誘拐と救出のセットはお嬢様の嗜み
……良し。迷う事はない。今こそ我が身の全てを賭けて叫べその名を。
「カモンロイィィィィィッ!」
「――お嬢様っ! 何事ですか!」
って早えぇ!? 扉開いたと思ったらもう目の前に! でも助かったぜ、ロイ君さえいればどんな問題もチャラや! さぁさ、やっておしまい我が従者ってなぁ! あ、でもこの距離だと……
「っと、動くなよ……!」
「っ、貴様ぁ! お嬢様に刃を向けるなど、八つ裂きに切り刻むぞ!」
「悪いな、俺も、手段を選んでいられる状況じゃないんでな。お嬢様は借りていく」
でーすーよーねー! そりゃあ首筋刃物で『動くな!』の王道パターンになりますよね当然! ここまで伝統の流れだと笑えるよ寧ろ! いや笑えねぇな。ちょっと、足震えてるしね。ヤバい声も出せない。トラウマ再発?
「安心しろ……あの坊ちゃん程、頭イカれちゃいない。殺しやしないさ」
あ、抱えられた……なんかガッシリしてて、ええ体しとるやんけ、おっちゃん。ちょっと怖かったのが少し安心するよ……いや、曲者に抱えられて安心するのもあれだけどさ。
「信じられると思うか、貴様……っ!」
「まぁそういう反応だよなぁ。だから俺だって、こういう手段せざるを得ないんだよ!」
「っ、まてっ!?」
あ~、ロイ君が遠くなる~運ばれている~……さてそろそろ現実から目を遠くするのをやめよう。やべえぞ私誘拐されてるぞ! 下手すると薄い本だぞ畜生! いや私の体型ではまずないか! ガハハハハハっ! あぁ口が引きつっちまって喋れもしねぇや。
「待て貴様っ、どうせ逃げ場はない! 大人しく諦めれば、罪も軽くなるぞ! お嬢様を万が一にでも傷つければ、罪は一気に重くなる!」
「だから傷は付けねぇって言ってんだろうが! くそったれ、だから嫌なんだよ……!」
やーおっさん。傷つけないっていう証言がこれほど信用ならない場面もないでしょ。おっさん誘拐犯ぞ? この時代なら即撫で斬りぞ? 現代なら? まぁ理由によっちゃ情状酌量もあるかな。やべーわ日本、温いわ。やっぱり。
「へ、残念だが追いかけっこはここまでだ! あばよっ!」
バタン。バタン? 扉の閉まる音って、うわくらっ、真っ暗やんけ。怖いな~、流石に真っ暗は怖いのよ先生。ちょっとくらい灯りとか……あ、点いた。
『っぐ! 貴様、おい! 開けろっ!』
そしてしっかりカギは閉めてある、と。凄いなー、手際良いなぁ……
「誰が開けるかよ。そのまま首切られて死ぬぞ……」
「……っはぁ……そ、そこまで私の従者は、血に飢えてない、わ、わよ。大丈夫。まぁ、えっと、腕の一つは飛ぶかも、だけど」
「駄目じゃねぇか……っていうか、お嬢ちゃん大丈夫か、顔色青いぞ」
ダイジョブじゃないでぃす。心配するんだったら剣を首筋に近づけるのは止して欲しかったです。いやもう頭の中フル回転させて恐怖を飽和してただけで実際は色々限界で吐きそうだったかんね?
「あぁ……やっぱ怖結構がらせちまったよなぁ……クソッたれが、これしか方法ないとはいえなぁ……」
おっちゃんがクネクネとしておる。悶えておる。全く可愛くない。
「まぁ、アレだ。マジでケガだけはさせないから……向こうがコレを含めて無罪放免を約束してくれるなら解放すっからよ。安心しろ。それまでは、俺と一緒だが」
無罪放免を獲得するために誘拐をするのか……?
「怖いだろうけどよ。傷つけやしないから。ほら、剣もしまうから」
あ、ホントに剣しまってくれた。あー、流石に剣チラつかせられるとなぁ……やっぱりシノブの心理的ダメージは、まだ癒え切っていないようだ。
「あー、なんだ……俺も、正直、今回の事で罰されるのが不満てだけで。恨みはなんもねーんだよ。だからさ……えっと、なんだ。安心してくれると、助かる」
なんだこのおっさん悪い奴じゃねぇなさては……いや、誘拐って手を選ぶ時点で悪人ではあるけど。その中でもさ、こう、あるじゃん。色々と。差というかね。マシな方じゃないのかな、とか思っちゃうのは警戒が足りない証拠だろうか。
「……えっと、その。あー、紅茶とか、呑むか? あ、俺淹れ方分かんねーんだ……ああいや待ってくれ、その、なんかある、きっとなんかあるから、あのガキの部屋だし。うん」
いやこの人悪い人ちゃうだろ……警戒が足りないとかそういう問題じゃなくて凄いしがないサラリーマンのオジサン的な雰囲気がする!
「……じゃあ、あとはコレを部屋の外に……鞘で押し出すか。扉貫通してきた剣にザックリとか、洒落にもならんし……よし、取り敢えず、部屋の外に出したぞ」
「……何、それ」
「あぁ、ちょっと知り合いに習って書いた、まぁ、要求書いた紙。ちゃんと俺が書けてりゃ要求が伝わるはず。書けてりゃ……まぁ笑うしかないわな」
いや誘拐犯が要求出すのに失敗するとかどんな珍事だよ。もうちょっとしっかり……はまぁ、しなくていいと思うけど。誘拐は悪い事やしな?
「というか、何を要求したいの?」
「……まぁ、それも色々あるんだよ。お前みたいな嬢ちゃんは考えなくていい」
まぁそう簡単にしゃべってくれるわけないか……ツーかそれを聞いた所で私にどう出来る訳でも無いけど。まぁおしゃべりに付き合う位に余裕のある人だし、しゃべって平静でも保ちつつ……助けを待ってみようか。
「変にパニックになっても、あぶないし、ね」
「ん? なんか言ったか?」
「いいえ?」
お姫様の嗜みともいう。




