幕間:双従者の邂逅・暗幕 弐
イレギュラー。それがどういう意味なのかは、良く分からない。だが、返す言葉は決まっている。
「話すことなどない。さっさと去れ痴れ者。それとも、不審者として処理されたいか」
「血の気が多いな。全く、言葉という人類最高の発明があるというのに。暴力に頼るな」
「そうさせているのは貴様だろうが。その鼻に付く喋り方、もしや自覚がないのか?」
まぁ、そんな訳はないか。皮肉で言って……どうしてそこで首をかしげているんだ貴様。まさか自覚無しでやっていたと? だとすれば猶更質が悪いな。
「事実を言っているだけなんだがな。メタリア・ホルク・オースデルクは碌な女ではない、という」
「いい加減にしろ貴様。頭がイかれているのか? 先日から、会った事すらないお嬢様に対し非礼千万甚だしい……もういい、問答はいらん。貴様を切る」
直す素振りがあれば、まだ許せたものを。旦那様の言いつけにも引っかかるだろう。切っても全く問題はない、いや問題があっても切る。この男の酔いしれた口調、既にうんざりしてきている。
「……ったく、たかが挨拶だというのに。分かった分かった。とりあえず謝罪はする」
この期に及んで、その上からの目線が抜けない態度……いいだろう。覚悟はできたらしいな
「お前の主を貶してすみませんでした……っと!」
「っち、浅かったか」
もう少し踏み込んでいれば、その綺麗な顔に傷の一つもつけられたのだが。
「暴力反対だぞ」
「それを煽るかのような態度でいて良く言う。恥と言う言葉を覚えてから生まれなおせ」
「……アイツにそこまで忠義を捧げる価値があるとは思えんが……うぅむ」
もう一刀。だがこれも当たらない。身を躱すのだけはそこそこ出来るらしい。忌々しいのは、いまだ奴が剣に手をかけていない事。余裕のつもりか?
「っと、謝罪していたというのに失礼だったな」
「お嬢様へのこれ以上の侮辱、許さん」
しかしその余裕も、すぐさま引きはがしてくれる。
自然体、気負う事もなく、余計な力も入っていない。間違いなくそれなりの使い手だろうが、そんなもの白鯨騎士団の皆様で馬鹿になるほど慣れた。特訓は無駄ではなかったと、今なら胸を張って言える。
「本当に怖いな……分かった分かった。血の気を冷ます為に付き合ってやる。だがここじゃマズいだろ」
「冷ます為? 余計な気の回し方だな、私の頭はこれ以上ないまでに冷えているぞ」
「いいや、熱くなってるよ……そうに決まってる」
「……」
そうに決まってる、というのは……いささか可笑しな言い方ではないか。決めつけるようだ。
「……とはいえ、ここらで遣り合うのが宜しくないのは間違いない。場所を移すのには賛成だ」
「ふふ、そうだろう。そうこなくてはな。ほら、やっぱりそうだった……」
……こいつ、やはりどこかおかしい。先ほどから、意味の分からないことばかり。
痴れ者、と形容したのは間違いかも知れん。どこかキレてしまっているのかも知れんな。エリィア家は何故このような者を令嬢の傍付きに置いたのか、わからない。
「中庭にしよう……誰も見ていないし、丁度いいだろう」
「あぁ」
そして……だとすれば、余計に野放しにするわけにはいかなくなった。
今日ここで、奴とこうなったのは行幸だったかもしれない。見極める必要がある。思考、精神、体にいたるまで、この男を。
「しかし、本当にやるのか? 誰も見ていないとはいえ、こんな決闘もどき」
「可笑しな言い方だな。まるで決闘が忌避されるような……確かにここは学び舎、血煙舞う場所ではないだろう。しかし、これは情け無用の戦ではなく、作法を弁えて行う決闘。禁忌ではない」
「決闘も戦も、戦うって部分じゃおんなじだろうに」
それは……そういわれればそうではあるが。しかしだからと言って決闘と戦いを同一視しているあたりいっそ幼さすら感じ採れる。
「まぁいいさ。せいぜい付き合ってやるとしよう」
引き抜いた刃は……シミター、ではない。サーベルか? 珍しい模様をしているが。
「ずいぶんと白黒はっきり分かれた色をしているな」
「メイは『ムネチカ』……この世に一つしかない名刀だ。フフフフフフ」
ムネチカ……聞かぬ名だ。この世に一つ、と言うのが本当であれば、聞き覚えがありそうなものではあるが……まぁ、それはいい。問題は、アレの価値ではない。
「確かに、良い剣だ。手入れもしっかりされている。月夜の明かりで、まるで鏡の如く輝いているな」
「良い剣、ふふ。そんな言葉で言い表してくれるな。お前のなまくらとは格が違う」
「なまくら、とは言ってくれる……」
この剣は私が愛用している獲物なんだがな……まぁいいだろう。
「では行くぞ、私の頭が冷めるまで、せいぜい付き合え!」
踏み込む。振るう。横一直線。一歩下がられ、空を切る。次、縦。これも当たらないか。
「良い動きだなぁ……じゃ、もう終わらせようか」
構え、刀を態々収める。何のためだが知らんが。見逃さん。縦に割れろ。
「って! 空気読めよ構えの時くらい……!」
怯んだな、そら今度は横向きだ! 容赦などしない。ぶった切る。
「本当に野蛮な……その闘志もろとも、へし折ってやる!」
刃を収めた状態。そこからどうやって……っ!?
「っとぉ……鞘を、使って、刃を加速させたか……見ない芸当だ。雇われた理由はこの芸か」
「なっ!? お、れない、だと!?」
正直、あと一歩遅れていれば受け方を間違えてへし折られていたかもしれないが……しかし、対応できない速さではない。いや、というより対応できない状況ではない、か。
「面白い技ではあるが、しかし使う場所が違う。これは決め技、こんな序盤に、しかも相手に余裕のある時に出すものではない……」
「ぐっ」
「それに、剣などそう簡単に折れる訳があるか。自信があったようだが、残念だったな」
「れ、練習なら、いくらでも!」
なんだ。固定していた剣をへし折ったりしていたのか?
「動く相手に動かぬ相手の時の経験などそう通用するか。未熟者」
「……っ!」
しかしちぐはぐだ。今の技のひらめき。使い方は拙くても鋭さだけなら一級品、身のこなしは俺以上かもしれんというに……それを作っている、と思える経験がない。
「可笑しな奴だ」
「コイツ!」
「あら、まだやる気? 駄目よ、そこまでになさいな。お二人さん」
出来るだけ詰め込みました。謎の黒づくめイケメン。
最後の人? お嬢様ではないことだけはお伝えします。




