幕間:報復令嬢、早くも覚醒モード
「正直びっくりしました。彼女が貴方とあらかじめ面識を持っていたとは。なんで言わなかったんですの?」
「ごめん、隠していた訳じゃないんだけど……言うほどの関係でもなかったし」
あの女と面識を持っていたこと自体はいいのだが、それを隠していた、というのが何となくぺーネロトらしくは無いというか。まぁ、珍しい事だが顔見知り程度の関係を態々言う事もない、というのは間違いない。
「えっと、その……彼女と君が因縁浅からぬ仲……なのかな? なのは当然理解はしてるよ。うん。してるんだけど……」
「そんなに慌てなくても大丈夫ですわよ。気にしてませんから、本当に。別に伝言を頼まれるくらいであれば。そんなに目くじら立てる事でもありませんし」
まぁ、普段からあの女には借りを返すだの、色々言ってるから無理もないでしょうけども。如何に相手があの女とはいえ、伝言を頼まれるくらいで一々角を立てていたら、私自身疲れてしまいますし。些事は流す程度の度量はありましてよ、私。
「そ、そうなんだ……意外に冷静だね?」
「まぁ、そもそもそんな事で一々癇癪を起こすほど馬鹿ではない、というのは前提ですがその上で……最近は、まぁ、あの女に対しての苛立ちは、収まってきてますの」
収まってきている、というのは少しおかしい。依然、過去の借りを返すつもりはしっかりとありますし。その為に私の優秀さを見せつける、という方向性も変わってません。けれども……
「過去の因縁ばかりに目を向けて、些か無意味な怒りに振り回されていたのが、元に戻っただけ、とも言いますけれど」
あまりにも、昔にしてやられたことに拘り過ぎたのでしょう。最近、あの女と勉強会をするようになって、その様子を見て、それを理解せざるを得なかった。
「馬鹿ですわね。私の目には、あの少女は何から何まで気に入らない、そんな風に見えていました……そう見える理由も何も、考えたことなんてなかった」
気に入らない気に入らない、なら、何処が? 何が? 勉強会を通して、それを考えてみる事にした。観察することにしたのだ。勉強している間の、あの女を。
「考えたの?」
「考えましたわ。そうしたら結果……何もないのですよね。あの女が致命的に気に入らない理由が……本当に」
静々と勉強をしている姿は、酷く真面目だ。彼女の友人らしい人からの質問にも丁寧に答える。アドバイスもきっちりする。無責任な言い方はしない……なんというか、模範的な学びを重視する生徒、と いった感じ。
「むしろ、好ましい部類の人間だとすら、思えましたわ」
「好ましい、か。という事は、やっぱり貴族として、模範的であった、と?」
「……えぇ。正直、忌々しいと思うくらいには」
余裕をもって。冷静に。他者への対処にも優雅さを忘れない。決して自分の優秀さを過剰にひけらかす事をせず、かといって見せぬこともせず。綱渡りのような絶妙なバランス取りを、完璧にこなしていた。
「前の一件が無ければ、是非強い友誼を結びたいくらいですわ。えぇ」
「大公の令嬢は、伊達じゃない、って事なのかな?」
「痛感させられましたわ……」
文字を書く仕草、教えるやり方一つとっても、正に優美。というしかない。表情があまり変わらないのは些かどうなのだろう、とは思うが、しかしそれも、顔色から内心はまず分からない、と考えれば利点にもなりえる、とも。
「……ルキサもエーナも、彼女への評価は高い。そういうのを冷静に見た結果」
「決して、彼女に対して何か、悪感情を抱くような要素は存在しない、と?」
「……私は、理由のない憤りに振り回されていた訳です。全く、道化ですわね」
おそらく、あの時から抱いていた感情が、頭にこびりついて、存在しない虚像を今の彼女に重ね合わせていた。どうしてもあの女に、怒りを覚えざるを得ないほどに、しっかりとした虚像を。
「反省を、しました。虚像を見ていたこと、理由のない怒りに、振り回されていた事」
「ファラリス……」
「その上で、私はあの女としっかり対決することを決めましたけど」
「ファラリス!? えぇっ!? さっきの結論からそこへ行く!?」
行きますけど?
「えっと、その、ですね。僕としては、そこで和解に行くのが正しいのかなぁ、なんて」
「いいえ、一度あの女と敵対した以上、それは貫くのが筋でしょう」
ここで中途半端に終わらせる方が、勉強会を開いたあの女に対する侮辱になりかねません。一度開いた戦端は、しっかりと最後まで貫いてから、綺麗に畳む方がいいでしょう。
「とことんぶつかり合って、最後にはしっかりと和解する。その方が宜しいでしょう」
「あ、あぁ~……な、なるほど、そういう感じで行くんだ」
「えぇ。それに、余計な曇りも晴れて、原初のあの苛立ちもしっかり戻ってきましたし」
「あーそれに関しては水に流さないと! あくまでその借りを返すのは返すと!」
「そうですわ」
寧ろ、余計な怒りが晴れて、借りを返すという目的をしっかりと腹に抱えられた気すらします。やはり何をするにせよ、一点集中でやるのが一番かと。
「あー……お父様の言葉を借りれば、『目的の純粋化』っていうのかなぁ……」
「今、私の目の曇りが晴れ、とても静かなやる気に満ちていますの。ふふ、こんなの初めてですわ……今なら、どんなことだって乗り越えられそう」
「ファラリス、それ以上止した方がいい、なんか、不安な予感がする」
……? 別に何も変なことは言ってませんけど。変なぺーネロト。
「へ、変な覚悟をファラリスに決めさせてしまった気がする……」
具体的には野菜人2位ですね。




