現実は原作よりも凶なり。
「お、お嬢様? ご無事ですか? あの、顔色が、優れないようですが」
「うん、ほんと、ちょっと、待ってね。いやほんとに」
よりにもよってお前かい婚約者! ち、チクショウ! これえらい面倒な事になったぞ私、ええいどうすんだ、万が一ファラリスに勝負で恥かかせたりしようもんなら……
『ファラリスにやってくれた事に関して、覚悟を決めてもらわないといけませんね』
すっごいエゲツない優しい笑顔でそんな事言ってくれるのが見える! 私の命を刈り取る未来が見える! イヤホント、ごめんて、許して、近寄らないで、あっ、あっ、あぁあああああああ!?
「お嬢様!? お嬢様!? か、顔色が土系色に! ベッドに! ベッドでお休みください! 無理をなさってはいけません!」
あ、あ、あ……あぁ、ロイ君、すまないねぇ……あぁ、ベッドが柔らかいねぇ……心地がいい……ふふ、もうだれかといがみあうのはやめようねぇ……みんななかよく、だよ。ほっほっほっほっ……
「お、お嬢様が天寿を全うされる直前のご婦人の様な安らかな顔に!? お嬢様、しっかりなさってください! まだそのような極致に至るような時では御座いません!」
うぅむ、アダムの過ごした楽園が見える……はっ!
「こ、ここは……確か私は、ベスティと別れ、部屋に入って……」
「お嬢様! 良かった、正気に戻られましたか」
「ロイ……くん……ここは」
「ベッドの上です。あまり喋らないで、先程まで明らかに様子がおかしかったのです。慣れぬ環境で体調を崩されたのやもしれません」
ううむ。なんだか良く分からんが……そう言う事なら、うん。休んでるとしよう。
「しばらくは休んでいてください。少ししたらお水を持ってまいりますので」
あ、うん。ありがとう……はて、どうしてこうなったんだろうか……確か……あっ
「……ペーネロトだ……そうだよ、ファラリスとまさかの婚約者同士っていう……」
マジで驚いた。なんだろう、新設定がボロボロ零れてくるというか……ああいやでも疑問は一つ解消されたかもしれん。
「原作ではペーネロトに婚約者はいなかった……でももし、元々存在していて、彼女がそうなら」
多分、メタリアに怯えたのは、それが関係ある。婚約破棄する程の何かがあってファラリスとの間に合った。同じ貴族の令嬢で、同じ気の強いタイプのメタリアを見て怯えていた……と考えれば、全て説明がつく。
「問題は……婚約者って関係そのもの。これ、面倒くさいことになったね」
何せ婚約者。そんじょそこらの友達関係とは格が違う。どちらかに喧嘩を売るような真似をすれば、そのもう片方も出張ってきてエライことになりかねない。こっちは向こうの家に一度恥をかかせているのだ、ちょっとしたことが原因で、その熱が再燃したりしたら……
「最悪、こちらも王家と大公の二枚看板で押し切れないことはない……けどだめだ」
それは、本当に最後の手段。んなことやったらいよいよもって悪役令嬢そのものではないか。にっちもさっちもいかなくなって、行くも下がるも地獄、そんな状況でなければその技は使っちゃいかんのだ。
「……とはいえどうすりゃいいんだよこれ……ほんとに」
向こうから喧嘩売ってくるのに、下手な反撃したら実家を巻き込む派手な抗争の口実を作る可能性あり……ダァアアアアアアァァッ! 無理ゲーじゃねぇか!
「待て、決めつけるのは早急かもしれない……状況を整理しよう」
まずファラリスが私への攻撃を止めるか。これはまずないと思う。理由が子供の頃の一件とはいえ、どうしてかとても執着が強い。と言うか強くなけりゃどっちの学校に入るか探らないし、こっちの近況だって探らないだろう。
「下手な説得なんてするだけ無駄、下手すると火に油注ぐかもしれないし……」
いや、ヒステリー起こすとかじゃない。って言うか、そんなバカじゃないと思う。寧ろこっちが日和ったと見るや否や畳み掛けてくるかもしれない。それが怖い。
「それは危ない……ファラリスになんかするのは絶対無しだ」
クレバー過ぎんだよね。ああ言う手合いには下手に手を出さないのが吉ってやつだ。なら当然、交渉をするのは……ペーネロトか。
「けどそれもなぁ……」
ファラリスはある程度交流してるから多少は理解できるけど、この年のペーネロトを私は知らんのじゃ。大人のあの子は知っているのだがのう……情報を持ってない相手に対して行う交渉ほど無謀な事はないってエロい人も言ってた気がする。
「……あれ、結局状況が詰んでない?」
問題の双方に交渉が不可能とは……ま、待て、交渉が不可能とは決まってない。もう少し考えてみよう……仮定に仮定を重ねて、それで可能性があるとすれば、やはりペーネロトだけか。
「……楽観的に考えてみよう。もし、彼の性格が成長した後と変わらないと、仮定してみて、そしてその上で……彼は他者の衝突を望む人物だろうか?」
それはない。もし喧嘩を止められるなら喧嘩を止めるのに躊躇う事をしない人物がペーネロトだ……と思いたい。そうだろうと仮定しよう。うん。それしかない……なんだろう、プレッシャーで頭脳ががが。
「落ち着け……前世の記憶を信じろ……奇跡を……」
一番優しいというか、余裕があるというか、先輩としての風格を……持っていた気がする。大丈夫だ。そうだ。そんな彼ならきっと、きっと協力してくれるはず。うん。
「ファラリスとの一件を話せば、完全に止めるのは無理でも、多少は穏便に事を済ますのに協力してくれるかもしれない」
いける……かもしれない。さすがに家同士の問題に発展するとなれば、協力してくれる可能性はあるだろう。で、一応考えてみるけどファラリスちゃんは?
『ふふ、家と家との抗争にならぬよう、お互い気をつけねばなりませんわね』
あ、普通にそうやって言って寧ろヒートアップするまであるわよ? やばくね? 怖い怖い小岩井! ファラリスちゃんが怖い!
「……リアル世界って、怖いね」
ペーネロト君だけ相手してたかった。ペーネロト君よりバリ厄介な相手がが現れるとか正直シャレにならない。帰りたい。
竜に挑むか龍に挑むかみたいなもん。ならワンチャン竜の方が勝てそうな気がするって錯覚。




