有能お父様からダメダメお父様へ
「……だからね、メタリア」
「は、はい」
視線が鋭い。いつもの残念おとんとは全然違う。かといって大公の顔でもない。『父親』としての厳しくも、愛にあふれた顔、と言っていいだろう。
「今回みたいに、私にも、爺にも何も言わず、情熱のままに突撃するのは決して、良い事とは言えないんだ。多くの人に心配をかける。迷惑も、かける。もし君が悪党どもに捕まっていたら、もっとひどい結末を迎えていたかも……」
「いいえ、たいこ……お、おとうさま! おねえさまのあのでんこうせっかのうごき、けっして、わるいひとなんかにつかまるわけないですわ!」
「うん、私もそう思う! ホントは私も怒りたくなんてないよ、むしろ褒めたいまであるわけよ! だってさ、だってさ、可愛い可愛い娘二人が、一方は雄々しく、一方は恐怖に負けないように、冒険譚にもできそうなことをざびげ!?」
あっ、お母様それは鎧の兜で振りかぶって殴るものでは……って思う前にはもう殴られてるし。怖。
「あなた、これで、何回目、ですか」
「……十回目です」
「そうです。十回目です。メタリアと、アメリアに、このような、危ない真似を、二度と、させないようにしっっっかり言い聞かせる、と、私とマクレスと、最初に、約束しましたわね?」
「……はい」
うんまぁ、はい。母上様のおっしゃる通り。お父様のお説教は、当初の予定を遥かに過ぎて延長となっております。途中でティータイムが一回、昼食が一回挟まり申した。
その理由というのは他でもない、隣で私の腕を掴んでいる、我が妹なのですが……
家に帰って、即座に思いっきり頬を張られた。誰に? お母様にだ。
「……私は、子供が逞しく、強く、育つことになんの抵抗感も抱きません。むしろそれは歓迎すべきことであり、逞しく育てば、誇り高くも育つ。逞しく育つためには多少の腕白も必要だと、考えてもいます」
お母様は、少し、涙ぐんだ声でそう言った。
「ですが、今回の事はその範疇を超えています。無茶、無謀、無策。若い未熟な騎士一人を引き連れての強硬。楽しい冒険とでも、考えていたのですか?」
そこまで至ったら、もうお母様は泣いていた。あの、冷静クールを地で行くお母様がである。結構貴重な瞬間だと思った。
「死んだら、どうするつもりだったのですか。あの時、あの場で、あなたを見た私が、どんな、どんな……私の、たから、ものが……きえて、わたしの、ぶざまで」
もう完全に泣いて、最後は私を抱きしめていた。
そんな状態のお母様からありがたいお言葉をかけて頂いていたわけだが、お母様のガチビンタ痛すぎて内容を理解するのが精いっぱいだった。感じ入るとか無理だった。
「おねがい、むちゃを、しないで。あなたをうしなったら、わたしは、わたしは……」
「ほべんなさいおかあさま」
だからもう勘弁してほしいっすとか思ってた。かけらも反省とか出来なかった。うん。改めて反省したいとは思ったけど、直後は無理よ。痛いもん。いやもう、頭吹っ飛ぶかと思ったよ。
「……やくそくよ」
「ふぁい」
兎も角約束しねぇと今度は頭が残らない。そんな本能的な恐怖で約束をしました。もう無茶な真似は出来ねぇなぁ……実力行使はするなと言われてないので、いいけど。
とか思ってたら、次は爺だった。
「いいですか」
お母様から引き渡されて、そっから始まったお説教。ベッドに寝かしつけられて、寝るまでの子守歌代わりにこんこんこんこん聞かせやがった。全部正論だった。
そして起きた直後。
「……おはようございます。では、朝の支度をしつつ昨日の続きです」
朝からお説教継続だった。思わず猿のように逃げ出した。四つん這いで、必死に。
部屋を飛び出し、廊下を駆け抜けて、お母様の部屋まで行ってお母様のてっぺんから威嚇した……らしい。部屋から逃げ出した後の記憶は、無かった。
「……マクレス」
「申し訳ありません、些か、やりすぎた模様です……もう完全に化けの皮を被るのはやめになされたようですな」
そんな風にしょぼくれてる二人を見たのが、記憶の続きだ。
さて、さてさて。
母と爺が終われば、続いては当然、あの方が待っている。
「……二人とも、こっちへ」
「「は、はい」」
お父様の執務室に招き入れられたのだ。メトランさんに絞られたらしいアメリアと共に。
正直に言えば、ちゃんと私たちを叱れるんだろうか、という思いはあったけど、即座にそんなんは杞憂だと理解した。もうそれくらい、最初の部屋の空気はシリアスだった。
「……座りなさい」
「「はい」」
「自分達が、何をしたか、分かっているかい、二人とも」
「h「はい! おねえさまはだれよりもゆうかんに、だれよりもはやくに、おかあさまたちたすけにむかわれました! だれよりもたいこうひさまをあんじるそのおもいはとてもすてきなものだとおもいます!」えっ」
「うんうん、わかる! 私も怒るとか、叱るとか、その前にメタリアのその思いはとても尊いものだと思ったよぉ!」
「えっっっ」
残念ながらシリアスは一ターンも持たず霧散してしまったけど。
そしてどっかから飛んできたお母様の全力スイングケツバット……ならぬケツ鞘付き剣でトークは中断された。あまりの出来事に、私の思考の力は凍結した。
「……えっ」
そして、こんな感じのやり取りを繰り返し、場面は冒頭に戻るわけである。
逆も然りです。




