ヤクザな因果で婚約の盃
ジョークじゃないじゃないか!
「どうしてだ! どうしてこんな事に! 私だってわからない!」
「落ち着け、錯乱するなメタリア。先ずは深呼吸だ」
「誰が錯乱しとるかこのハゲ……じゃないなイケメンだな! 後シュレクに悪気はないのは分かってるよ、ごめんね!」
「褒めてもらえるのは、悪い気はせんな」
どういたし……ましてじゃない! お礼を言ってる場合じゃない! なに、何がどうして私の婚約者がこの天然ド失礼イケメン王子に決まった!?
「お、お母様、何が起きたらこのような! 珍妙の極みのような事態に!」
「これから説明するので、まずは大人しくしていなさい」
「はい」
バカな、体が言う事を聞かない! 勝手に正座を! 椅子の上で! お母様に、ちょうきょうされきってしまっているというのか!
「あなた、お願いします。私から説明しても構わないのですが……この場合、適役はあなたでしょう」
「分かったよ」
あ、話すのはお父様なのね。まぁそういう決定をするのはお母様よりもお父様だよね。どっちかというとお母様は実働隊専門だし……まあ、武術とか全然ダメだと思う私としては、多分一生お世話にならないだろうなって。それは兎も角。
「さて、メタリア……シュレク王子との婚約、いきなりで、びっくりしたよね」
「そりゃびっくりもしますわ、度肝抜かれて意識飛びそうになりましたわ」
なんの脈絡すらなくいきなり王族と結婚て、あんまりにも出来の悪いシンデレラストーリーでもない展開よ? 分かってらっしゃる?
「まぁ、色々と理由はあってね。まず、王子にはやはりそれなりの箔が必要とされているんだ。婚約者であってもそれなりの地位にある人である必要がある。それで、今回の一件で大公家の娘と渡りをつけられたと王宮が判断して……」
「で、私ですか?」
なるほど今回ちょうどいいのが見つかったからお買い上げと。なんだ、私はセール品の家電と違うぞ。あんまり舐めた真似しとるとドラミングして威嚇すんぞオラ。
「まぁ言いたいこともあるとは思うけど、それだけの理由じゃないから、ね」
「……ほかにどんな理由がおありでお父様」
よっぽどの理由じゃないと納得せんぞ。
「うん。シュレク王子を狙う輩の掃除は終わったとはいえ、全てじゃないからね。まだ王子にとっての危険は残っている。それを、ほったらかしにしておく訳にもいかない」
「はぁ、そうなんですか」
お父様が処理しきれないとかそれだけで怖いな……じゃなくて、それがどーしたというんだそれが。
「寧ろ、今回で粛清されないように立ち回って見せた者達の方が脅威だ。そういう輩に対し、今後、私たちは向き合っていかなくてはならないんだ」
わーたいへんだこと。おとうさまがそんなにいうひとなんて、めたりあこわすぎてないちゃう……ガチだよ馬鹿野郎! 何なら吐きもするぞ!
「そこで、私たちは一種の予防策を打つことにしたんだ。シュレク王子に何かあったときに、即座に動くための大義名分、とも言える」
「予防策、ですか」
「そう。シュレク王子により強いバックとして協力するために、親類としての、強固な繫がりを作って、他の者に対して牽制を行う。それが、今回の主な目的だ」
「……なる、ほど」
なんとなくは分かった。要するに、ヤクザの小さな組織がデカい組織と盃を交わして虎の威を借りる狐になる、みたいなものだろう。さっきのセールス品の衝動買いよりはよっぽど納得できる……出来るが!
「何も婚約者にまで指名することはないじゃないですか! こうやって家に招いて匿っているだけでも、結構な効果ありません!?」
「いや、それでは足りない。確固たる、大黒柱になるような繫がりが欲しい」
くっ、今日のお父様はやっぱり違う。何時もの甘々さんじゃない……わ、私の舌先三寸じゃどうにもならんか。だが、しかしここで終わるわけにはいかぬ!
「わ、私の希望は聞いて下さらないのですか、お父様!」
「メタリアの希望は、たぶん上辺だけのものじゃないかな。それを隠れ蓑に、生涯独身を貫き通すような、そんな気がするんだよ」
「ギクッ」
ば、バカなっ!? 見抜かれている!? 私の華麗なる独身貴族計画が始まる前にまさかの頓挫しただと!? そ、そりゃ前世でも彼氏いない歴=年齢だったし、結婚とかダルいしこのままなぁなぁで婚約者も作らずで、アメリアと姉妹仲良く細々行こうかと思ってたのに!?
「図星、だね。少しは、私もメタリアについて、よく理解できてきたかな」
「あは、あはははははははいやまさかそんな悲しい考えするわけないじゃないですか」
「メタリアに一人でいてもらうのは、私個人としてもとても悲しいから。でもメタリアを守れるだけの力を持った人でないと嫁にはやらない、とも考えていたし、ちょうどいいかなって」
力って権力ぅ!? そういうんじゃないでしょ!? もうちょいこう、メンタル的な強さとか、そんなんと違うんですかお父様!
「私もいつまでも、君を見守れるわけじゃない。今の内に任せておける人を探していたんだよ、秘かにね。そして、王宮と完璧に利害が一致して、この話が出来上がった」
巣立ちの準備を整えるというのは寂しいね、じゃねーわ何を遠い目をしておられますかこの御父上はいい話風にして誤魔化すなぁ!
「だ、だからってこんな急転直下で勢い任せに婚約者決めるとか前代未聞でしょ!」
「メタリアならそんな前代未聞も誉め言葉に変わるよ、大丈夫!」
「肝心なところを親バカコーティングでガードするんじゃあない! 現実! 私! 常識しらずのビースト!」
冷静になってちょお父様!
「お、お母様も何か言ってください!」
「……」
「お母様?」
お母様どうしたんだろう、俯いて。
「半日、だそうです」
「へ?」
「半日。この人は、納得できるまで半日なら、私に真剣を用いて全力で嬲られる覚悟がある、と」
「分かった! 分かったお父様! 納得する、納得するから無茶はやめて!」
死ぬ! 半日といわず一時間ぐらいでボロ雑巾になって死ぬから!
貴族ってのは因果なものですね……