幕間:ここ最近の裏事情 報復従者編
……ここ最近、あの男によく絡まれる。正直、迷惑としか言いようがない。
「——よう、大公の狗コロ。今日も元気にお部屋の見張り、ご苦労様な事だな」
「……失せろ、躾のなっていない飼い犬が。その喉首を風通りよくしてやろうか」
こうして、お嬢様の部屋を扉の前で守っている時、此奴は決まって部屋の近くに現れる。毎夜、という訳ではないが、それでも頻繁に此方に現れる。思わず輪切りにしたくなる。
「偶はサボったりしたらどうだ? 休みは大切だぞ? 余裕を持って生活しろよ」
「失せろ、と言ったのが分からんのか……」
そして、喋り方が少々友好的なのとは裏腹に此方を挑発する気しか感じられない声色と来ている。友好的になどならないのは俺も同じだが、あちらはより露悪的だ。
「そう怒るなよ……腹でも減っているのか? クク。大公ってのは、従者に食わせてやる事もマトモに出来ないみたいだなぁ? えぇ?」
「……貴様、それ以上喋らない方がいい。何にもならず、徒労に終わるだけだぞ」
……奴の目論見は分かる。先日の夜。あの時の続きがしたいのだと。自分が自信を持っていた大技を凌がれた。屈辱だったろう。それを払拭する為に……しかし、自分から喧嘩を売ったとなれば外聞は宜しくない。故に、俺から仕掛けさせようと挑発する。
「徒労に終わるかなんて分からないじゃないか、お前が話を聞いてくれればなぁ?」
「……」
「無視するなよ、つれないなぁ……」
聞くな俺。冷静になれ。お嬢様にご迷惑をおかけしない為にも、無駄な争いは避けるんだ。冷たく……そうだ。暗部としての教えを叩き込まれた頃を思い出せ。吐き気のするような生活だったが、それでも役に立つものは全て使え。
「……ふん、随分と頑なだな。お嬢様がよほど大事らしい」
「分かっているならさっさと失せろ……貴様と戯れている時間すら惜しい」
煮えたぎる腹と頭とを切り離し、頭に浮かんだ言葉を浮かべるだけの、それだけのモノになれ。感情と思考を切り離せ。冷たく、激情に蓋をするんだ。
「……ところで、だな」
「なんだ」
「ここ最近、お前にどれだけ話しかけても、どうにも反応してくれないだろう?」
「……貴様が喋りかけて来た記憶などないが。それがどうかしたか?」
記憶にない、などと、嘘だが。意趣返しのようなものだ。言外に眼中にない、と言って諦めさせるのが目的……とはいえ、この程度で諦めるような輩ではないと分かっているが。
「くく、それでな、少しアプローチを変えて見る事にしたんだ」
「……アプローチ?」
「昼間……お前の所のお嬢様、パニック起こしてなぁ? 無様だったなぁ?」
「……」
落ち、つけ。私。今、剣を抜いて、此奴の首を刎ねるのは難しくない。だが感情に任せそんな事をすれば……それこそ、旦那様にも、お嬢様にも迷惑をかける。
「とはいえ仕方ないとも思うよ。うん。アレだけ俺たちが威圧感撒き散らしてちゃあ、な?」
「……あぁ、反省しているよ。お前の安い挑発に乗ってしまった事に」
「それに加えて……俺がああなるように、殺気、向けたりも、したし、なぁ?」
————————切る。
手に冷たい感触。柄を握った。引き抜け、そのまま、此奴の首を……刎ねろ。
「——はい、そこまで」
引き抜こうとした手は、受け止められた。動かない。なんて力、まるで物語に登場するオーガのようだ。しかしここで止めるわけにはいかん、此奴の首をっ!
「リビドア殿……離して下さい。お嬢様に害なす者に、死を」
いつの間にか、俺の前に立ち、剣を片手で抑える彼に、そういう。
「落ち着きなさいな。そんな安い挑発に乗るんじゃないの……この坊やに、そんな事、出来ると思うの?」
出来るも何も、実際にやったと言って……いや、待てよ。
「……貴様、虚偽で釣ったか」
「っ、もうちょいだったんだが……な」
冷静に考えれば、あんな曲芸しか出来ないようなこんな未熟者に、お嬢様一人に殺気を向けて怯えさせる……そんな真似が出来る訳がない。しかし……挑発だけするなら、出来たかどうかは関係ない。事実と組み合わせれば、十分な一手になる。
「止めるなよ、ゴッツイリョウチョウサマよ」
「貴方、少しくらい言葉遣いどうにかしなさいな。お里が知れる、なんて言われても仕方ないわよ。それに、止めてなければ貴方の首、今頃廊下に転がってるわよ?」
「……そんな訳ないだろう。俺が返り討ちにして、終わりだ」
危なかった、此奴の命は兎も角、大公の家の看板を汚物まみれにするが如き、蛮行を働く所だった……俺はお嬢様の従者、それを肝に銘じろ、俺。
「いいチャンスだと思ったんだがなぁ……まぁいいや、また来るよ」
「もうやめなさいな。貴方じゃこの子の相手は務まらないわ」
「ふん、言ってろ。あんたも、殺しはしないが……痛い目は見せてやるよ」
……行ったか。くそ、自分の未熟が恥ずかしい。
「……申し訳ない。また、お手を煩わせました」
「いいのよ。あの手口は、私から見ても悪質だと思ったし、怒ってもしょうがないわ。でも、出来れば私が止める前に、自制できるのが一番ね」
……全くその通りだ。いつも、リビドア殿が止めてくれるなどとは、限らないのだから。
「——ねぇ。良かったら、相談、乗りましょうか?」
「相談?」
「ああいう輩への対処の方法、幾つか心当たりがあるのよ……聞きたい?」
「……それは、ありがたい、ですが……宜しいのですか?」
「親切だからね。じゃあ決まり。聞きたくなったら、いつでも来なさい」
ううむ、本当に、リビドア殿にはお世話になりっぱなしだ……先日も、今日も。いつかお礼をしなくてはいけないか……それは、兎も角。
「……リビドア殿は、本当に、ただの寮長なのでしょうか」
「あら、そうよ? 私は、ただの寮長さん。ただ、ちょっと経験が多いだけの、ね」
……絶対、とは言わんが、八割は嘘だと思う。
最近のロイくんの諸々の理由を、一話で。
あとシノブくんを今までで最高のヒールとして書いていますが……表現できているのだろうか。