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力のゴリラ妹と技のゴリラ私の悪役令嬢物語  作者: 鍵っ子
一章:技のゴリラ幼少期
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幕間:とある裏切り者から見たお嬢様・前編

 私は、ロイ・オーランドは、臆病者で、卑劣漢だ。騎士に、値しない人間だ。




 騎士を目指し始めた頃は、明るい未来を信じて、走っていた気がする。


『オーランド家の神童』

『かの大公家の奥方に迫る才媛』


 周辺からはそう持て囃され、修練をすればするほど、周りの騎士志望の同期達とは大きく溝を開けていく。自分は、天才で、物語に語られる伝説の騎士になるのだと、そんな未来を疑いもせず。


『未だ若くはある、だが、お前なら申し分あるまい』


 そう言われ、父上から推薦を受け、異例の若さで騎士の見習いとして、騎士団に入る事ができた。ここでさらに学び、若木の様にさらに育つのだと……そう、そう思っていた。

 表の名は、『灰鴉騎士団』。その実、私が入った其処は。


『入団おめでとう諸君。漸く、団の人間の顔も覚え始め、交遊もそれなりに出来た頃だろう……それでは今日最初の訓練だ。隣の者を、殺害しろ』


 国の、闇そのものだった。




『全く、とんだ出来損ないだな。顔色一つ隠すのも、まともに出来ないとは』

『まあ真っ当な騎士様しか輩出してこなかったオーランドからのガキだ。腕だけは良いから、他を叩き込めばそこそこは働くだろう』


 顔色を隠す訓練。呼吸を殺し、室内に侵入する訓練。相手の急所を突いて一撃で仕留める訓練。同僚を躊躇いなく切り捨てる訓練。自害を速やかに行う為の訓練。

 どれも、狂気の沙汰としか思えぬ程に、厳しくたたき込まれた。体罰、という話ではない。毒を始めに盛られ、課題をこなすこと敵わねば解毒剤を貰えない、など、日常茶飯事だった。


『また失敗か……まあお前なら死なないだろう、苦しみと痛みで覚えろ、お前は、肥溜めの底に来たんだ、とな』


 こんな所の、闇の底の、技術を覚えたくない。戻れなくなる。その想いを捨てきれないで、何度も課題に失敗し、毒に苦しんだ。変に体に恵まれたせいか、毒で死に切る事はなくて。何度も、いっそ死んだ方がマシだと思い、ナイフを首に突き立てようとした。その度に恐怖で吐いて、断念した。


『さて、お前の初任務だ。喜べ、大仕事だぞ』


 そうして、鬱々とした日々の最中、言い渡された初の、この騎士団に置いての任務。大仕事。その言葉に吐き気を催しながら、伝えられた仕事に愕然とした。


『――に与する大公、ヴェリオ・オーデイン・オースデルクの失脚、その布石を打つ。その為に奴の妾をまずは殺害、その後、妻を誘拐し……場合によっては、こちらも殺害する。その任務の、予備の人員として着け』




『……娘を人質に取ろうと?』

『そう取ってくれて構いません。貴方を相手に、この人数では力不足もいいところですから』

『あ、あんなに幼い娘二人を人質になんて、なんて卑劣な!』

『貴女には何も訊いていない。さあ、オースデルク夫人、ご決断を』


 手段も卑劣ならば、ご婦人二人を数人で囲むという根性も卑劣。扉の外で見張りを任されているのが、こんなにありがたいと思ったことはない。


『……私も貴族、しかし、その前に、あの人の妻であり、母親。子を捨て、真っ当に生きられると思う程、自惚れてはいません。好きになさい』

『ルシエラ様……!』

『メトランさん。大丈夫よ、私の、私たちの夫は、偉大なる大公は、こんな小鳥共には決して負ける事はない……信じましょう』


 ビクッ、とした。バレている。この騎士団は詳細どころか、名前すら表ざたになる事はあまりないというのに。まるで当たり前の様に、我々の正体は見抜かれている。騎士の誉れと名高き、本物の伝説の力を、肌で感じた。


『どうやら覚悟は決まったようですね……窓から降ります、我らのいずれかにお捕まり下さい』

『エスコート、という訳か。私には必要ない。その代わり、メトランさんには傷一つつけるな。傷を一つつけるたびに、貴様等の首を、一つ、刎ねるぞ』


 一言一言が、実に気高かった。自信と、誇りに満ち溢れ、恐れや不安を、欠片も滲ませていなかった。あぁ、こんなにも誇り高い貴き方を、こんなやり方で。思い描いていた誇り高い生き方とは、到底……


「……降りたか」


 扉の向こうから気配が消えた。どうやら、同僚は無事連れだす事に成功したらしい……どうした、何を後悔しているのだ、お前にその資格があると思うのか……彼女を、裏切っておいて……


「……私には、勿体なき報酬で、ございます」


 幼い、少女。私が、監視を任された少女。下手を売って、夫人に目を付けられてしまって、その任を果たすことも、出来なかった。しかし、態々私の元までやってきて。この焼き菓子を、くれた。


『お嬢様はな、俺たちにもとても親しくしてくださるんだ。優しい、お人なんだ。下手打って、そのご期待を裏切るような真似、するんじゃねえぞ、ロイ』


 ここの騎士団に潜り込んで、仕事を教えてくれた先輩が、言った。私は、もう一度菓子に目を落として、見つめる事しか、出来なかった。


「……頼りにしている。期待されている、か」


 期待されたのなんて、ここに入ってから初めてだった。ましてや、あんなに、純粋な瞳で。あんなに、暖かな、手で。ああ、昔は、あんな風に。


「本当に良いのか、このままで」


 この大公家に潜り込んで、今日、任務を遂行しようとして、初めて、否、改めて分かった。ここで、任務をこなしていっても、私は腐るだけだ。何も得ることなどない。かつて私に期待を向けてくれていた者たちに、顔向けなどできない。


「ここが、分水嶺……」


 初めて、初めてだ。この騎士団に入って、裏切る、という選択肢を思いついた。

 ここに入った時に、既に騎士としての誇りは裏切った。しかし、このままでは、人の誇りすら、切り捨てて、本物の鴉として、塵すら漁る、賊にも劣る、畜生以下まで落ちてしまう。


「それだけは……もう、もう嫌だ! もう、これ以上はダメなんだ!」


 ああ、そうだ。私は臆病者だ。卑劣漢だ。だが、だからといって、このまま、最悪の事態を見過ごして知らん顔を出来る程、まだ人間は、終わっていない。まだ、まだこの胸には、誇りが、僅かに残っている。

 初めての任務だからこそ、まだ、まだ引き返せるはずだ!


唐突なシリアスですが、次の話まで持続するとは申しておりませんので、皆さまご安心を。


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