幕間:とある裏切り者から見たお嬢様・後編
「伝えねば……どうにか、どうにかして。場所は、分かっている。だが、しかし……!」
私が直接訴えても、敵方の言葉を誰が信じる? 裏切り者の言葉など、誰が。誰が信じてくれる。ここの騎士団など当然無理、大公様など論外。使用人たちなら、まだ可能性もあるが、その言葉が果たして大公様に届くのか……?
「誰か、誰かにこの事を……おや?」
あれは……メタリアお嬢様だ。もう一人は……確か大公様の愛妾の娘さんのアメリアお嬢様か。彼女に肩を貸されているが、大丈夫だろうか。
「……もしかして、彼女たちも狙われるかも知れんな」
今は手段が思いつかない。なら、目先の危機だけでも、何とか防がねばならんか。良し。
「おい」
「なんだ」
隣にいたもう一人、当然私の同僚に、声を掛ける。
「メタリア嬢の様子を見てくる。ここを頼むぞ」
「ああ、お前の担当だったなそういえば……よし、そのままあのガキを本当に攫って来てもいいぞ」
「……出来たら、な」
一応お嬢様の下手の前の廊下に立って見ていたが、お嬢様に近づくものはない。誰かが勝手に動くことはないと確認できたので、今は見回りのフリをして、考えを練る。奥様の不在も、直ぐに知られる事となった。計画によれば、このまま奥様をある場所に隠し、大公が条件を飲めば解放、飲まねば殺害、という事になっている。
「大公様が結論を出すまで、まだ時間はかかる。それまでに……おや?」
ふと、視界の端に見覚えのあるドレスが見えた。またメタリアお嬢様だ。しかし、如何して走っているんだ? 鬼事でもしているのだろうか。
「あの、おじょうs」
「あっ! 若手のにーちゃん! 丁度良かった話聞かせて何がどうなってるん!?」
いや、あの、ちょっとまってください。誰ですこの子。え、お嬢様ってこんな話し方するんですか? さっきと全然違うんですけど?
「お、お嬢様? 口調が」
「んなもんどうでもいい! 母上様は、母上様マジでかどわかされたんか!」
「ハイその通りでございます!」
は、迫力が。凄い。とても子供とは思えない。思わずしゃべっちゃった……あ、いや待てよ、お嬢様。そうかお嬢様なら! そこらの使用人よりも、大公様に言葉が届く可能性は、高い。他の大人よりは、話を聞いてくれるだろう。
「えっと、その、ご婦人は今、大公領の廃鉱山の一つに向かったという情報が、私の元に入ってきまして、ですね」
「廃鉱山だな! おしゃあ!」
お嬢様は、良いことを聞いたと言わんばかりの表情を……いや待ってください、どうしてそんな表情を? どうしてまた走りだそうと?
「お、お嬢様!? どちらへ!?」
「決まってんでしょうが! 行くんだよ廃鉱山!」
「えええええええええええっ!?」
叫んで、思わず口をふさいだ。よし、誰も気づいてないな。あ、いやこの場合は気づかれた方が良かったんだろうか。でも近くにまだ元同僚が残ってるかもしれないし……うん結果が全てだ、良しとしよう。
「ふぅ……待ってくださいお嬢様、そんな危ない場所に、というか、急いで大公様にお知らせを」
「それはする。するが、行くことは止めない! 私が行くんだよ、そこに!」
力強く先手を打たれて頭がくらくらする。いや、なんというか、思い通りに事が進んでいたのに、急に目的地の方向に走るあばれ牛に乗っけられたみたいな。なんだろう、納得がいかないというか。というか行かせられるか!
「き、きけんで」
「危険は承知! けどお父様を標的にした誘拐よ、お父様も、ご自分が迂闊に動くことが出来ないのを分かってる。当然、アンタたちも情報収集に回すのが精々。大公家は、大きい故に動けない!」
勢いよく意見を叩き潰されて呆然とする。というか、お嬢様、とても頭脳明晰でいらっしゃいますね。私ビックリしちゃいましたよ。
「でも私なら……ガキだから、力が弱いから、侮られる、脅威にされてない、ノーマークだ!」
いえすいません私がマークする予定でした。でも結果良ければ……いやこれ良くないよ私がちゃんと目を光らせて……でもお嬢様脱走しそうだなぁこの勢いだと。
「で、ですがあまりにも無謀です! 子供一人でなんて、いくらなんでも」
「ならアンタも来いやぁ!」
「ええええええええええっ!?」
二度目の絶叫。ど、どうして? どうして私は、優しくて儚げな印象抱いていたお嬢様から、力強いスカウトを受けているんだ?
「いや、だからそうする前にこちらに留まって」
「私は動かない方がマシになるなんて言う寝言信じるタイプじゃないよ! 蝶々の羽ばたきだってなぁ、巡り巡れば国すら亡ぼす! なんか行動しなけりゃ、状況は良くなるわけねーわ!」
「――――――っ!」
行動せねば、状況は、何も。
……そうだ、お嬢様の言うとおりだ。何を他人任せにしようとしていた私は。裏切ると覚悟を決めたなら、自分一人でも、何か、何かしなければならないだろうが!
「立ち止まってなんかいられない、お母さまを取られてるのに! なにか、何かしてないと収まりなんてつかないっていうか怖くてじっとしてられません! だから私を止める前に、アンタが付いてくるんだよ!」
「…………」
あぁ、この人は。
家族思いで、普段は控えめで。けど、これが本当の姿。小さな体に秘められた、この恐るべき爆発力! 大公様、貴方の御令嬢は、真の王者の風格を備えています。この輝きはきっと、多くの人を引き付けるでしょう……ですが、このままでは、その灯は消えてしまうかもしれない。
「……金言、有難く。承知いたしました。このロイ・オーランド。メタリアお嬢様の冒険のお供、お勤めさせていただきたく!」
「良し、ありがとうロイ君、正直自分でも無茶言ってるとは分かってるけど、付き合ってちょうだいな」
「はっ!」
この灯を消さぬこと。そして、見事状況を好転させること。それが、私が、ロイ・オーランドが、騎士人生最初にして最後に成す、仕事だ。
「(な、何とか人材ゲット……この状況を何とかする為だ、悪いがクビになっても付き合ってもらう! あとでメッチャ謝るから許してちょうだい!)」
稀代の英雄の卵かもと思ったか!?
残念、お嬢様は悪役令嬢になるのを恐れているだけだ!!