乙女ゲーム界最恐のスチル
えー、おとんとの話し合いからもう一週間になります。頼み事? 引き受けましたよそりゃあ。多分、不可能なことじゃなかったからね。
「お姉さま。わたしたちのおとうと、というのはどんな子なんでしょうね」
「さあ、わからんちん」
アメリアが言う通り、今、私達がベランダから見下ろして待っているのは弟です。はい。弟です。まーた家族が増えます、はい……っていうかどんな子は少しは知ってるよ。
「やさしい、よい子だといいですね!」
「そうねー」
ほんと、良い子だといいなぁ。具体的に言えば実の……ではないけど姉にガチ惚れしてその挙句、その一つ上の姉を処断するような子じゃないといいなぁ……はぁ。
「どうしてこう……ああいや、この位の過密スケジュールってのが普通なのか、物語ってのは。はは」
「お姉さま?」
「ダリア様のお家から養子を取るぅ!?」
「そうだ」
「お、お母様達と話し合いは!?」
「済んでる。お叱りも貰ってる。ほら、背中真っ赤」
「うわぁ……うわぁ‥…え、ちょっと待ってください、で、それで私に何をしろと」
「その養子の子が大公家になじめるように、何とか頑張ってほしい」
「えっ」
以上、自分が絶望するに至った昨日の経緯を会話オンリーのダイジェストでお送りいたしました。おとん、何とか頑張ってほしいって何ですか。
「でも、だいじょうぶなんでしょうか。私とお母さまがここにすみはじめたばかりなのに」
「大丈夫じゃないでしょうね……全くもって」
「えぇ!? そうなんですか!?」
でもそうせざるを得ないのだ。子の養子作戦で強引に緑鷲の身内になって繋がりを作って、赤狼との戦いに緑鷲を巻き込んで、互いに手出しをしない状況を作り上げないと、いつまでも戦いは沈静化しない……Byお父様。
「でもその辺りはお父様もしっかり考えていると思うわ。私たちが気にするべきは、シュレクと同じように、その子が私たちの家に馴染めるか、よ」
「なるほど!」
まぁシュレクは始めっからコミュ能力投げ捨てマンという明確な弱点を発見できたからまだ良かったけど、今から来る子はそう上手く行くかはわからん。
「……ま、私的にはもう一つあるけどね」
「え?」
「ん? あぁ、なんでもないわよ」
今からくる少年は、この大公家の長男、そして姉弟の第三子にあたる。私にとっての最大級の厄ネタだ。その名は、確か……アレウス。
アレウス・オウル・オースデルク。アメリアの攻略対象の一人、である。
アレウス。守ってあげたい系男子でメインは兎も角サブヒロイン的人気としては不動の地位を確立した彼のスチルは、一々エゲツナイものが多い。
「姉さま、僕、姉さまとお散歩したいです」
淡いシアンの髪から覗く、童顔可愛い系のイケメンの上目遣い。枯れかけの喪女には劇薬に近いスチル。
それに加え、声もやばい。皆様は、カウンターテノールをご存じだろうが。要するにテノールより一段階高い合唱のパートで、普段使いの声ではないのだが……このキャラ、なんと声変わりしているだろう年齢ですら、常にそのカウンターテノールなのである。
『僕、姉さまとこうやって静かに過ごしているのが、好きなんです』
この声で、ただでさえ中性的かつ年齢も少し低く見えるというのにブーストがかかる。他のショタ系と違ってタッパが普通でも愛嬌がバリバリなのである。
『……僕だって、男なんですよ』
そして普通にタッパがあれば、女性に対してちゃんと男らしさも見せつけられる。可愛いだけでは終わらないという二刀流の使い手。
『あなたを姉と思ったことはない……僕の姉は、一人だけだ』
そしてその声がテノール堕ちし、私を追い詰めるスチルも当然存在する。そのスチルの恐怖ポイントは、なんといっても目だ。
『それを理解せずに、幾つもの蛮行……お父様やお母様、姉さまに迷惑をかけまいと我慢してきましたが……もう、堪えるつもりはありません』
そう言ってのぞき込んでくる片目、グルグルしている渦巻いている上に完全に光を閉ざしているのである。とある攻略対象と双璧をなす視覚的恐怖スチルが、アレウスのバッドエンドの一つである、『狂気のヒトミ』。そこで見られるアレウスの狂気の極地、初めて見た私は漏らした。
『……覚悟しろ』
そしてスチルは最終的に、アレウスの瞳オンリーに……
あっすいません私は違うんですっていうかこの物語はアメリアの物語だろなんでこういう時はメタリア視線なんですか嫌ホント助けて許してひええええええっ!?
「お姉さま? お姉さま!」
「はおっ!? なんだ、白昼夢か……」
「はくちゅうむ!? よくわかりませんけどそんなものみてだいじょうぶですか!?」
平気とちゃいますわ。余裕ゼロってあれ、なんか馬車が止まって
「もう、わたしたちのおとうとが、もうすぐおりてきますわ」
「はえぇい!?」
えっ、待って心の準備があっ
「さ、アレウス。今日から、ここがお前の家だよ」
「……ここが、ぼくの」
あっ、シアン、メカクレ、ショタ、あっあっあっあっあっ……
「おや、これは大公様に大公妃様、それにメトランさんも、わざわざお出迎え、ありがとうございます。さ。ご挨拶なさい」
「えっと、アレウス・オウル・ローバルト、です」
いやー、ぺこりとお辞儀、うまいねー、イヤー礼儀正しいわ、その顔があの恐怖のスチルと重ならなければ全然良かったんだけどねぇええええええ!?
「あらまぁ、しっかりご挨拶出来て、偉いわ。ねぇルシエラ様」
「えぇ。急な事で戸惑いもあるでしょう。ですが、私たちはあなたを歓迎しますから、安心なさい」
「……まあ、急にお母さんが変わり、二人になるというのは、少し……いや、それ以上に戸惑うかと思うけど、少しずつなれていって欲しい」
眼下で、出迎えているお父様達。多分あそこにいたら、私倒れてたよ……ひ、膝よ笑うな、頑張るんだ……こっからやぞ!
実際こんなスチルがあったら私は泣きます。吐きます。夜中とかやったら間違いなくトラウマになります。