ヘリメルの意外な特技。
……ただのチョコレートカラーの扉のはずなのに、なぜだろう。今だけはどうにも重苦しく感じてしまうのは、私の脆弱な心の在り方故なのだろうか。ふ、なんか中二病っぽいな私。
「……で、どう声をかければ宜しいのかしらこれは」
「えぇっと……その、それは、やっぱ大公令嬢の頭脳を生かして、こう、ズバッといって頂けると、ありがたいっす。なんて、ね?」
「待ってまさか特に考えなしに連れてきたの貴女カッコいいこと言っておいて」
ちょっと。あんだけ『お嬢を助けたいんDA!』とか言っといて肝心要は全部私任せかいね……ちょっとくらいなんかこう、無かったの?
「ぶっちゃけお嬢がこんな事になるのは初めてで……どうしたもんか分からなくって、それでお嬢がいっつも燃えてた相手なら、もしかしたら、と」
「本当にそれだけで私を呼んだのね……」
うーん賢いのか勢い任せだけなのか。ハッキリして欲しいなこの子。まぁ、文句言ってても仕方ない。とすれば。現状頼りになるのは自分自身かぁ。はー頼りにならないの極みみたいな人間にどうしろと。
「――ふふん。要するに、あの子を怒らせればいいんでしょう? 簡単よ!」
「ベスティ? 何か考えがあるの?」
「当然! いい、女の子にはね、言ってほしくない悪口がいっぱいあるの。メタリィはそういうのあんまり気にしないかもしれないけど」
いや、気にしない訳ではないのよ? ただ一々それを気にするような年齢を前世で過ぎているだけでして。あれ、要するにそれって気にしていないって事では……女子力ないって言われても仕方なくない?
「ふふふ、私に任せなさいな。女の子なら言われて、ウッとなるような言葉、浴びせかけてやるわよ! さー、覚悟しなさいな!」
……そこからベスティが畳みかけるように扉の向こうに居るであろうファラリスに浴びせかけた言葉の数々はといえば。なんというか。その。
「……(凄い優しい笑顔)」
「……(ビビるくらい慈悲に満ち溢れたアルカイックスマイル)」
「……(微笑ましいものを見て心が洗われて尊くなってどす黒い腹の内がこぼれた微笑)」
ヘリメルを除いた三人がこうなるくらいには、まぁ。悪口ではあるんですよ? 悪口ではあるんですけど……普通の悪口がイノシシ位なら、可愛い可愛いうりぼうくらいのものだったかな、と。あ、誰がその笑いを浮かべてたかは黙秘します。
「はぁ、はぁ……どうよ! さぁ、怒りなさい! 出てきなさい!」
「ベスティ……よく頑張ったわね。もう大丈夫よ。私が何とかするわ」
「えぇ!? まだ失敗したかもわかってないわよ!?」
「いいの。いいのよベスティ。貴女のようないい子に任せるにはちょっと難しかったわね」
「むーっ! なんでそんなこと言うのよぉ! 私だって出来るわ!」
うんうんそうね。ベスティにも出来るね。いいのよ。大丈夫、後は私に任せておけば。うん。いいのよ。ベスティは良い子ね、よしよし。
「いい子いい子」
「む~っ! なでなでされたって誤魔化されないわよぉ!」
そういう割には私の事ギュってしてないか? えぇ、このこの、愛い奴め。
「……はーい、イチャイチャするのはそこまでにしていただけるとありがたいですわ」
「あっ、申し訳ない。真面目にやるわね」
怖い。調子に乗り過ぎた。本題に戻るとしよう。ベスティじゃダメだってのは分かったし、では次はいよいよ本命たる、この私となる。良し。やってやるとも。
「じゃ、次は……」
「――私が行きます」
「え」
え、いや待って、いやヘリメル? ここは次私でしょ? 流れ的に。それをぶっちぎって参戦って。でもすっごい瞳がやる気に満ち溢れているように見える!
「私も、メタリア様と共に居る身。大将を真っ先に行かせてしまったとなれば、武門の血が廃る……と、お父様が昔家訓を教えてくれました!」
「へ、ヘリメル!」
なんか微妙に自信というか、勢いがないけれど……とはいえ、そこまで言うなら任せてもいいかもしれん。良し。次鋒、君に任せる、ヘリメル!
「メタリア様に回すまでもなく、私で終わらせます!」
おぉ、堂々と扉の前に立つその姿、なんとも言えない迫力に満ちている。これは期待できるのではないか!? 良し、その雄姿、確と目に焼き付けておこう!
「い、いけるんすか、あれ」
「さっきの子よりもそういう方向には向いてないような気がするのですけれど……」
「あの子は武門の娘。もしかしたら、舌戦の指導を受けているのかもしれないわ」
もしそうだとすれば、あの可愛い可愛いベイビィフェイスの下から、予想もしないようなエゲツのない発言が、出てくるのかもしれない……!
「……あの」
「なに?」
「だとすれば、大人でも落ち込むようなそんなセリフを彼女が吐き出すわけで……ハッパをかける以前にお嬢様、耐えきれるのでしょうか」
……おやぁ?
「ヘリメルストップ、ストーォップ!」
止めました。
結局止めました。なんていう予定だったのか、聞いたんですけど……うん。なんていうか。流石は武門の娘、って思いました。意味は知らずとも、凄い事言うつもりだったようです。ベスティとルキサは首を傾げていましたが、私とエーナは顔が引きつってました。
「……鋭い言葉ならいいわけではありませんわね」
「そうね」
うん。ヘリメルは最終兵器ですわ。ホント。
「……じゃあ、すいません」
「えぇ、やってみましょうか」
まぁ……こうなる事は分かってたから。やるよ。やってやるよ。
どのくらいかって?
……ギャング同士の罵り合い位?




