幕間:お父様から見たお嬢様
「……あぁ、目が、目がおかしくなりそうだ。いよいよ文字が踊りだしているようにすら見えてくるよ。家に帰りたいな、娘二人と嫁二人に会いたい。癒されたい」
「つい先日まで奥様方への対応で胃を痛めていたとは思えない反応ですな」
「もうグダグダ考えるのはやめる。非効率だ。どっちも大好き、心から愛してあらゆる災厄から守り抜く。男として、言えるのはこれくらいだ」
「大変男らしい事で」
それが皮肉なのは分かっているが、それでも、肯定されるというのは悪いものでは無いかな。さて……書類は、あと何枚残ってたっけ……あれ? こんなに分厚かったっけ?
「追加いたしました。今日中にこの二倍は熟していただかねば」
「マクレス……君は私を殺すつもりなのかい?」
「そんなまさか。まだまだお若いのですから、お嬢様方と奥様方、屋敷の使用人、それに大公領の領民達も、しっかり守っていただかねば」
どうやら私の懐刀は、今日もあまり甘くはないらしいな。
「全く、少しくらい甘やかしてくれても天罰は当たらないのではないかね、マクレス」
「敏腕で鳴らす、歴代随一とも噂される大公様を甘やかして、時間を無駄にしたとあれば一大事。何せ貴方の時間は万の黄金にも勝るのですから」
「つまり無理と……歴代随一なんて、ただ経験でごり押してるだけなんだけどね」
こんなのは地道にコツコツやっていれば、どうとでもなるものだ。むしろ、称賛するべきなのは……もっと、天性の感覚で、あらゆる障害を破壊するような少女だろう。
「お嬢様について、お考えですかな?」
「……分かってしまうか」
「そりゃあ分かりますよ……見るからに緩んでらっしゃいますから」
「そっか」
まぁ、そうなってしまっても仕方ない。自慢の娘だ。
「ふふ、アメリアも当然だが、手がかかる様になって、逆に可愛さが増してきたよ、メタリアは」
「……シュレク様を大公家で匿うのは宜しいのですが、しかしお嬢様達……と言うより、メタリアお嬢様との接触は、やはり出来るだけ無くす様にするべきだったのでは」
……ん? どうにも含む言い方だがって、おいおいなんて表情してるんだマクレス。まるで唐辛子でも噛み潰した様な表情をして。
「なんだい、シュレク王子が心配かい?」
そんな風に聞いてみればしかし、まさかとだけ帰ってきた。眉の寄せ方が、さらに深いものになってた。おっとこれは、藪蛇を突いてしまったのだろうか。
「まさか。メタリア様の勢いからして、万が一でも王家の問題に首を突っ込んでしまいかねない。我が家の乱れ花は、未だ確とこの世に根を張っているわけでもありません」
「メタリアが巻き込まれれば、王家にとて弓を引くと?」
「その程度の覚悟、と思われるのは心外ですな」
どうやらこの顔からして、本気らしい。どうにも、私たちはメタリアに甘いと見える。
「アメリアにも、かい?」
「……無論、でございます」
「嘘はいけないな。君はどちらかと言えば付き合った年数で判別する方だろうに……大丈夫だ、アメリアは私が目をかける。メタリアを、頼むよ」
「……承知いたしました」
さて、メタリアもそうだが。もう一人の方は、どうだろうか。
「シュレク王子は、元気そうかね。我が家に馴染めていそうかね」
「まぁ、馴染めていると言えばそうですな。と言うより、お嬢様がひっかき回して無理やり馴染ませようと努力されている次第です」
「あー……メタリアらしいと言えばそうかな」
まぁ、息の詰まる様な空間は嫌がる子だ。自分では敵わぬ相手の居る場所からはさっさと逃げ、どうにか出来そうな相手なら食ってかかる……みたいな子だし。
「先日など、物を投げ合って喧嘩をしておられましたなあ……あれは見応えが」
「いやまってそれは止めて? どうしてそんな事態になったのかはさておいて」
食ってかかるの域を軽く超えてた……どうしたの? メタリアは王家に禍根を残したいのかな? やめて? パパの胃を破壊しないで?
「……しかし、私としては、このままの方が宜しいと思いますが」
「どうして……いや、そうか、シュレク王子に対してなら、メタリアくらいの方が……」
……シュレク王子は、あまり感情を表すのがお得意な訳ではない。それは、何か特別な理由があると言うわけではない。生来から、そうであるとしか言えない。
「子供らしくない、大人びて居る、と言うのは必ずしもよく働くわけでもない」
「故に、感情と本能で行動していらっしゃるお嬢様を充てる方が刺激になり得るかもしれない、と言う事ですか」
「そう言う事……だが、それでもメタリアの自由奔放さは正直想像の枠を超えてたよ」
そんなもの投げ合って喧嘩する様になるとか、子供の変化速度を舐めてたよ。感情ないわーどうにかしなきゃならんわーとかそんなん甘いレベルだったよ……
「はぁ……全く、私の娘は本当に、いつも私の予想の外に吹っ飛んでいってしまう」
「シュレク王子の適応能力も異常だとは思いますが」
全く……よく喋る様になったのは、喜ばしい事だとは思うが……っと、これは。
「王宮からの連絡だな……シュレク様を狙う、ディラン様派閥、ゼン様派閥、そして強いてあげるなら『王族』派閥。それぞれに所属する相手が分かった、か」
「敵が分かれば、誰をどのように打ち倒すかも分かって来るという物ですな」
「あぁ」
この、城に置いての私の部屋、ここに大量に保管されているのは、資料だ。それも、『様々な貴族の弱みや、弱点』に関するものばかり。私が、防戦を主としていた時に、集めていたものだ。
「これを元に、塊にして殲滅するなり、互いにいがみ合わせ自滅を誘うなり。手だても無数にある。時間がかかるかはともかく、潰し損ねるということは無いだろう」
「流石、王宮一の辣腕と呼ばれるだけはありますな」
「あまり褒めるなよ……こんな後ろ暗いやり方で」
と言うか、そんな風に褒められても一切嬉しくない。褒められるなら娘達に『おとうさますごい』と褒められたい……いや、そうなるように全力で努力しようか!
「すぐに終わらせるぞ、娘たちに会いたくなってきた。こんなくだらない仕事に手間取ってられない」
「……はいはい、承知いたしました、それで本当に仕事を進める速度が上がるのが、恐ろしいですな」
父親なら皆そんなもんだろう。
お父様がカッコつける回です。
後、マクレスさんとの会話を楽しんでもらう回でもあります。




