でも皆さん、これ学校に行くだけなんですよ。
「……えっと、これ、何? 何事?」
あの……ロイ君が囲まれてんだけど。何? もしかして可愛がりってやつ? うちの騎士団ってこんなブラックな一面隠してたの? あの、あの、あの。
「ま、待って! ストップ! ストォォォォップ! イジメ禁止! 禁止ぃ!」
「え? あっ! お、お嬢様!」
「……お、お嬢、様」
ほーらもう私だって分かる消耗してしっかり喋れてないじゃない! ほらそこから退けぇ! もう私の可愛い護衛をよぉ、囲んで叩くんじゃねぇぞオラァン!
「下がりなさい! ええい、誇り高い白鯨騎士団がなんという卑劣な真似を!」
「あ、その、そういう訳ではなくて……ああいや、そうとしか見えないんですけど!」
「此の期に及んで言い訳!? 全く、一体どういうつもりなのか!」
なんなのホント! うちの騎士団こんなにガラ悪かったっけ!?
「……い、いえ。お嬢様、これは。私が……」
「いいのよ庇わなくて! もうあの一件はカタがついたって言ってんのに、ここまで長引かせて尾を引いて! ったく、こうなったら私がしっかり言わないとねぇ!」
「わ、私がこの特訓を、希望、したのです……」
あぁん!? 希望したからって実行していや待って何をしたって君?
「え? あの、ロイ君。き、聞き間違いよね。今、このリンチを希望したって聞こえたんだけど……気のせいよね、ね!?」
「いい、え……私が、この……特訓を、希望して、無理を言いました。徹底的に鍛え、直したかった、ので……誤解させてしまって、申し訳、なく」
……えっ、嘘やろ? え、こんなイジメみたいなやり方希望したん君。いや嘘だと言って欲しかった。そ、そんな趣味があったの!? いや、だとすりゃ喜んでいるように見える筈だが……それもねぇ!? え、いよいよもって話が見えねぇ!
「……そ、その、どうしてそんな、その。え? そういう趣味?」
「そうでは、ございません……私なりに、思うところが……」
「思うところ?」
どんな? こんなえげつないリンチを希望するほどって。どういう事?
「……旦那様から、お嬢様が学び舎に通うにあたり、護衛と、従者を務めるようにと、申しつけられたのです。娘が信頼しているから、と」
あ、お父様もう頼んでくれてたのか……それが関係あんの?
「それ自体を、厭う訳ではありませんが、しかし」
しかし?
「……お嬢様の、学びの園での安全を、守る。その役割を務められるか、言い表しようのない不安は拭えず、しかし、それに囚われ、務めを果たせぬのは、口惜しく」
「それで、こんな特訓を?」
「実力は、あるつもりです。しかし、あらゆる万難からお嬢様を守り抜けるか、己に問いかけても、確たる答えを返す事も出来ず。故に……」
うーむ。無茶な特訓の理由はそれってわけか……万難を払うって、物理的なやり方でするもんなんだろうか。その辺り疑問なんだけど。っていうか学園で起こるトラブルって言ったって、そんな軍隊相手するみたいな難易度とちゃうからもうちょっと気楽に考えて?
「窮地を払う精神を養えないかと、あえて厳しい状況を切り抜ける、特訓を」
あ、精神的な方を鍛える特訓だったのね。確かにリンチの状況で諦めないってのは結構精神的に強い……うーん、そういう強さ?
「ってことは、罵倒なんかも?」
「はい。ロイから、徹底的に自分を追い詰めるために、容赦をしないでほしいと」
「気にしすぎだとは思いますし、あと、精神面を鍛えるのは大事ですが、何か間違っているような気が致しました。しかし、地に頭を擦り付けてまで……となると」
ど、土下座したんかロイ君。必死すぎでは?
「万が一、いえ、億が一にも傷つけられてはいけない御身を、お守りできる、ように」
……爺はこのこと知ってたな、さては。だから、私とロイ君の二人で話すように仕向けたってところか。ったく、仕方ない。ここは、お嬢様、頑張ろう。
「……ロイ、立てる?」
「え、えぇ。なんとか……ご心配、感謝いたします。特訓を続けますので、お嬢様は」
「心配で立てるか……まぁそれもあるけど、それだけで聞いたんじゃないわ、付いて来てほしいから、聞いたの」
「え?」
「詰所……ですか。というか、手元のそれは……ケーキ?」
「そ。貴方によ。ほら、そこ。そこに座って、立ってるのも辛いでしょ」
ここ、久しぶりに来るな。色々ごちゃごちゃしてて、ここに顔出す余裕がなかったからかなぁ……騎士団のみんなにあらぬ疑いかけちゃったし、お詫びにまたお菓子でも持ってこう。でも、今はしょうがない私の家臣だ。
「……ここは」
「思い出すわね。初めて会ったのも、ここ。そこに貴方が座ってたのにお菓子を渡した」
ほらケーキでも食え。そうだ、包帯とかは……あった。
「あ、ありがとうございます……って、手当まで!? そ、そのお嬢様!」
「話をするなら、ここがいいと思ったのよ。初めて会った場所で、改めてと思って。後、手当を遠慮するとかはないようにね」
まぁ、あんまり長々話すのも苦手だし、さっと終わらせよう。そっちの方が、ちゃんと伝わる気がするし。擦り傷多いなホント……あ、痛い? すまんけど、我慢してくれな。
「……もう半年は経つわ。貴方を、私の臣にして」
「はい。あの時、貴女の側近とされた事が、私の誇りです」
「そう言ってもらえると嬉しいわね……私も、貴方を側に置けた、最近で一番の収穫だと思ってる」
「お嬢様」
うん。それに嘘偽りはない。だからこそ、言う。私の口から。
「私は、貴方が側にいるなら、難題の一つや二つ、なんてことは無いと思っているわ。爺とは別の意味で、貴方は頼りになる、と思っている」
「……」
「その頼りになる臣が、自分の実力を信じず、無理な特訓で体を傷つけている……正直な話、許せることでは無いわ。カケラもね……こうやって手当してるのも、少しの間でも傷ついてるのが嫌だったからよ」
しょぼんとしちゃって。最近はかっこいいドーベルマンになったと思ってたけど、こう言う落ち込んだ時は豆しばにしか見えなくなっちゃうな。
「……自分が信じられないなら、私を信じなさいな」
「え?」
「貴方を見初め、見出し、こうして今も、側に置いて護衛として限りのない信頼を置く私を。信じなさい。貴方が、私を主人だと、思ってくれているなら」
おら、こっち向け。美少女の掌で頰を包まれて、幸せ者め。
「……改めて、命じるわ。ロイ。ロイ・オーランド。我が臣。これ以上無き我が剣、我が盾。学び舎において、貴方は我がただ一人の従者として、見事勤めるように。貴方なら当然出来るはず、いいえ、出来る」
「お嬢様……」
「貴方はあの時から、私のモノよ。自らを疑うのを、許しはしないわ」
……さぁ、どうだ。
「……あぁ、それほどまでに信を置いてくださる我が身を、これ以上疑うのは、お嬢様への不忠へ当たりますかな」
「えぇ。当然」
「分かりました……このロイ・オーランド。謹んで、その大任、勤めさせて頂きたく」
「……うん、上等。任せるわよ」
ったく、この忠犬系男子は。世話焼かせてくれちゃって。
護衛は本来必要ないはずですが……ここでお嬢様の経歴を見てみよう。
妹を探したあげく誘拐グループの一人を石でぶちのめす→誘拐犯その2に婚約者と協力して激しい抵抗→貴族の子息と大立ち回り。
……学び舎で、無事に住むのだろうか。




