もう一人の密告者
取り敢えず、私は無事ですしケガもありませんのでご心配なさらぬよう、という事だけは書いた。母上様のお怒りが収まります事を祈りながら、この手紙を書き上げさせて頂きました。お父様に幸あれ……マジで幸あれ。
「ふぅ……書きあがったわ。ロイ、これを寮長様に」
「承知いたしました。直ちに」
行ってらっしゃーい……思い出もちゃんと書いてるから、薄っぺらい内容の手紙ではないと思う。急いで書き上げたとはいえ。やっぱりね。家族に送る手紙っていうのは拘りたいから。ちょっとくらい。ね。
「それにしても、お父様も災難ね……王宮の事、家の事、両方に面倒が」
内憂外患とはこの事か。そろそろ血反吐吐いても許される気がするのである。お父様は。しかしお父様がやらねば誰がやるなので頑張って欲しい。
「このまま帰ったら死にかけのお父様と遭遇する気がするのは……お、お土産とかいっぱい持って帰った方が良いのかな。というか、大公へのお土産って何を買えば」
大公が喜ぶお土産って何。金銀財宝とかそんなん? 何処の宝島まで冒険しなけりゃいけないのよ。フック船長かってんだよ、私は。
「兎も角、お父様にはなにか……うん。癒しになるようなものを持って帰ろう」
もしかしたらヘリメルとかのパンが意外にもデカいお土産になるかもしれないし。勿論それだけで終わらせるのは、ちょっとアレだからしないけど……
「この手紙は……まぁ、以前貰った手紙の所にでも置いておいて……ん?」
封筒、まだ手紙入ってる。こっちは読んでないよね。ロイ君も居ないし、読んで欲しくないっていうなら今、読んじゃおうか。
「えっと……あら? これはお父様じゃないわね。メトラン母様だわ」
何々……? 『大変な出来事に巻き込まれて、大変だったわね。本当に辛かったら何時でも戻って来ていいからね。例え早めに家に戻って来ても、誰も貴方を責めないから』、ですか。なるほどなるほどなるほど?
「ちょっと涙腺が緩んだわね……ふふ、危うく泣いてしまう所よ」
泣いてないもん。アレだから、私の腕を今濡らしてるのは、アレだから、目から召喚した滝だから。鼻からも召喚する四重召喚だから。凄いだろう? これが大公令嬢の力だ。
「ふふ、こんな所で泣いてたりしたら心配してくれたメトラン母様に誇れる私じゃなくなる……私はメトラン母様が誇れる強い子。強い子」
良し、もう大丈夫。もう何も流れないから。続きを読むとしようじゃないか。
「しかしメトラン母様はズルいよ……あんなセリフ、胸に来るじゃないか」
続きもこんなセリフばっかりだったらもう無理。こころの中の色々なものが決壊する。
「……で?」
一体何の御用なのですか……『ヴェリオの事についてなのだけど』? ヴェリオ、あぁお父様の本名だ。お父様ってばかり呼んでたから本名は馴染みがないのよなぁ。
『彼の様子が可笑しいの。ルシエラさんも大分荒れていらっしゃるのだけど、それとは大分趣が違うというか……兎に角、大変な事になってるわ』
えっ? お父様の様子が可笑しい? それは、あの、お母様のお怒りに中てられて弱気になってるとかではなくて?
『多少、仄暗いというか、危ないというか。まるで処刑人かのような迫力があったわ。統括さんにも相談してみたのだけれど、これに関しては統括さんでもどうしようもない、と。後は、あの子の実子の貴女が不可欠なの』
……いや、アメリアちゃんも居るがな。アメリアちゃんの方がどっちかと言えば癒しには向いている気がするのであるが。
『アメリアや、アレウス君にも、手伝ってもらって、あの人の緊張を解きほぐしたいと思うの。だからこのお手紙を読んだら、ヴェリオが笑顔になるような、この前のような温かいお手紙を送って欲しいの』
ほへ~、成程……でも、お父様が可笑しくなるなんてそんな珍しい事じゃないし。ちょっと怖くなる位、割と普通だったと思うんだよね。大げさなんじゃないかなぁ。
『もしかしたら、貴女は大げさでは? と思ってるかもしれません』
「ひえっっっ……!?」
よ、読まれている1?
『私も、これが大げさに伝えてるだけなら、どれだけ良かったかと思うわ。あの人の迫力で、子供たちが、少し怯えるくらい。子供たち二人は、書斎に近づけもしない』
……え? いや、いやいや。お父様がアレウスとアメリアを? いやぁ?
『しかも、子供たちが怯えているのに彼は気が付かず、貴女の元に送った手紙にへんてこな細工をする事には気が回る。正直、あの人も大分精神にきているのだと思います』
変な細工……変な細工ってもしかして、途中で途切れてたあれ!? あれワザとやってたって事? え? なんで? なんでそんな事をしてんの? ちょっと怖いんだけど。
『こうして、貴女に頼るのは、親として失格なのかもしれません。でもヴェリオの調子が悪いのを、放っては置けない。どうか、貴女の力を貸して頂戴。お願い。私の愛しい娘 メタリア』
「メトラン母様」
……状況は理解できんが、分かる事が二つある。私が落ち着かせる相手が、一人増えて、もう一人のお母様が、私を頼ってくれている。
「ここで振るわなきゃ、女が廃るってもんでしょう……!」
メトラン母様、報告ありがとうございます。お父様が変になってしまった事。私が力になれる事なら、力になって見せます。お任せください!
「よーし! ロイが帰ってきたら返事の書き直しね! 全力よ全力!」
これが唯のジョークでも、傷つくのは私だけだ! やってやるよ!
もう一人の優しさ全振りの人が、大公家の異変を見逃さなかった。




