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8話

 アポロの家からさほど離れていない商業街。

 そこにある本屋の前にいた。


 この数十年で印刷技術は格段に進化していった。

 今の老人と呼ばれる人々が若者だった時代には、本など貴族や金持ちの持つ者だという認識だったらしい。

 しかし、それが庶民でもそれなりに金を貯めれば買える程度の金額になり、一週間ほどの食費程度の金額になり、だんだんと庶民の手に届くものになる。そして、今では平民の子供向けのものすら出るようになった。


 今では本屋などというものができ、平民相手に商売が成り立つようにまで

なっていたのだ。


(とりあえずは2、3冊ほど買ってみるか)


 まずは、改めてこの国でセレニアという存在がどう扱われているかを調べてみる事にしたのだ。

 無論、基礎的な知識はアポロも持っているが、本格的に調べておいても損はないだろう。


「……ふむ」


 とりあえず、セレニア伝説の書かれたものを探す。

 数冊見つかった。

 うち一冊は子供向けの本だ。「勇者アスラと魔王セレニア」。勧善懲悪ものの道徳教育のための本であり、これはあまり参考にならない。

 これはとりあえずやめる。


 「セレニアの暴挙」と書かれたタイトルの本を見つける。

 どうやら、セレニアの魔王時代の悪行とやらをまとめたものらしい。

 とりあえず、これは購入。


 最後は、「セレニア討滅後の世界再生」。

 どうやら、セレニアをアスラが討ってからの当時の世界情勢に関しての本らしい。

 セレニア討滅後とはいえ、その直後の話だ。

 少し悩んだが、これも購入を決める。


 この二冊を購入して本屋を出た。

 まだ日は高い。


(こんな時間に本屋に一人で来るなんてはじめてかもな)


 冒険者は基本、依頼を受けている時以外は自由だ。

 何をしても――無論、犯罪行為は厳禁だが――問題ない。


 だが、自由だからというと逆に好きに行動しづらい。

 独立して一人の冒険者としてやっているのにだ。

 武器だったり、薬だったり、何かしたら冒険に欠かせない道具を取り扱う類の店にばかりに行っていた。


 いつしか、本屋に来る機会は減った。

 店頭にこれ見よがしに並んでいる本の数々が嫌でも目に入る。


 一流の功績を残し、知名度を高めたSやAランクの冒険者達の本が並べられていた。

 退屈を持て余す市民達にとって、一流冒険者達の心躍る冒険話はこれ以上ない嗜好品だ。

 ここ数十年で本の値段が下がって来て、識字率も向上してきた事によって何よりの娯楽となっている。


 だが、そんな彼らが求めるのも大抵がSランク。多少知名度がなくともAランクの冒険者の書くものだ。


 アポロ程度の冒険者が経験した冒険を本にしたところで見向きもされないだろう。


 それでも、憧れはあった。


(いつかあそこに――と思った時期もあったんだがな)


 しかし、現実はそうならずに年月ばかりが経過した。

 それでも、幸いな事にそれなりに稼げるだけの実績は残した。


 だが、それは本当に幸いな事――だったのだろうか。

 もっとダメならば早くに見切りをつけ、別の職に就く事もできたかもしれない。

 事実、冒険者業を早々と諦めて別の仕事に就いたものもいるし、今のアポロ以上に稼いでいる者だっている。


「あれ? 先輩?」


 そんな時だった。

 何の偶然か、そのうちの一人がいた。


「お前――マリンか」


 アポロより年下であり、20を少し出たばかりの若い女性だ。

 知的そうに眼鏡をつけ、白いロープ姿。アポロと組んでいたころには、幼い少女という印象の強かった相手なのだが、今は大人の魅力も出てきている。


「あ、やっぱり。アポロ先輩じゃないですか」


 左の方の足を引きずるようにしているのが分かる。

 かつて、彼女は冒険の最中に大怪我をした。特に左足はひどく、もしかしたら一生歩けなくなるかもしれないと言われたほどだった。

 その後、優秀な治癒魔術師の尽力と、彼女の努力などでリハビリをこなした事もあり、普通に歩けるだけには回復した。


 ただし、冒険者としての道を歩き続ける事は絶望的だった。

 結局、彼女は家業を継ぎ、商人として活動していた。

 両親はかなり有力な商人だったらしく、アポロも聞いた時は驚いた。


「ああ、マリンこそ元気か?」


「ええ、最初の方は色々と大変でしたけど、それなりには安定してきましたよ」


 そういって、微笑む。

 朗らか笑みだった。


「冒険者時代は色々とお世話になっていたのに、なかなか挨拶もできずにすみません」


「気にするな。お前も色々と忙しかったんだろう?」


「ええ、でも先輩の方こそウチの店に来て欲しかったですよ。色々と冒険者向けの品も取り扱っているのに」


 その言葉通り、マリンの店は冒険者用のアイテムなども多数売っていると聞いているし、同業者の中に利用者も多い。


「まあ、それはそうだ今使っているもので馴染んでいるからな。急に馴れないものはちょっとな」


 それも理由の一つだったが、かつての後輩が主をしている店に行きづらか

ったという事情もあるが、口にはしなかった。


 マリンもその事に深く追求する事なく、「そうですか」とのみ言い、


「まあ、先輩割引でお安くしておきますから来てくださいよ」


「そのうちにな。 ……それより、ここには何の用で来たんだ? 本は取り扱ってないだろ、お前の店」


「ん? ああ、客としてですよ。今日は久々の休みなんですから、何か本でも買おうと思って。先輩こそ珍しいですね」


「失礼な。俺だって読書ぐらいする」


「一体どんな本を――」


 と言いかけて、手にした二冊の本を見る。


「何です先輩? 魔王セレニアについて何か調べてるんですか?」


「ん? まあな」


「それにしてもセレニアですか――」


 不意に、マリンの顔が曇る。


「何だ。お前もセレニア嫌いなのか?」


「いや、そういうわけじゃないんですけど」


 マリンは首を左右に振る。


「セレニア嫌いっていうか、未だに反セレニア思考の人って多いですからね。特に神聖教の連中なんかはそうです」


 連中、という言い方に強い反発のようなものを感じた。


「ああ、別に神聖教自体を否定する気はないんですけどね。神聖教の教徒がたまに客として来る時があるんですけど、色々とあって」


「どう色々とあるんだ?」


 そこで不意に、人目を気にしたように周りをきょろきょろと眺めていたが、他に人がいないと分かると、声をひそめて話し始めた。


「彼ら、ちょっとでもセレニアを連想させるようなものがあると色々と煩いんです。『これはセレニアを連想されるからやめろ!』とか、商品の名前とかデザインが少しかぶっているだけで色々と」


「それはまた……」


 一応は客である以上、強くはいえないのだろう。

 つい同情してしまう。


「それで、セレニアを連想させるような商品じゃないか、一々、気を使う必要があって。神聖教徒の比率を考えれば、馬鹿にできませんし」


「そういうものか」


「ええ、あんな連中でも客ですので。 ……あ、こういう事を私が話してたって言いふらさないでくださいよ」


「ああ。そんな気はないよ」


「まあ、先輩の事は信用してますけど」


 そう言った後、「あ、いつかお店の方に来てくださいよ」と最後に付け加えた後、マリンとは別れた。


 改めてこの街で神聖教、それに反セレニア思考が強い事を再確認し、自宅へと急いだ。


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