
頼むぜ、使用人統括!
この世界が、ゲームの世界だと確信を得た、書斎へのスネークミッション。正直、当時の私はこれを成功させるために、ありとあらゆる手を使った記憶がある。
寝たふり、だだこね、ぐずる……三歳の特権をフルに活かしたラフプレーで、何とか私一人を部屋に残させることを成功させ……その代わり、この年まで残っていたプライドのような何かを全て磨り潰したのだが。
「……お嬢様?」
「まくれす、さん」
しかし、その全てを賭けた一手で、重たい木製の扉を、時間をかけて開け、書斎に突入したその時、遭遇した相手が、マクレスさんだった。終わったと思った。
「あ、あぅう」
我が両親を始め、さすが大公家と言うべきか、我が家には有能な人が多い。
その中でもお父様の懐刀、七十代にもなるというのに、老いによる陰りすら見られない天才。ゲームでキャラとして出てこなかったのが最も惜しまれる、この世界の人物ナンバーワン。個人的にそう思っているのが、マクレスさん。
「こんな所で何を……確か、今はお昼寝の時間であった、と記憶しておりますが」
今も思う、このチート爺さんに、口で勝てる気はしない。実力行使でも勝てない。そも勝てる部分がない。ゴキブリぐらいにはなった今の私と違って、アリと同レベルの昔の私では勝ち目はゼロだ。
「あ、あの。ごほんを、その」
「こんな書斎に、本を?」
それでも、何か、何か言わねば。この世界の如何が、私の行方の如何と直結しているのだ、何とかして、この状況を切り抜けねば、明日の朝日も拝めぬと。それくらいの気持ちでいた。
「……ふむ。お嬢様。こちらの書斎にある本は、少々難しい内容の物も多い、というのもありますが、そもそも本の大半を文字が埋め尽くしています故……まず、文字などは読めますかな?」
「はへ?」
まあ余裕が無かったので、そんな事を言われた時、いやどういう事なんだろうと。まず思った私は悪くないと思う。だが。
「……あっ」
よくよく考えたら、そも私が文字が読めないという事を失念していた。元リケジョが聞いてあきれる、猿知恵とはこういう事をいうのだろうと、ハラハラ泣きながら崩れ落ちたのだ。
「お、おろかものだ、わたし……よ、よめもしないというのに」
「左様ですか……読めないのですか」
いやもう、その時のマクレスおじじの表情を思い出すだけで顔面自然発火現象を引き起こしそうになるわ。すごい優しい、残念なものを見る微笑みだったよ。
「……すみません、おへやに、もどりますわ」
正直恥ずかしさと諸々で一刻も早く逃げ出したくなってた。将来への備えとかは、頭の中からさらっと消えていた。いやもう、全力で逃げ出そうとしようとしたその時、その時だったか。
「……ふむ、宜しければ、私が本をお読みしましょうか、お嬢様」
「へ?」
「あの、ありがとうございます」
「いいえ、それで……ええと、どちらの本が読みたいのですかな」
「えっと……その……このおうちのことが、しりたくて、きたんです、けど」
「ふむ、そうすると……建築、等ではなく、オースデルクの家についてという事なら、史書がよろしいか」
正直、困惑の方が強かった。何せ私的には、速攻で、普段からお昼寝をしている部屋に戻されるんじゃないかと思っていたわけで。どうして私の冒険に付き合ってくれたのか、全く分からなかった。
「ふむ、こちらが良いか……それでは読ませていただきます」
「お、おねがいします」
まあそこから結構長い間、この家の色々な成り立ちやらとか、聞いていた。当然、この家のある国の事も、聞いた。
「……と、こうして、この家の今のご当主様、つまり、お嬢様のお父様の代に……お嬢様?」
「おわた」
子供にも分かりやすいように、丁寧な語り口で、よく噛み砕いて、いらない部分は省略して。とても、とても分かり易かった。分かり易かった故に、否応無く現実を受け入れざるを得なかった訳で。辛かった。
「だ、だめだ……どうしようも、ない」
絶望に負けて、思わず膝を床に着いた。運命というものが存在すると、初めて思ったものだ……さらに。
「……お嬢様、何やら、苦悩されているところ申し訳ないのですが、一つ程お聞きしても?」
「ふえ」
「やはり普段は猫を被ってらっしゃるのですかな?」
「ゔぇ?」
そんな事をまたまた唐突に言われ、いよいよ頭は真っ白になった。
頼れるお助けキャラ参戦。
ウルトラマンにおけるウルトラの父レベルを目指して見ました。