姉対弟
……目の前にアレウスの顔。そしてめっちゃ迫られている状況。ロイ君はいきなりの事に完全に思考が停止してこっちを呆然と見つめている。気持ちは分かる。私もそうなりたけど私はそうなれない非情な現実。
「姉さん……僕の話、ちゃんと、聞いてくださいね……?」
「う、うん。分かったわアレウス。分かったからちょっとでいいの離れて」
「ダ メ で す」
きゅーん……迫力がしゅごいのぉ……私なんて姉じゃねぇ、もはや猛虎に睨まれた子猫同然よ。大人しく餌のカリカリ差し出すしかねぇんだ。あれ? でもカリカリって虎さん食べるのかな。寧ろ目の前の子猫を食った方が腹膨らむんじゃ……
「……僕は、姉さんたちが好きです。僕の事を助けてくれた、姉さんたちが」
「う、うん。そりゃあ、まぁ、弟が、困ってたら、ねぇ……助けないと、ねぇ?」
「放っておいて良かったんですよ……? 姉さんたちと違って、血は、繋がってないんですから。はい。放っておいても、ぜんぜん、誰も責めません」
っていうかどうして? さっきまでさぁ、こう『アレウスもああいうのやってみる?』的なほのぼのシーンだったのに。『はい姉さま! 僕もやってみます!』で終わると思ったのが。急転直下にもほどない?
「ち、血が繋がってなくても家族は家族よ! だから助ける! 基本!」
「――じゃあありませんよ? 姉さん。僕は元々の父さんから、ちゃんと貴族の事についても、色々教えてもらっているんです……色々、知ってます」
「え」
あ、そうですか。具体的には何を知ってるんですかね。
「そんなの酷いなぁ、って事も沢山聞かせて貰いました……僕も、それ一回経験しました。姉さんも、知ってますよね?」
「ま、まぁ、その。それに、私が、ちょっかいをかけた、訳でして?」
「そうですよね……その中には、血の繋がりとかの色々も、あったんです」
そうなんですか~。やー! どの世の中も世知辛ないなぁ……とか現実逃避してる場合ではございませんね。さっきから私の顔をド至近距離から覗かれてるとかいうこの状況に私物凄い覚えがございまして……今にも泣きそうです。
「家族っていうのは、色々複雑なんだよって、言ってましたよ」
「そ、そうなの。あ、あれよ! それが極端な例だったのよ! 多分!」
「あり触れた事、ではないのは否定しませんけど。そこまで珍しい事でもないと父は言っていました。その程度には、あるんだそうです。特に貴族というモノの間では」
そうだよ! あの最恐スチル! あの状況にそっくり!
メタリア断罪を行うあのスチルで……今こう、めっちゃ迫られてるわけですよ。だがあの状況とは絶対的に違う点が一つある……
「家族として、仲良くしてくれるなら。手伝わせてください……ね?」
「あ、いえ、だからね? 手伝う位、その、やりたいなら……」
「ね……?」
声が怖い訳ではないっていうか、明らかに声の調子が甘い! なんていうか! アメリアにするそれに近い気がする……! いやそれは気のせいだろうけども!
「アレウス、その……いまさら、なのだけど、聞いて良いかしら?」
「何でしょうか姉さん」
「なんでこんなに、その、近づいて、私の目を覗き込んでくるのかしら? なんていうか近すぎやしないかしら? ち、近いわよね!?」
だが分かる事はある。絶対にマズイ。このままではっ! アレウスはたぶん私よりアメリアに懐いてると思う。私が学校に行ってる間ずっとアメリアと過ごしてたわけだし。
「近くないですよ……? 家族っていうのは、これくらい近くても、不思議じゃない」
「そ、それは不思議だと思うわよ? 何事も、過ぎるのは、その良くないっていうし!」
「冷たく当たる家族がいるなら、暖かく絡む家族も、それなりの数は居ますよ」
それが急にこんな私に詰めて……まったく理由が分からない、っていうのが特にヤバいのだ! 怯えすぎ? 怯えるくらいで丁度いいって学校で学んだんだよ!
「ねぇ、姉さん。弟の僕に、もっと、もっと手伝わせてくださいよ……」
ひえっ頬に手がぁ!? そしてめっちゃ冷えてる!? めっちゃ冷えてる?!
「さっき、何て言おうとしたんですか? 一人でも、出来るって……?」
「い、いえっ? そんな事言わないわよ!?」
「嘘ですよね……こうやって、追い詰められると嘘が下手になるんですね」
ぴえん。見抜かれている……いや、見抜かれたのは私の所為じゃないと思う。アレウスが慧眼なだけだと思う。そう思いたい……!
「そんな寂しい事、言わないでください……僕はずっと姉さんと一緒なんですから」
「ず、ずっとって……いや、その、まって、意味変わってないかしら」
「アメリア姉さんと、メタリア姉さんと……ね、素敵だと思いませんか?」
ペースを握られている……アレウスに。マズイ。このままズルズルいくのは……
「――えぇ、とても素敵だと思う」
「あ、え」
故に……ペースを取り返す! ビビって流されるままにされたらアウト。こっからは私が話のペースを奪うんだよ!
「あ、あの姉さん……その、ですね」
キヒヒ、アレウス君。君も男なんだろう? 私もそれなりに美人な自信はあるからね。こうして頭を抱き締められればちょっと恥ずかしいんじゃないか?
「そんな一緒にしたいっていうなら、しょうがない。また二人でアメリアのドレス、考えましょうか」
「え……は、はい! ぼくも頑張ります!」
よし、なんとか抑え込んだ……あ、あぶねぇ。あの状況でアレウスが覚醒していたらまず何かが終ってた気しかしない。何とかして見せたぞ……
このまま押し切られたどうなるかはサッパリ考えておりません。




