幕間:ロイくんの冒険 1
……お嬢様は二回目の勉強会を始められたようだ。私は以前と同じように扉の前で警備を行う。そして、個人的な、しかし重要な用も進めねばならないだろう。
「……」
隣。無言で佇む男。シノブの監視。これをやる事にしたのは正直証拠も何もない印象から来る決めつけにも近い理由からなのだが、しかし……それでも
「……なんだ、何こっち見てるんだよ」
「見てなどいない。自意識過剰……という奴ではないのか? 貴様」
先日、中庭で見たあの歪んだ笑い。普段からの、あの男の態度を考えた……その上で何も思うな、疑うな、という方がいささか無茶ではないか、と個人的には思うのだ。
「自意識過剰……まぁ、俺くらいにイケてる男となりゃ、そうなるのも当たり前というか」
「ふむ、そう思える頭が羨ましい。自己肯定がしっかり出来ている、というのも、一種の美徳ではあるからな」
まぁ、それも度が過ぎれば忌々しいだけだが。この男の様に。それをわざわざ言って奴の機嫌を損ねれば、苛立ち混じりに絡まれるやもしれん。そんなのは絶対にゴメンだ。
「なんだ、俺を褒めるなんて。この前とは違って殊勝な態度だな?」
「思った事を言っただけだ。他意はない」
「はっ、良く言うぜ。まぁ褒め言葉は素直に受け取っておくさ。アンタと違って、俺は素直な好青年、だからな。ふふふふふふ」
此奴が好青年だったら全世界の悪漢共はただの一般人だろうか。まぁそんな戯言は置いておいて。今のところ、何か行動を起こす気配は無し……と。ただ、今は冷静に時を待っているだけ、と言う事もあるかもしれないので、監視は続ける必要があるだろう。
「……何もないのが一番だがな」
嫌な予感は俺のタダの勘違いで、この男が何にも企む事なんてしてなくて、この前のあれはこの男の素の笑い方……と言うのが理想の展開だ。トラブルはないに越した事は無い。
問題があればそれに乗じて此奴をぶっ飛ばすチャンス……とかは思ってない、うん。
「何をブツクサ言ってんだよ。俺の悪口でも言ってるんじゃ無いだろうな」
「そんな事をする暇があればもっと建設的な事をやっている。部屋の護衛とかな」
「……そうかい。余裕の無い真面目野郎が。石頭って言われたことないか?」
「無い」
この男、悪態を吐かねば喋ることが出来ないのか。その割にはこの学校で働いている人や生徒から、この男の悪い噂を聞いた試しはない……猫を被るのだけは上手い、と言う事だろうか。
「えぇ、私も……あまり思い込まない方が宜しいと思いますけど」
「善処しますわ…‥」
……出て来た少女が随分落ち込んでいる様子だが。中で何があったのだろうか。あ、活発そうな顔の子がファラリス嬢を支えている。うーむ、これは触れない方がいい感じの奴……っと、そちらに集中していてはいかん。
「……それじゃあな」
「あぁ」
ファラリス嬢が離れるなら彼奴もここから離れる。監視をするのであれば奴を追いかけねばならない。お嬢様を放って離れる、と言うのは流石に憚られる。正直、お嬢様をお一人で残す、と言うのは……非常に心配だ。
「(だが……旦那様は、言っていた)」
『過保護になりすぎない様に、自分の判断でメタリアをしっかりと守る様に』
と……この行動は、メタリアお嬢様を守る事に繋がる。ただ守っているよりも。そう思っているからこそ、俺は行かねばならない。
「……お嬢様、申し訳ありません。しばし、勝手な行動を取る事をお許しください」
聞こえている訳もないだろうが、それでも言葉に残してから向かう事にする。自己満足ではあるが、何もしないよりはマシだ。
「……しかし、この状況だとファラリス嬢を着けている様にも見えてしまうな。気をつけねば……それに、万が一もないと思うが、奴に勘付かれる可能性もある」
一応、それなりには才覚もある男の様だし、可能性はある。隠密に徹すればまず見つからないだろう、と言う慢心は捨ててかかるべきだろう。
「……慎重、冷徹。隠密の基本」
静かに、バレない様に動き出す。足音を静かにする事に集中するのではなく、出来るだけ無駄のない動きをする事に終始する。それが結果として足音や気配を消す事に繋がる。
「……」
生徒と比べて俺の体躯は大きい。だが本当に気配を殺せていれば子供達とて気にも止めない、と言うのは昔の職場で嫌という程思い知らされた。昔の感覚を思い出せば……それなりに形になっている気がする。
「……やはり分からないな。昔取ったなんとやら、か……む?」
あの男、ファラリス嬢から離れた? ファラリス嬢には許可は……取っている様だな。訝しんでいる様子もない。連絡だけは欠かしていない様だな。
しかし好都合だ。ファラリス嬢から離れたならば……直接接触しても問題ない。
「……こっちは……確か、図書館の方向では……?」
あの男、お嬢様に何かするつもりで離れた……いや、流石にそこまで馬鹿じゃないだろう。何かしら目的があって離れたとは思うが。ともかく、追わねば。
図書室はもう目の前、ここで足を止めた、と言う事は、そこに用があるのは間違いない様だ。追跡はここまででいいだろう。
「おい……」
「っ!?」
ふん、あからさまに驚いている様だな。やはり気がついていなかったか。
「何処へ行くつもりだ?」
「お前、なんで」
「ふん、理由などどうでもいいだろう。それより、何処へ向かうつもりだった?」
「び、尾行してきたのか? 気持ち悪い。お前こそ一体なんのつもりだよ……」
おっ、悪態つく割には、露骨に目をそらしたな? 何をするつもりだったが知らんが、碌な事でないのは見て取れるな。ちょうどいい、問い詰めて吐かせて……
「……チッ!」
「あっ、ちょ、待てっ!?」
は、速い。なんて速さで逃げるんだ。彼奴、逃げ足だけは目を見張るものがあるな。しかし……
「逃げる、と言う事は何かやましい事があった証拠か? しかし、なぜ此方に」
図書室に何か用でもあったのか……ん?
「図書室の前に、お嬢様と……確か、ツェルバの」
何かを話していたのか? まさかあの男、これを探しに……なぜお嬢様が此方にいた事を知っている?
「……とりあえず、放っておいて帰る、と言うのは無しだな」
お迎えにあがりました、と言っておけば怪しまれない、と思う……くっ、言い訳をしてお嬢様の前に現れるなど、これではあの男の事をとやかく言えんではないか……!
本来は二話にする予定だったのですが、幕間があんまり長くてもなぁ、と言う考えの元、無駄な部分をそぎ落として無理矢理一話に収めました。




