幕間:騎士と策士の卵
「ロイさん」
「おや、これはアレウス様」
普段から私は、お嬢様の側についている。故に、ご家族の方と接する機会が多いのは事実だ。しかしそれでも、やはり出会う比率に、偏りが出るのは事実。
「お嬢様に、ご用ですかな? お嬢様はなぜかクローゼットに入ってしまわれまして」
「え、分かるんですか?」
「えぇ、音で。その程度出来なければ、誇り高き白鯨騎士団に籍は置けません」
まぁ、嘘である。万が一、賊が息を殺して忍びこむ可能性を考え、自分個人で耳は常に欹てているだけだ。お嬢様に、傷一つ負わせるつもりはない。
「それで、お嬢様に何かご用であれば、私が一度とり継ぎます。申し訳ありませんが、ご家族の方であれ、お嬢様の身をお守りするためにご了承いただきたく」
「ああいえ、その必要はありません僕が用があるのはあなたです、ロイさん」
「私に?」
ご家族の方が私に、とは。お嬢様と奥様以外、私に積極的に会いに来る事はないのだが。
「私に、何用でしょうか」
「できれば、メタリア姉さまに聞かれないように。声をひそめていただきたく」
思わずして、顔が歪む。お嬢様に聞かれるとまずい話題? 今まで付いてきた職の所為かどうにも警戒心が働いてしまう。いかにご家族といえど、ここは……
「……お嬢様を害する様な御用であれば、如何にお嬢様のご兄弟とはいえ」
「いいえ、そのような事、ありえません。むしろ、そのぎゃくの事です」
その逆?
「メタリア姉さまは此度、学び舎にかようことになりました。けど、アメリア姉さまと僕はしょうじき、心配なんです。学び舎の子どもが……いいえ、これはせいかくじゃないですね」
「ですが?」
「僕が気になっているのは。同じ貴族の子どもです。メタリア姉さまががいされるとすれば……というより、そのかのうせいがとても高いのは」
その先は口にしないアレウス様。だが、そこで漸く悟った。そして、その可能性に至らなかった己を恥じ、思わずを食いしばってしまう。
「権力に飲まれ、悪意を振りかざす可能性が高いのは……」
「僕らのように、権力の使いかたを少しかじってしまったものは、集団のチカラもしっています。メタリア姉さまは大公の娘ですが、それもどこまで通用するか」
アレウス様は、己の事のように、知っているように……いや、知っているのだ。以前まで、集団に囲まれて嬲られる悪意をに晒され続けていたのだがら。
「いいえ……いいえ、むしろ、大公の娘というのは、今回はあぶないのかもしれません」
「危ない?」
「大公、というのはこの王国で王さまのご家族についで……いいえ、もしかしたら、それ以上にえらいかもしれない家です。その娘という事なら、めだちます」
「目立つ……目立てば……そうか!?」
狙われやすい。難しくない話だ。羽が綺麗な鳥は、その羽を装飾に使う為にこぞって狩りの獲物に定められる。おぞましい形をした虫は、こぞって排斥の対象となる。目立つものは、狙われやすいのだ。
「標的にされやすい!? 嫉妬や、悪意を向ける際の」
「メタリア姉さまは、良くも悪くも変わった人です。快活さや誰にもしばられない振る舞いで、他の人をひきつけるミリョクがたしかにありますけど、反対に、あまり貴族らしくない人でもあります。あげつらう部分は、同じ貴族ならかんたんにわかります」
……統括は、昔からお嬢様が、自らが貴族らしく振舞わない事を気にしないように接されていた。分かっていたんだ。こういう時が来るのを。その時でも、決して自らが、周囲の悪意に負けないように、仕組んでいた。
「メタリア姉さまは、強い人です。まわりの嫌な目になんか負けない。わかってます。けど、それでもかぎりはあると思うんです」
「ずっと周囲の悪意に晒され続ければ……限界がくる、と?」
返事はなかった。黙って、アレウス様は、重々しく首を縦に振った。先ほどよりも、今度ははっきり分かる程に、自分の顔が歪むのが分かってしまった。
「そうすれば……メタリア姉さまは、どうなってしまうのか。僕らの知ってる、明るくて優しくて、ヘンテコで、でも真っ直ぐなところもあって。この家の皆さんが大好きなメタリア姉さまは、帰ってくるんでしょうか」
『……私、おかしいのかな、ロイ。皆がね、おかしいっていうのよ。私のこと。おかしくなんかないって、信じていいのかな』
ひどくこけたかおで、おじょうさまは、わたしにワライカケテ
背筋も、手先も、いや全てが、凍りついたかと思った。お嬢様が、帰ってこないかもしれない。そんな事はないと、言い切れなかった。無責任に。
「……」
「僕らは、そんなメタリア姉さまは見たくないです。無事で、夏のきゅうかに帰ってきてほしいんです……僕らに、笑いかけて欲しいです」
胸の前で、アレウス様がぎゅっと両の手を結ぶ。怯えているのが一目で分かった。打ち解けてからは、血の繋がりが無い事など、感じさせない程に仲の良いのだ。もし私と同じような光景を想像しているとすれば。
「……」
「アレウス様」
手を伸ばし、しかし、触れる直前で手を止める。当然だ。今、この少年に必要なのは私の慰めでは無い。私がこの方の願いに応える事でしか、この憂いは取り除けないだろう。健気に姉の心配をする、少年と少女の。
「その悪意は、私が遮ります。この身を賭して、いかな悪意であろうと」
「ロイさん……」
「私は、お嬢様の騎士です。お嬢様の笑顔を曇らせるような真似、させはしません。最後には、手を選ぶつもりも、ありません。必ずや、お嬢様を守り、お二人の元にお返ししますので。ご安心を」
このような裏切り者を掬い上げてくれたご恩を、今こそ少しでも返す時だ。
「……ロイさん。メタリア姉さんを、お願いします!」
「必ずや」
「……アメリア姉さんは、本当は何も言ってないんだけど。『お姉さまは絶対負けたりしないわ!』って言ってたし。でもアメリア姉さんはそれでいい。アメリア姉さんは表を、僕は疲れないていどに、裏を」
誓う騎士、動く少年。




