幕間:※想像上の大公家です。
「えぇと……本は、これと、これ……後は、これだったか。勉強には妥協をしないとはいえここまでたくさんの本を駆使されるというのは、効率的にどうなのだろうか」
使わなくていい本もある気がしないでもないのだが。なんというか、使いそうな本は片っ端から持って行って勉強をしているというか。結局は一部しか使わないのだが。その辺りは申し上げた方が宜しいのだろうか、それは。
「ふぅ、これで全部か。早めにお嬢様の所へ運ばなくてはな」
とはいえお嬢様が勉学に熱心なのは喜ばしい事でもある。それに水を差す、というのも些か……うむ、言わない方が良いだろう。お嬢様には、のびのびと勉学に励んて頂きたい。
「その為なら多少、骨を折るくらいなら……なんでもない」
しかし此度の勉強会、正直に言えば少し心配だ。あの従者の主だから、という事からエリィア嬢を警戒している……訳ではない。だが自分の従者があのような不祥事を起こしたのだから、相当に負の感情が渦巻いていても仕方ない、と思う。
「勉強会、恙なく進めばいいのだが」
もしかしたら、その状態に気を使って、あまり進まない、という事も、普通にあり得るかもしれない。まぁ、とはいえ持っていく意味がない訳ではないが。
「無駄にならない事を、祈るとするか……それっ」
まぁ、俺に取ってはそこまで重い荷物でもない。別に無駄になっても問題は無い。それよりも勉強会にこれらの書物が遅れる方が問題だろう。さっさと行こう。
「おこんにちは~……って、あら? 貴方だけ? メタリアちゃんは」
「ん? おや、リビドア殿。これはどうも。お嬢様に、何か御用ですか?」
「……ん~、いいわ。これはメタリアちゃんに個人的に話す事なのよね。如何に従者の貴方とは言え話すのは、ちょっと、ね?」
「もしかして、お嬢様のご実家から?」
「察しが良いわねぇ……良ければ、伝言お願いできるかしら。後で私の所に来て、その伝言を受け取る様に、とね……やだ、ちょっと上から目線だったかしら?」
「そのような事は無いかと思いますよ。ともあれ承知しました。必ずや」
もしかの襲撃でお嬢様が何かしらショックを受け、その様な余裕がない、というのであれば話は別だが、全く応えていらっしゃらない様子なので、大丈夫だろう。
「……あぁ、そういえば。これくらいは話しても大丈夫かしらね」
「?」
「ここにあの兵隊たちを駐留させる様に手引きしたのは、やっぱり大公様じゃなかったみたいよ。信頼できる筋からの情報」
「っ! やはり……」
であれば、大公様の名前を騙った相手が居るはず……一体だれが、そんな事を。
「といっても、私達じゃその辺りを考えても仕方ないと思うけどね」
「それは、そう、ですが」
「後はそれこそ大公様のお仕事。貴方は、メタリアちゃんを護衛する事に集中なさいな」
……確かに。政治の事は、私ではどうにもならない。所詮は剣を振るしか能のない若造なのだ。そんな私が、何か考えても意味はなく、寧ろ余計な労力を使う分、無駄。ならば旦那様が関わる事はやはり無かった、という事実を確認できただけで良しとするべきだ。
「そうですね。今回の様な事態にお嬢様が巻き込まれない様に、より一層護衛に尽力するべきでしょう。切り替えてまいります」
「えぇ。その切り替えの良さは従者としての美点だと思うから、これからもそれは絶対に忘れないといいと思うわ。頑張りなさいね……それじゃ」
「はい」
……いまさらながら、リビドア殿は何処目線から俺に言っているんだろうか。いや、正直私としてもリビドア殿の方が経験がありそうに思えるので文句は無いが。
「旦那様は無関係、か。それもお嬢様にお伝えするべきだな」
しかしご実家からの連絡となると、間違いなく今回の一件に関してだろうが。流石に仕事が早い。気になるのは、何の要件かだが……
「……想像する分には、まぁタダだし、罰も当たらないか?」
書斎の机の上、旦那様が報告書を眺め……その表情を冷たく、尖らせていた。
『マクレス。この報告が本当だとすれば……私は、どうやらとんでもない勘違いをしていたようだ。メタリアを安心して預けておける場所だと思っていたのだがな』
『如何にお嬢様の学生生活が大切なものとはいえ、この様な問題が起きる場所に預けておくなど愚の骨頂……流石に、大公領にお戻りいただいても、特に問題は無いかと』
マクレス統括も、涼しい表情に見えるが、その額には一つ、青筋が。怒っているのは丸わかり。使用人を統括する、歴戦の従者は伊達ではないという事だろう。
『貴方、あまり遅くなって、あの子がもう一度なにか面倒事に巻き込まれよう物なら、もう私の我慢は効きません……出来るだけ、早く』
そしてマクレス統括の迫力ですら霞む程の剣気を、静かに身にまとう奥様の言葉で、旦那様の何かが解き放たれ……重苦しい、暗い、迫力が部屋を満たす。
『分かっているとも。直ぐに連絡を取ろう』
『お父様、早く、早く。お姉さまがお怪我をしたらと思うと、私』
『大丈夫ですよ、アメリア姉さん。僕らのメタリア姉さんはそんな簡単にはケガなんてしませんよ……ただ、もしケガをしたりしたら、それだけの問題を向こうが起こした、という事ですけど』
アメリア様とアレウス様が、温度の消えた声で言葉を紡がれている。子供の熱量ではない。どれ程、内心の感情は荒れ狂っておられるのか。
『二人とも、大丈夫だとも。そんなに時間はかからない……ちょっと、本気を出すからね。さ、手紙を書こうじゃないか……とっておきの手紙を、ね』
――初めて、旦那様が笑う。その笑顔は、まるで。得物を付け狙う、化生の如き。
『あ、あの、皆? ちょっと落ち着きましょう、ね?』
「はっ!?」
……い、今のは。想像。いや、想像か本当に? めっちゃ具体的だったんだが……や、止めよう。私も、命は、多少は惜しい。
あくまで想像上の大公家の皆さまです。実際の大公家の皆さまとは異なります。




