そりゃ肉片が顔に貼り付けば腰も抜けますよ
さて、皆様。お母様の強さとは、どの程度のものなんでしょうか。お答えしましょうその疑問! 私、現場のメタリアが!
「……これで終わりですか、案外少なかったですね」
分かりやすく言えば、ラスボスっているじゃないですか。アレです。どんだけの数を揃えて突っ込んできてなお、覇王の風格を保ち、一撃を持って悉くを沈める。選ばれし勇者じゃないと勝負にすらなりません。
「……お、お見事でした、奥様」
「相手にとって不足しかありませんね」
発言が強者。そんなん選ばれた人しか言えませんわ……
あと、戦っている最中に肉片を飛び散らしてなお無反応だったのも強者感醸し出してらっしゃります。血しぶきを剣で引き裂いて戦闘続行。やばいわ。
「すごかったですね、おねえさま……あと、だいじょうぶですか、その、かおの」
「べちゃべちゃするよう……」
その血を引くはずの私? なんか原型の分かんないうっすい小さいお肉の破片がおでこに張り付いただけで腰が引けております。いやすっごい血生臭いんだもん……無理、腰引けちゃう。
「いま、とりますね」
「うん、ありがとう……」
うわなんの躊躇いもなく持って行った。気持ち悪いとかそんなんすらなし。凄い、力強い。うえええ、なんか垂れてきたよぉおおお……赤いよう、錆臭いよう……
「あの、おねえさま、ないてますけど、だいじょうぶですか?」
「頑張るぅ……」
答えになってないけど許して。大丈夫なんて言い切るだけの余裕はないんだ。
「お嬢様方、さ、参りましょう……とりあえず、今の所は敵の姿は見えません。急ぐなら今かと」
「わかりました。おかあさま、おねえさま、いきましょう」
「あ、はい」
進む道の周りから呻き声聞こえてくるのは無視。SAN値が持たない。っていうかアメリアはその辺りはガンスルーなのね。たくましさにブースト掛かってる気がする。
っていうか絶対二桁はいるよこれ。マジで誘拐犯全滅までありえるんじゃなかろうか。
「奥様、流石に先頭を行くのは……私が」
「いいえ、貴方はメトランさんと二人を。最も実力のあるものが戦端の真っ先を行くのが道理でしょう」
ロイ君、白鯨騎士団としての面目丸つぶれの巻。いやまあしょうがないというか。お母様は白鯨騎士団産じゃないから、まあ、そのあたりで妥協して、ね?
「し、しかし奥様は、今回においては」
「とは言え総大将が突っ込むのがあまり褒められない、というのは理解しています。では聞きますが、あれだけの敵を一人で凌げますか? 私と同じ条件で」
「……はい、私では力不足かと」
おっと自ら面目を丸つぶれにして行くぅ!? さっき諦めときましょうや、自分で傷を抉りに行くのは笑い話にもなりませんからねぇ!?
「あの、ルシエラさま、私達を助けに来てくださった騎士様、そのような言い方……」
「メトラン様……あり、がとう、ござい、ます」
哀れと見たのか、思わずメトランさんがフォロー……なんだろうか? に入る! 駄菓子菓子ロイ君これに更に涙目に! 男の子には、意地ってもんがあるんだよ!
「……騎士君、半ば独断専行、とはいえ、私を助けに来てくれた事には感謝します。そして助けに来た対象に危険を冒されたくはない、という思いも、理解出来ます」
「! お、奥様……!」
「ですがそれとこれとは話は別。必ずや無事に帰るために最大限の努力がいるのです。私が守られているばかりでは最大限の努力にはなりません。理解なさい」
「……はい」
優しい言葉をかけておいて崖上に連れ出し、そのまま突き落として行くぅ! お母様カケラの容赦もなし! ロイ君が、ロイ君が涙目からレイプ目に!
「……お嬢様方、参りましょうか……」
「ろ、ロイ? お母様がごめんね、大丈夫?」
「……大、丈夫です」
大丈夫そうには見えません。しっかりなさって? 貴方も凄い頼りになるんだから。白鯨騎士団の腕前見事見せてください。いやもうほんと、頼りにしなきゃ私なんて即ゲームオーバーだし。
「さて……そろそろ、出口ですか」
「え、あ、ホント」
話している間にそんな進んでたんだ。月明かりの僅かな光が見える……あ、いや待ってなんかおかしい。光が坑道の入口の形してない。
「……よう、好き勝手やってくれたみたいだな」
「貴方は……!」
いやー入り口の所におっさんが、松明持たせた部下引き連れて並んどる〜! 凄い顔だ、明らかに怒っています! 眼帯に顔一文字の傷、これは明らかに格が違うように見えなくもない!
「先ほどの中に、顔が見えなかったから、おかしいとは思っていました!」
「ふん、ふわふわした顔して、案外いい目をしてるじゃねーか、お妾さんよ」
さあ懐から抜き取るは……おぉっとカットラスに見せかけてのシミターだぁ! 装飾も実に豪華! 宝石とかもついてて見るからにお高い!
「雑魚共じゃ相手にもならなかったみたいだが……今は俺がいる、同じようには行かねいと思いな」
「……先ほどの輩よりは、マシというのは、事実でしょうね」
おおっとお母様のお墨付きが入るぅ! ただ残念だが、惜しむべきは私に武道の才能がない事! 強そうには見えるけど実際強いかは一切分からずぅ! 緊迫感はいささか伝わり辛い!
「あの、おねえさま」
「えぇ、そうねアメリア」
そして何よりも……私達救出班には致命的な問題点がある!
「あの、お母様」
「……なんですか、メタリア。流石に少しは余裕を捨てねばなりませんから、もしかすれば巻き込んでしまうかもしれません。離れて」
「あのお髭の方、いったいどちら様なんでしょう?」
「わたくしたち、はじめてあったので、どちらさまかまったく……」
――その時、私は人生で、いや前世も含めても、初めて時が凍る音を確かに聞いた、気がした。
作者は腰が抜けるどころか泣く自信すらあります。