母親は論理的と言う話
「――しかしですね、奥様。ご家族でも、あまり長い間居る、というは先ほど申し上げました通り。看病と言うのは一人で、ですね」
「分かってるわ。けど、部屋の近くで待機して、この子の面倒を見る人が必要ですからね。それを私が勤めるだけですよ。この子の傍にずっといる、とは言っておりませんわ」
まぁ確かに言ってはいない。とはいえ看病をこの人がしてくださるとは、予想の範疇外ではあったんだが……
「……分かりました。最低限の接触以外は、出来るだけ避けてくださいね」
「あらあら。まるで流行り病の病人にするような対応ねぇ」
「患者の事を考えれば、一人の部屋で、偶に誰かが会いに来る、位が理想なのですよ」
今は案外そうでもない……いや、そう言う説が出るのは遥か未来だったか。まだ現代感覚が抜けなくていけねぇや。
「それでは……くれぐれも、お気を付けて」
「はい、わかってます……もう、心配性な先生ですこと」
心配性っていうか、まぁ患者に誠実って言った方が良いんじゃないかな。出来るだけ早く治るようにって考えてくれたんだし。私としてもそういう先生でありがたいと思う。
「ふー……じゃ、始めましょうか。っていっても、何かして貰いたい事が無いと、私は出ていくだけなのだけど」
「あの、じゃあ早速お願いしたい事が」
――グゥ~
「あらあらあら? 今の可愛らしい音、もしかして?」
「……すいません。本当にすいません……あの、厨房にお願いできないでしょうか」
まぁおちびたちに突撃されたり、先生に色々診察されてたりしたけど。全く食事に関してはスルーっていうね。正直何か食いたかった。それを口にする前に腹が返事をしたっていうね……淑女として。
「ふふっ、元気な証拠ね。それじゃ、行って来るからそれまで待っていて頂戴」
「はい……」
く、診察の最中だし流石に自重しとこ……とかいい子ぶるんじゃあ無かった。普通に先生にお腹が空きましたって言っとくべきだった……チクショウ……今絶対、お顔真っ赤だよね私……うぅう。
でもって。
「どう、美味しかったかしら? ふふふ。結構量があったけど、食べ切っちゃったわね」
「は、はい……」
チクショウ。持ってきてくれたプレートをあっと言う間に食い尽くしちまった。まるで野獣だよ、さっきの私……品性の欠片も無かった……恥ずかしい。
「さ、寝ましょうか。出来るだけ寝た方が良いのは、確かだと思うし」
「あ、はい……」
しかし、本当に手馴れてるっていうか。こうやって私を寝かしつける時も、ごく自然に背中を支えてくれたりしたし、うん。快適、快適。
「はぁ……本当に、早めに見つかって良かったわ。そうじゃなかったら、こうやって貴方を看病する事も、出来なかったかもしれない訳だし」
「……私を探してくださったのは……メトラン母様だと、聞きましたけど」
そう。こうして私を看病して下さっているメトラン母様が。わざわざ私の救出を指揮して下さった、と聞いている。正直、信じられるかと言えば、微妙なのだが。
「ちょっと皆様にコツを教えただけなのだけどね……特別な事はしてないわ」
こうしてふんわりと笑うメトラン母様は、そういう方面とは一切無縁に見える。いや実際、今でも無縁だと思っている。どっちかと言えばお菓子作りとか、そういう方面に魅力が裂かれている、と思っている。
「コツって、どんな?」
「まぁ、子供の扱い方の、かしら。繰り返すようだけれど、別に特別な事は言ってないのよ。えぇ。私に出来る事はしたかったから」
でも、お陰で探索範囲の絞り込みが出来たってお礼を言われちゃったの、なんて笑ってる辺り、やっぱり主人公のお母さんなのか、ヒーローとしての才能もあるのかと思う。
「因みに、どんなアドバイスだったんですか?」
「んー……子供は基本的に後先を考えない単純だから、まぁ馬とはいえ、仔馬が遠くまで走る可能性は先ずない、って言ったわね」
「……はい?」
待ってくれ。なんか物凄いこの人からは聞こえる筈がないような凄まじい発言が聞こえた気がしたんだけども……え? なに? 後先考えない? 単純?
「子供って、自分が何でもできるって勘違いしてるから、後先なんて考えないのよ」
「は……はい……そ、それで? えっと、その。それをおっしゃったんですか?」
「えぇ。多分親馬が付いてないなら、ブレーキも無し。自分で走れるだけ走って勝手に疲れ切って倒れ伏してるんじゃないかなって」
……ひえっ。
「……そ、それは、その」
「母親の勘、みたいなものよ。当たって良かったわ」
……いや、母親の勘で済ませるにはあまりにも怖すぎる、っていうか、合理的って言うか、理論的と言うか……メトランさんそんなキャラでございましたっけ?
「え、えっと……その? 凄い、ですね?」
「母は強し、なんてね。もう一回できるかって言えば、正直微妙な所だけど……あぁ、勘と言えば、なんだけど……」
はい?
「さっき、『ご家族はあんまり一緒に居れませんね』って、時。ちょっと笑ってたような気がするのは……どうしてかしら?」
――あばっ!?
母は強し。